午前中1時間半、夏目漱石『文鳥・夢十夜』の講義と、午後1時間半、太宰治『人間失格』の講義に出てきた作品やら人名やら。
○アンリ・ベルクソン
○無門慧開『無門関』
○『六部殺し』
○芥川龍之介『河童』『歯車』
○チェーホフ『六号室』
○魯迅『狂人日記』
○ゴーゴリ『狂人日記』
○カフカ『掟の門』
○徳田秋声『あらくれ』
○曽野綾子『太郎物語』
○ボードレール『悪の華』
○ジャン・ジャック・ルソー『告白』
○アウグスティヌス『告白』
○志賀直哉『豊年蟲』
○菊池寛『真珠夫人』
○武者小路実篤『お目出たき人』
○トルストイ『イワンの馬鹿』
○谷崎潤一郎『悪魔』
・・・途中で、泣きたくなってきた。
ついていけない・・・
自慢じゃないが、私は一応「これ系」の学校を出てきた人なのである。
それなのに、読んだことがあるのは『真珠夫人』のみ。
『悪魔』は、あらすじを言われて思い出した程度。
無門慧開『無門関』や『六部殺し』に至っては、初耳。
おそらく家の本棚には、芥川はあるに違いない。『太郎物語』は間違いなくある。なのに、何にも覚えていない、なんて。
もちろん先生だって、これら全てを受講者が「読んでいる」とは思っていない、と思う。
しかし、先生にとっては「常識」だ。
知らない、ということがもはや「理解できない」のではないか。
そんな人たちに向かって講義をすること、あまりにもむなしいのではないだろうか。
こういう「無知」な人々に教える、伝える、って、どれだけ忍耐力のいることだろう。
仕事だから、と割り切っていらっしゃるのか。
そこまで言うなら、次回までに全部読破すれば、先生も救われるだろうが、そんなことはできっこない。
若いころならできたかもしれないが、いまや、本を読むペースは遅く、複雑に入り組んだ相関関係など、何回も立ち止まり、振りかえなければならず、挙句の果て、目が疲れる。
・・・今日はダメさを感じ、情けなさを感じ、本当に泣きたかった。
ノートを取っていて、「暴露」の「暴」、「官能」の「官」、「異形」の「形」という漢字がどうしても出てこない、というオマケまでついて、絶望的な気分に拍車がかかった。