野呂邦暢『失踪者』 | 鞠子のブログ『ナミダのクッキング』

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今日、ちょっぴり悲しかったこと…

コピーライターの久保隆一は、北陸の島で訳が分からないまま囚われの身となった。

その島は、友人のカメラマン・有家庫男が謎の死を遂げた場所。

有家は最初、雑誌の取材でこの島に来たが、その後、なぜかこの島を再度訪れ写真を撮っている。島の祭礼や絵馬、漁村の風景、そして縁側にたたずんでいる女性、それらを撮った写真のフォルムを久保に残して彼は死んだ。

久保がこの島を訪れたのは、たまたま出張で北陸に来、早めに仕事がすんだので「行ってみる気になった」に過ぎない。そこで、有家の足跡をたどるうち、何者かに囚われ、監禁されてしまう。その後、やっとの思いでそこを抜け出したはいいが、わけがわからぬまま追われる身となり、山に入り込んでまさしく命がけのサバイバル逃亡生活を送る羽目になる。ヘビを食べ、カエルを食べ、脱出するためにいかだを作り、ビンに手紙を入れて助けを求める。

 

読んでいる私も、わけがわからない。

有家は、もしかして殺されたのか。誰に? なぜ? 

久保はなぜ囚われたのか。誰に? なぜ?

思えば初めから、いたるところに「この島、なんかおかしい」と思わせるシーン満載。

そういう先入観で読み進めるからか、本来なら当たり前の風景もすべて「なんかおかしい」と疑心暗鬼になってしまうのである。

ところが、隆一がサバイバル逃亡生活に入ると、途端に印象が変わる。なんか、「戦地のジャングルで生き残った兵士」みたくで、人は生き抜くためにこんなに強くなれるものかと思ってしまうのである。この島、いったい何があるんだろうという疑問を根底に抱えた上で。

 

結局、有家が死んだ理由も、この島の秘密も、断定的には書かれていない。

ラスト、隆一は決死の行動でフェリーの乗り込むことに成功するが、船員が隆一に「切符を見せてください」というところで終わっている。

もう、私自身が「疑心暗鬼」に洗脳されてしまっているので、この船員も怪しく思えてならない。切符を持っていない隆一をどうするだろう。「無銭乗船」で警察に突き出されるならまだいい。船員が「島の人間」なら、隆一は島へ逆戻りに違いない。

 

この島は、島民全員「血がつながっている」。だから、余計なことを知りすぎたよそ者は抹殺する。

そんなところか。

そうだ、とは書かれていないから想像するしかない。

そうして、胸がざわざわした状態のまま、作品は終わる。

 

作者の野呂邦暢、私は初めて知った作家だったが、『草のつるぎ』で第70回芥川賞を受賞している。

『失踪者』は中公文庫の『野呂邦暢ミステリ集成』の中にあったのだが、ほかの作品も、独特な「ひやっと」感と「乾いた」感と「釈然としない」感があって、私がこれまで読んできたミステリーの範疇には入れられない。そんなことを考えながら楽しませてもらった。

 

 

 

 

 

 

初めから グレーで最後 濃いグレー

鞠子

 

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