運転中、東南の方向、低い空に月が出ていた。
でっぷりと丸い。
右肩が恥ずかしげに欠けている。
熟しすぎた蜜柑色。
まるでほろ酔いの熟女が、少し着崩れてるみたいで色っぽい。
足を崩した和服姿の太地喜和子さんみたいだ…
冷ややかに光る細い三日月も素敵だけど、こんな色香のある大きな月もまた素敵じゃないの。
…なんて、
見慣れた場面なのに、ふと美しい発見をすることがある。
この前、客様の会社に直行だった時、少し時間があったから、母の納骨堂に寄った。
平日の朝、納骨堂に行ったことはほとんどない。
ここには巨大な御骨仏様が鎮座ましましている。
その前で、早朝、御寺さんがお経をあげる。
その名残だったんだろう。
数本の線香が、細い煙を吐いていた。
吹き抜けの高い窓から光が三角にさしこみ、そこだけ煙の軌跡がはっきりと見てとれた。
立ちのぼる煙の跡があまりに美しくて、思わず見とれてしまった。
私はハイヒールをはいていて、カツンカツンと足音が切れよく冴えわたる。
おまけに、歩く場所によって響きが変わる。
納骨堂には多くの故人のお骨があり、ある意味、怖いところなのだが、
母の骨がある、というだけで、すべてのお骨が母の友人のように思えて、ここに来ると私は心が休まる。
だから毎週、休日には納骨堂に行くが、こんなに澄みきった空気は記憶にない。
心が清められた。
ふだん、諸々に忙しく追われているから気づかないだけで、おそらくすぐ目の前で、ハッとするよなシーンが綿々と繰り広げられてるに違いない。