昨日、Twitterでわたしには到底理解できない発想をしている人がいて、まぁ、そういう人がいても特別な事ではないのですが、対象が「発達障害は治ることを信じている親」と限定されていたので、このつぶやきはどうかと思いました。
そのつぶやきが
わたしを含め周り(Twitterで知り合った人達も含む)の人達は当然の事ながら、こういう発想等1ミリも思いつかないから、どこをどう曲解するとこんな考えに至るのか????と本当に不思議でならないのです。
これをつぶやいた人は「条件付きの親の愛情」しか知らないのでしょうか?
大体、我が子に対する親の愛情に条件が付くなんて真剣に思っているとしたらかなりの重症。
というか、親はそもそも子どもに対して条件をつけて愛情を注ぐものなのでしょうか?
こんな事、思いもしなかったからビックリです。
わたし自身、親から条件付きで愛された経験なんか全くしていないから、そういう打算でしか親の愛情を考えられない人がいる事にとっても驚きました。
そんな風に損得勘定でしか愛情を推し量れない人は、親からそういう愛情しか注がれてこなかったのでしょうか?
だとしたら
子どもを無条件に愛する。
なんて想像もつかないのでしょうね?
お気の毒としか言いようがありません。
とはいえ、当然の事ですが、その人達が知らないからといって
無条件に子ども愛する親が存在しない。
という事にはならないし、大抵の親は、そんな事を考えもしないで我が子を愛し慈しみ大切に育てているでしょう?
こんな至極当たり前の事が、わからないって不便な思考だなぁ~と思います。
この人の考え方でいくと「発達障害は治らない」のだから、それを子どもに強要して治らないからといって愛さない親。
という事なのでしょうが、生憎、わたし達はお腹の中にいるとわかった瞬間から、我が子を愛しているのです。
生まれる前から愛する。という発想も持ち合わせていないでしょうから、こういう感情も理解できないでしょうが…。
親子関係に限らず、
~~だから愛する(好きになる)。
なんて発想の人とは1ミリも相容れないから、こういう人とは友達にもなり得ません。
余りに突飛な考え(つぶやき)のこの方、どうやら支援に関わる仕事をしている(らしい)のですが、
人と関わる仕事をする人がこんなに偏った認知で大丈夫なのか?
と逆にそちらが心配です。
きつい言い方もなにも、わたし達は子どもに条件を付けて愛したり愛さなかったりなんて発想は思いもつきませんが、そういう人がいるというのは大発見でした。
こんな風に言えるのも、失われていた親として頑張る力を花風社の本で取り戻せたからです。
今日の浅見さんのブログで「NEURO【ニューロ】」について書いたわたしのブログが紹介されました
「NEURO」をみんなが読んで、元気に凸凹育児を楽しめるようになりますように