医師の「強烈な体験」 | 鞠子のブログ『ナミダのクッキング』

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今日、ちょっぴり悲しかったこと…

某宗教法人のチラシが折り込まれてきた。

「強烈な体験を語る」と題し、表面全面使って男性が体験を書いていた。

男性の肩書は「医師」。顔写真も載っている。某宗教法人が主張している手かざしで、患者に奇跡が起こるのを見ただけでなく、ご自身も身をもって奇跡を体験したのだそうだ。

 

意地悪な鞠子は、速攻、この医師を調べた。

この人が勤める、あるいは経営する医院や病院などで治療の一環として手かざしを挙げていたら、これは本物だと思ったのである。

そして、調べた結果は……

想像通りだった。

 

このチラシ、裏面には7人の一般の人が自分の奇跡の体験を語っていた。

大ケガ、ガン、白血病、心臓発作、喘息、肺梗塞等々が手かざしで治っている。この人たちは、居住している県・市、その上連絡先の電話番号まで全員記してあり、真実味が倍増している。

 

だが、意地悪な鞠子は、逆にこれは「うそくさい」と思った。

あくまでも「連絡先の電話番号」なのだ。この人たちの「自宅の電話番号」とは書かれていない。

今、ガンに苦しんでいる人がこのチラシを見る。尋ねるとしたら、大ケガや喘息の人ではなく、ガン細胞が消えたと言っている人だ。藁にもすがる思いでその人の「連絡先の電話番号」に電話をする。ところが、出る相手はガン細胞が消えた人ではなく、消した人、つまり手をかざした人なのではないか。だって、あくまでも「連絡先」なんだから。

そうして絶妙なセールストークで信者を増やしていく。

 

これは母から聞いた話。

母が若かりし頃、一人で間借りしていた時、隣室の人が病気で入院したことがあった。

見舞いにいったら、大家さんが何人か引き連れて見舞いに来ていた。

その大家さん一行は、現在、某政党の母体となっている宗教団体の人々で、病んで伏している隣人の周りで、「この宗教に入れば救われる」みたくなことをしつこく言っていたらしい。

母曰く「だから宗教は嫌い」。大正と昭和の変わり目に生まれた母の年代からしたら、宗教に重きをおかぬというのもある意味珍しい。それくらい人の弱みにつけ込んでいるとしか見えなかったようだ。私の無宗教・無信心も、それをたびたび聞いたことが一因かもしれない。

 

で、私は、自分は無宗教・無信心なんだが、一方で、誰がどんな宗教を信じようと自由だという気持ちは変わらない。

信者に億単位の金を出させた宗教が問題になっているが、これも「本人が信じて出したんだから仕方がない」という思いが根底にある。そのせいで被害を被る家族や身内のことは、また別の問題として。

だから、手をかざされて病が癒えた、こういう体験をし、その宗教を信じるのは全然OKなのだ。科学では解明できない結果が出る可能性も、全然否定しない。むしろ大アリだと思っている。

ただ、だからといって、それを人に押しつけるのはどうなのか。少なくとも私は絶対押しつけられたくない。ましてや、母が見たように、弱っているときにやられたらたまらない。

そんな思いで、宗教関係のチラシは、結構楽しみながら読んでいる。

 

さて、冒頭の医師。

裏面の一般人7名は住所や電話番号を記していたが、医師に関しては名前と肩書のみ。

この方こそ、住所や電話番号を大々的に載せ、「当院ではこれで多くの患者さんを救っております」と書けばいいのに。

ま、私は行くこともないし、行かないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に 手をかざしたが それが何

 

かざすのは 己の手では ダメなのか

鞠子

 

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