どっちがいい人か | 鞠子のブログ『ナミダのクッキング』

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今日、ちょっぴり悲しかったこと…

今日、職場に客様K氏がいらしって、受付カウンター越しに、ちょっと面倒な案件を話し出した。

 

K氏の担当者は、カウンターから一番離れたところにデスクがある。

だが、しょせん狭い事務所のこと。K氏の声は、事務所にいるスタッフ全員に聞こえている。

それでもK氏が自身の担当者に向かって話をしているのは、誰が見てもあきらかだった。

ところが当の担当者、完全に無視。全く聞こえないふりをしている。

実際にカウンターにいた別スタッフが対応できる内容ではなく、間に挟まって困惑感満載。

 

こういうシーン、これまでに何度遭遇したことだろうか。

そのたびに頭にき、心の中で毒づき、だからコイツは嫌なんだようと黙って叫んでいた。

今日も一瞬、同じように怒った。

だが、次の瞬間、「もう私は定年退職した身。別にどうでもいいじゃん」とふっと気が抜けた。

このあと、どんなトラブルが起ころうとも、私の知ったことじゃない。

したらば次の瞬間、「だけど実際は、私よりこの担当者のほうが、いいヤツなんだ」という思いがよぎった。

 

この担当者は、あからさまに人を区別する。

御しやすい相手には、常に上から目線。御せない相手には、常に下手に出る。ただ、それが、客であろうとなかろうと、なので、決して何か見返りを狙っているわけではないのだ。

単に「好き嫌いが態度に出てしまう」だけ。

つまり、ある意味「非常に正直な御仁」ということだ。

それに比べて私は、人の好き嫌いを決して顔に出さぬよう、職場の中で生き抜いてきた。

現に今日だって、客様K氏の案件を聞きながら「うわ、厄介。かなわんなあ、こういう話」と思ったのである。だが一切、顔には出さなかった。それどころか、ニコニコしながら「困りましたねえ。どうしましょうか」などと言った。

つまり、私の方が「裏表がある危険人物」なのだ。

 

私の方が、表面的には相手を傷つけないが、心の中では相手を切り刻んでいるのである。

担当者と私と、人としてどっちが信頼できるか。

もう、答えるまでもない。

だが、いまさら変えられない。

 

 

 

 

 

 

目の前の 微笑むその人 悪意満ち

鞠子

 

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