・・・端然と恋をして居る雛かな・・・
我が家にも、雛人形があった。
お内裏様とお雛様だけが、ガラスケースの中にいるシンプルな型のものだった。
雛人形は、3月3日が過ぎたらすぐ片付けないと、娘の婚期が遅れると母はよく言っていた。
それなのに、いつからか、我が家の雛人形は、一年中、飾り棚の上に置かれたままになってしまった。
私はお内裏様とお雛様の手にしているものをこっそり入れ替えてみたりした。
この雛人形を買ったころの我が家は、かなり厳しかったはずだ。
それでも親は、私のために雛人形を買った。
そんな時代のことは忘れられ、出しっぱなしの雛人形は日焼けし、ボロボロになり、ケースも傷み、手にしたものが逆なまま、いつの間にか処分された。
処分されたときのことは、まったく記憶にない。
「端然と…」は夏目漱石の作品。
漱石は、娘を突然死でなくしている。
その子の名は雛子だった。
雛の恋は、漱石にとってどんなに悲しいものだっただろうか。
我が家の雛人形は、貧を背負って恋をしていたはずだ。
白い指 十二単に 重ね合い
鞠子