夜、運転中にヒヤリとすることがあった。
直前で、「左側に自転車に乗っている人がいる」ことに気がついたのである。
そして次の瞬間、その自転車は私の車のほうにぐらりと傾いた。
ヒヤリなんて生易しいものではない。
「人生、終わった」と一瞬にして思った。
だがしかし、幸いなことに、自転車は今度は左のほうに傾き、私の車から離れた。
ドキドキが収まらぬまま、バックミラーで後ろを見た。
その自転車氏は、上から下まで黒い衣服を着、黒い帽子をかぶり、黒いマスクをしていた。そのいでたちで、スマホ片手に自転車に乗っていたのである。
私が「人生、終わった」と思ったことなどつゆほども関係ないごとく、自転車氏は相変わらずスマホを見ながら右に揺れ、左に揺れして自転車に乗っていた。
いくら黒づくめでも、自転車の後部、ペダルの後ろ側は光るはずだ。
絶対と言い切る自信はないが、その人が乗っていた自転車は、反射している部分が何一つなかった。
まさに、暗闇の中、黒づくめの人、黒づくめの自転車だったのである。
怒れた。半面、それでも事故ったら私の非になるとゾッとした。半面、取りあえず何事もなくてよかったと思った。
私の目的地は、少し先のローソン。
車をとめ、深呼吸してから店内に入り、払込票をレジで出す。
財布から現金を出す。
…とそのとき、自動ドアが開いた。
入ってきたのは、さっきの黒づくめの男。
ふたたび、ぎょっとした。
明るいところで改めて見たら、本当に黒づくめ。そして、黒いマスクの上、死んだようなとろけた目をしていた。
そしてやっぱり、ずっとスマホを見ながら入店してきた。
なんだかすごくイヤな気分になって、私はそそくさとローソンを出た。
黒色は 好きな色では あるけれど
鞠子