友人とおしゃべりしているとき、ふと彼女の息子たちの話になった。
もう独立している息子たちだが、小・中学生の頃、結構ハデにケガをしている。
両手をいっぺんに骨折したとか、鼻の骨を折ったとか。それなのに、大学で格闘技系のクラブに入ったとか。
古い友人なので、その辺のいきさつはリアルタイムで聞いている。
改めて、「懐かしい、そんなこともあったね」というおしゃべりだったのだが。
最中、つくづく思った。
当時、「うわ、それ大変じゃん」くらいの認識だったのである。
だが、今となっては、「親も子も、そういう体験をしてきたからこそ強いのだ」と思ったのだ。
子どもがいる人達はみな、多かれ少なかれ、子どものケガや病気を乗り越えてきている。
私には、それがない。
母の看護・介護期間は約10年で、痛みに苦しむ姿を見てきたことや介護が大変だったと「得意げ」に話してみたところで、友人の体験に比べたら「…ん?それで?」「…で、どうしたの?」程度のもの。
そんな経験しかないんだから、私のメンタルが弱いのは当たり前だ。
死よりも死に至るまでの過程が怖くてたまらないのも、そのあたりに一つ、原因がある気がする。
友は、確かに強い。
子育てだけではなく、仕事も、義親の介護も、自身の親の介護もこなしている。
そんな状況なのに、後ろ向きな発言など聞いたことがないし、いつも明るい。
あのとき、片側の鼻だけ麻酔をして、もう片側から器具で一気に折れた鼻骨を矯正されたシーンを目の当たりにした母は、少々のことなどへこたれないどころか、怖いものなど何もないに違いない。
それに比べて私ときたら……
これから、増える一方に違いない怖いこと。
それら一つ一つに耐えられないだろうなあ、私は。
あの世へは リムジン乗って 向かいたい
鞠子