先月、9月16日をもって安室奈美恵は芸能界を引退した。地元沖縄でのラストライブは会場内はもちろん、会場の外でも全国から集まったファンたちで盛大な盛り上がりを見せたらしい──安室ちゃんについては今年に入ってから、引退当日が近づくにつれてあちこちのメディアでこれでもかってくらい特集が組まれており、語り尽くされた感があるので、新たに付け加えるほどの情報も特にないし、あらためて僕が何か言うようなことはこれ以上ない。 こちらの記事を書いた10年前の時点では、かつてのアムラー現象が沈静化して鳴りを潜めた印象から、本格的に音楽に注力して成果も着実に出している様子がどうしても地味に感じてしまってたわけだが、それはあくまでメディア的にであって、音楽エンターテインメント的には決して衰えることなく充実し続けていたわけだ。その結果としてアーティストとしての名声はますます高まり、40代としてもアルバムチャート1位を獲得、前代未聞の4世代でのチャート1位を達成する等、その実力はファン以外の人たちにも広く認知されるところとなり、先月のラスト引退公演でアーティストとしては最高潮な状態でフィナーレを迎えたのだった── で、絶頂の状態からスパッとジ・エンドになってすでに1ヶ月が経過したわけだが──楽曲やパフォーマンスはCDやDVDなどで未来まで残っていくだろうし、折に触れてメディアではその作品たちが登場することがあるだろうし、一般人となった彼女もそれらに街のどこかで触れることもあるだろう。その際、彼女は果たしてどのように感じるのだろうか──アーティストとしての活動期間は計26年。そこからスパッと切り替えて完全に一般人モードになり切るにはあまりに長い年月だし、また簡単に世間から忘れられてしまうような存在ではとっくになくなってしまってる。このままずっと音楽パフォーマンスに関わりたくならずにいられるのだろうか…、その辺は微妙に心配なところである。 しかし本人の気持ちはどうあれ、作品の受け手である我々の立場としては、残してきた楽曲の数々や活動の歴史は揺るがないものではあるし、長く伝承されていくものに違いないであろう。ある意味、これからは安室ちゃん自身フリーな立場で純粋に安室奈美恵の作品を味わうことができるようになったわけである。ニュートラルな気持ちで、アーティスト・安室奈美恵を楽しんでほしい。そこで一般人としての自分が何かを感じることができたとしたら、それはそれで素晴らしいことではないか。 ──と、今はまだこの程度のことしか言えない。ファンの人たちもい意味でも悪い意味でも今は放心状態なのではないだろうか。来年、再来年あたりになるともう少し客観的に冷静に振り返れるかも知れない。もちろんいい印象を抱いたままで。 |
こちらやこちらで書いたように、いわゆる『キラキラ☆ネーム』と言われる「なんだってそんなおかしな名前をつけるんだよ…」みたいなネーミングはどこにでもある。それが一般人の中でさえ蔓延してる現状にあって、バンド名や力士の四股名に風変わりな名前があったって別に驚くようなことではないかも知れない。奇抜なカワイイファッションが売りだったり動物的な荒々しさを前面に出すレスラーだったりすれば、きゃりーぱみゅぱみゅやアニマル浜口の名前はコンセプトに見合ったグッドネームと言えなくもないのだが── しかし、元々のルーツがキワモノ出身でお笑い要素をもって売り出したのだとしても、その頃の芸名をその後性格俳優としてシリアスドラマが主戦場になってからも名乗り続けるというのはどうなのだろう? 例えばでんでん。この人が『お笑いスター誕生』常連出場者のピン芸人だったことを、若い人は知ってるだろうか。劇団出身の佐藤B作やベンガルなんかもそうだが、シリアスドラマで年齢相応の渋みも出てきた性格俳優の現在、その芸名はちょっと…、なんて思ってしまう。マギーとかも、今はまだいいけどもう少し年齢をとってからも現在の名前だと違和感が出てきそうな気が──そこへ行くとアパッチけんは役者として定着してきたところで中本賢に改名したのは賢明だったな。ほないこかもドラマに出る時は佐藤穂奈美名義だし。下條アトムは本名だそう(鉄腕アトムよりも彼の方が先)だが、老年期にさしかかった現在アトムはちょっとキツかろう。本名だしプライベートで名乗る分には仕方ないけど、役者としてブランドイメージを考えたらやはり違和感は否めない。…夙川アトムは今後もその名前で行くのか? いや、ぶっちゃけ大きなお世話ではある。いずれも芸名として定着しちゃってるから今さら変えてももう遅いかも知れないし。そもそも一般人の子供にもキラキラ☆ネームが蔓延してるのに芸能人のそれにとやかく言っても…、だろうし。芸能人の芸名であれ一般人の本名であれ、名乗ってる本人がその名前をいいと思い、誇りに思ってるのであれば、誰にも憚らずその名前を通せばいいことではある── 僕の方が考えが古いというか頭が固いのかも知れないけどね。例えば朝ドラの主演としてキャストの真っ先に杏とか波瑠とかの名前が出るだけでも「苗字つけないの?」なんて思ってしまうくらいだから。でも、モデルとしてなら問題なくても、朝ドラとか大河ドラマとかのスタンダードな正統に名を連ねるなら、それにふさわしい名前を、なんて思ってしまうのである。それらを観る側の人たちは僕なんかの比ではない保守的なおじいちゃんおばあちゃんたちなのだから── そして、巷にはびこるキラキラ☆ネームのお手本に、影響力ある芸能人さんたちは少なからずなってるであろう、ということも気にとめてほしいな、と。たかが芸名、されど芸名なのです。 |
その場所の幕内の土俵で活躍した関脇以下の力士に贈られている三賞。それぞれ殊勲賞(横綱や優勝力士など、その場所の好成績力士を破った力士)、敢闘賞(その場所力強い相撲で好成績を上げた力士)、技能賞(技の上手さがその場所際立っていた力士)の3つが毎場所贈られているのだが、制度のスタートは昭和22年と意外に新しい。その71年の三賞の歴史の中で、どの賞も必ず誰か1人に与えられていたかというとそうではない。上位陣がこぞって安泰だったりして殊勲の星を上げる力士がいなかったりすれば当然『該当者なし』となるし、逆に頑張りが顕著だった力士が複数いれば敢闘賞を2人に与える場合もある。顕著な頑張りと殊勲の星を両方上げれば1人で殊勲賞と敢闘賞のダブル受賞することもあるし、過去には1人で三賞3つを独占した例もある──このように三賞の受賞の有無と受賞者の数は場所によってかなり流動的ではあるのだが…。 その三賞各賞、先月の秋場所では誰が受賞したのか──殊勲賞=該当者なし。敢闘賞=該当者なし。技能賞=該当者なし──はい、3つとも該当者なしで受賞者はゼロでした。白鵬が5場所ぶりの全勝優勝で10勝止まりの鶴竜も負けた相手はすべて大関以上、復活稀勢の里も同じ10勝だが勝った平幕力士は負け越しで三賞の対象外、同じその他大関陣も好成績で、クンロクでカド番脱出の栃ノ心を破っただけでは殊勲とまでは言えない。関脇小結や平幕上位にも目立った好成績の力士はおらず、技能が冴えた力士も見当たらず。三役で勝ち越した逸ノ城や貴景勝は前半の黒星先行の印象が、御嶽海は大関獲りが白紙となるクンロク止まりだったのが響いてしまった。下位で好成績だった竜電や嘉風が候補に上がりはしたものの、三賞選考委員会の参加者の賛成が過半数を割って受賞に至らず。結局、三賞制度始まって71年の歴史の中で初、という“受賞者ゼロ”という事態になってしまったのだった── もちろん低レベルの中から「強いて上げれば…」な感じでムリヤリ誰かに賞を贈るだなんてことをする必要はないし、そんなことをしたら賞の価値も品位も下がってしまう、その方が問題であろう──つまりは、問題は賞を与えない三賞選考委員会ではなく、各賞の水準に達しなかった力士たちの方にある、これは間違いない。 昔ほど相撲が面白くなくなった、なんて言われて久しいが、実際僕が相撲を見始めた幼い頃から考えても、力強い力士も、技が冴える相撲巧者も──優勝回数をいくら重ねても白鵬は品格がともなってるとは言い難いし、有望と言われる幕内上位の若手力士たちもいまひとつピリっとしない。技巧派の方も石浦は幕内下位で苦戦続きで来場所は十両落ちが決定的で、宇良はケガが長引いて三段目下位まで落ちてしまうし…、これぞ王者、これぞワザ師と文句なしに言い切れる力士が見当たらないのである。ここ1~2年のことではなく、何年も前からそうなってたような気がする── そう考えれば今場所のように三賞ゼロという事態は遅かれ早かれ起きることだったのかも知れない。何年も前から時間の問題だったのかも。だけど、いざそれが現実になってしまって、力士全体の技と力の低下が記録データとして突きつけられてみると、今さらながらであっても嘆かざるを得ないわけだ──そして今場所、その前例ができてしまったということは、来場所以降2度目、3度目が、回を重ねるにつれて頻度が高まるカタチで起こり得るのではなかろうか…、幕内の土俵内容を見るにつけ、そうなりそうな予感を禁じ得ない…。 そうならないためには、協会幹部が決まり文句のように繰り返してる「土俵の充実」しかないわけなのだが…、言うは易く行うは難し。具体的にどのように状況を打破していくつもりなのか。三賞受賞者ゼロという今場所のこの事態。たまたまだなどととらえてたら、大変なことになっちゃうよ。 |
6月に受けた、会社の定期検診の結果を翌7月に知らされた。胃のレントゲン検査で異様な凹みが見つかったらしい。直ちに精密検査、具体的には内視鏡検査を受けなさいという診断である──内視鏡、いわゆる胃カメラである。やったことがある人はわかると思うし、そうでない人も噂は聞いてると思うが、先端にカメラのついた管を口から入れてノドから食道を経由して胃に通す、あれである…、と書いただけで苦しそうだし、実際苦しいらしい── 実は1度だけ15年以上前に僕は胃カメラを飲んだことがある。しかしその時は睡眠薬か何かを服んでほぼ眠った状態での挿入だったのでほとんど覚えてない。だけどおぼろげな意識の中でゲボッゲボッ! とえずいてたような気が…、する。もし意識がある状態だったら相当苦しかっただろうな、などと思ったものである。その時の検査では全く無問題、その後の定期検診でも胃はずっと正常だったので、その後胃カメラを飲むことなくここまで来てたのだったが…。 実は昨年の検診でも胃の異常が指摘されていた。ポリープの疑いありで12ヶ月の経過観察という診断である。その12ヶ月目である今回の検診で、ポリープに加えて陥凹部あり、という診断なのだ。僕は両親とも癌を罹患してるし、年齢的にも癌になっても全然不思議ではない。正直少なからず本気で不安になった。これは胃カメラ嫌だとか言ってる場合ではないので、すぐに病院に検査を申し込み、最速の日程で予約を入れるたのだが、検査日は8月のお盆前、異常が見つかった検診からは2ヶ月余り経過している。この2ヶ月の間にも癌が進行しちゃってるんじゃないか? 何て考えてるうちに、気のせいか胃に違和感をおぼえるようになってしまった──マジで進行癌じゃないかと気が気ではない思いで検査当日を迎えたのだった。 今回は以前のように睡眠薬の服用は無し。麻酔スプレーをノドの奥に噴霧はしたが、意識はある状態で胃カメラが挿入された──麻酔スプレーはあまり効きめは強くないし、何よりノドの裏っ側には届かない。実質的にあまり意味はなかった。はい、思いっきりゲーゲー言ってしまいました。挿入されてたのはほんの10分程度だったけど、僕には何十分にも感じられた、長い長い苦闘でした── 結論を言えば、全くノープロブレム。陥凹はなく綺麗なもので、ポリープがあるにはあるが良性で心配はないそうだ…、しかし現時点で良性でも今度どう変化するかわからないし、せっかく挿入したんならついでに切り取ってくれればよかったのに、という気もしないでもないけどね。 管が通った時にノドとの擦過で粘膜が刺激されたのか、その後2日間くらい、ツバを飲み込むたびに軽く痛みを覚えた。そのたびに胃カメラの苦しさが甦ってゲボゲボの感覚を思い出してしまうのだった──ああ、もう二度と胃カメラ飲みたくない。次回の検診の時にはポリープ消えててくれ…。 |
今月6日未明の北海道胆振東部地震では、北海道としては観測史上初である震度7を観測し、大規模な土砂崩れや家屋倒壊による犠牲者は数十人にも上った。さらに震源のすぐ近くにある道内最大規模の火力発電所が被災によりストップしてしまったため、あろうことか道内全域で停電するという信じられない事態になってしまった。すぐそこにせまっている厳冬を前に暖房対策ももちろんだが、電力不足は農家にも決定的影響を及ぼし、例えば牛乳などは道内にとどまらず全国的に品薄になっている── そんな中、テレビの民放各局は緊急募金の受付を開始。日テレでも24時間テレビのチャリティー委員会が緊急募金の窓口となっている。年に1回、毎年8月末に放送されてる24時間テレビだが、放送が終わっても募金は引き続き受け付けており、チャリティ活動は通年継続していて、今回のような場合には緊急募金を受け付けたりもしているわけだ──その日テレ24時間テレビで10年余り前の数年間、モーニング娘。がメインパーソナリティを張ってたことがあった。その後も何年か募金用のコインを持参で武道館のステージに立ってるのが見られた──ステージでは毎年のように、♪でっかいでっかい宇宙にある まぁるいまぁるい地球で ちっちゃなちっちゃな思いやりが でっかなでっかな愛となる~ の歌声が聴かれたものである…。 そんな、チャリティ番組に縁の深いモーニング娘。の4期メンバーのひとり、よっすぃ~こと吉澤ひとみは初代リーダー中澤裕子卒業の後を受けて2代目リーダーとなり、24時間テレビにもリーダーとして出演したこともあった。自身のメンバー卒業後も24時間テレビだけでなく、一日警察署長などの仕事もこなし、自身が弟さんを交通事故で亡くしている経験を踏まえて安全運転を呼びかけたりもしていた…、皮肉にもその映像がここ最近のニュースやワイドショーで何度も取り上げられている…。 はい、よっすぃ~が都内で飲酒ひき逃げ事故を起こしたのは上述、北海道地震と同じ日の早朝、わずか4時間後のことである──状況は何度も報じられてる通りで、基準値の4倍のアルコール量で赤信号無視して、かなりのスピードで自転車をはね飛ばしてそのまま逃走。調べが進むにつれて前夜の酒量の供述は二転三転、ドラレコ映像から「近くに車を止められる場所がなかった」の供述も大ウソなのが一目瞭然、さらに追いついた目撃者の「止まれ」の声も振り切ってたことまで判明、これはもう厳罰は避けられまい。映像を見る限り被害者が軽傷ですんだのは奇跡、死亡事故になってても何ら不思議ない状況だ── 今回の一件は“事故”ではなく“事件”(事故の有無関係なくそもそも飲酒運転自体がすでに犯罪)である。ちっちゃな思いやりを欠いたでっかい事件に、愛はどこにもない。事が起きてしまってからそれに気づいても、もう取り返しはつかない── |
新聞の紙面には毎日のように訃報記事が載っている。つい先日は樹木希林さんの、その前にはさくらももこさんの訃報が新聞紙面を大きく賑わしたし、先月も翁長沖縄県知事や津川雅彦さんなどの訃報が大きく報じられた。そうした政界や芸能界の大物有名人だけでなく、それほどの有名度ではない企業の元社長とか、あるいは著名人のお母様とか奥様とかの訃報を社会面の片隅に、ローカル面であればその都道府県の地元企業や商工会の元役員などのそれらが、スポーツ面にはかつての野球選手や力士のそれらが小さく載ってるのが常である──記事の大きい小さいに関わらずそうした訃報記事を見るとつい襟を正してしまうし、さほど著名ではなくても知ってる名前が出てきてたりすれば残念な気持ちにもなる。表題はお笑いコンビいつもここからのネタの引用であるが、誰かが死んだ時というのはネタではなくガチで悲しい時なのである。少なくとも近親者その他、生前の故人にゆかりのある人たちにとっては。たとえそれが先々月にまとめて死刑が執行された元オウム幹部たちであろうと、それは例外ではないことであろう…。 ──しかし、新聞に訃報記事が載るほどの著名人であれば、それら故人と個人的には全く縁もゆかりのない人であってもメディアその他を通して見知っている生前のあんなイメージやこんなイメージを通してそれら著名人たちに好悪の気持ちというものは有りがちであり、訃報に際しても、それら好悪のイメージに基づいた感情を抱くことになりがちである。それは著名人の宿命と言えるかも知れないし、それだけの影響力ある立場であるということは受け容れなければならないとも思う──のだが、しかし訃報に接した際には、そうした生前の印象は抜きにして厳粛に受け止めて、死者を中傷したり冒涜したりすることは厳に慎まなければならないと思ってしまうのである。 いや、樹木希林さんやさくらももこさん、西城秀樹さんみたいに生前の印象がいい人は問題ないのだが、例えば津川雅彦さんや翁長前知事などはその生前の言動などで右方面と左方面での評価が分かれており、反対側陣営からは事あるごとに非難されていた。そしてそれは、残念ながら訃報に接した際であっても変わらなかった人は少なからずいたようである──さすがに新聞紙面やワイドショーであからさまにそうした声は聞かれなかったが、ツイッターや個人ブログはもちろん、ニュースサイトのコメント欄でもディスりコメントが散見されたりして暗澹たる気持ちになってしまう…。「知恵を出さなければ助けない」の震災当時の復興大臣の訃報の時なんかはもっとひどかったし── 正直なところ、今年に入って訃報が伝えられた著名人の中には僕的にもイデオロギー面で到底共感できない人もいれば、あの時のあの言動は最低で許せんと今でも思う人も何人かいるのは確かだ。しかしそれはそれ、これはこれである。訃報に接した際にまでそういう負の感情を前面に出すのは憚られてしまうよ。それが人としての自然な感覚なのではないの? 特に保守方面の皆さん、どんな人でも死ねばみな仏様というのが仏教に根差した古来からの日本的感覚なのですよ。保守ならば日本の伝統を守ろうよ。岸井元毎日新聞主筆の訃報時のあの反応、保守としてどうよ? ──そんなわけで、僕はどんな分野のどんな思想の方であろうとも、訃報に接した際には分け隔てなくその死を心から悼みたいと思いますし、できれば他の人にもそれを望みたいです。遺された、少なからず故人の死を悲しんでいる近親者の方々の気持ちに想いを致して──というまさにこの文章を書いてる最中に山本KID徳郁さんの訃報が…。合掌。 |
まあ、よく言われる言葉であり、書かれてる通りの意味である。勉強もしっかりやれ、遊びもしっかりやれという、それ以上でも以下でもない──問題は「よく遊べ」の解釈である…。 中学の時だったか、1学期の終業式の後のホームルームで渡された、夏休みに関する注意書きのプリントに書かれていた文章──『よく学びよく遊べ』と言いますが、この『よく遊べ』の解釈は人によって違うようです。読書や音楽鑑賞は遊びであるとか、スポーツは遊びであるとか、いろんな解釈をする人がいますが、ぼけーっと過ごして夏休みに何をしたかわからない、という人は「よく遊んだ」とは言うべきでなく、当然「よく学んで」もおりません。要は自分にとって身になる活動を積極的に行う、ということだと思います──この言葉、まさにこの通り、これに尽きるだろう。遊びと学びは究極のところ同一なのである。 企業で営業職やった人なら何度か言われたことがあるであろう言葉──遊ぶことも仕事だ──なかなか商談が捗らないクライアントの担当者と、接待の酒席で互いの趣味の話で意気投合して休日に、例えばゴルフとかバーベキューとかを通じて人間関係が築かれたことでその後の商談がスムーズにいくようになったとか、よくあることである。かつてはよく「日本のサラリーマンは職場でゴルフの話をしてゴルフ場で仕事の話をする」などと揶揄されていたものだが、そうして遊びの場でビジネスの極意を学んで、仕事でも成果を上げ、自身の趣味も広げていったのである。まさに『よく学びよく遊べ』だ。 先日虐待で殺された目黒区の5歳女児の手紙の中の一文──これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから やめるから──幼児の"遊び"は発達過程での重要な"体験学習"である。それを認識してか知らずか妨げていたという意味でも両親の罪は大きい。子供に遊びを禁じるのは学習を禁じることと同じ(同等ではなく同一)だということを、世の親たちはもっと認識する必要があると思う。 ──『遊び』というものの意味に関して最近こんなふうにいろいろ考えるようになったのは、つい先頃大臣が『外遊』に出かけた際に「財務省の問題をほったらかしたまま海外旅行かよ」みたいなトンチンカンな非難をする声が多いことに驚いてしまったってのが大きい。辞書的に『外遊』=「海外旅行」ではあるが、政治家など公人のそれの場合はまず留学や研究、視察などの目的があるわけで、ただの物見遊山とは本来違うものである。件の大臣のそれがどうだったかは知らないが、非難の声の大半は少なくとも公人の外遊本来のそうした意味合いを知った上での「あの大臣のは違う」ではなく言葉面だけでの非難だったのは確かであろう。『遊学』『遊軍』『遊撃手』などの言葉と併せて「よく学んで」もらいたいものである。 よく学びよく遊べ──よく遊ぶことに時間を割かない人は、その分だけよく学ぶ機会を逸している、それゆえに他人の『遊び』に対してトンチンカンな非難をすることで逆に自分の『学び』不足をさらしてしまっているということを、みんなもっとわかった方がいいのでは? |
以前にも書いたと思うが"首都圏"という場合、関東1都6県だけでなく、山梨県も含まれる。実際に東京都と県境を接しているし、上野原や大月あたりからだと東京へ通勤通学してる人もいる。実際中央線のオレンジ色の快速電車には一部大月行や、中にはそこから富士急行線に乗り入れて河口湖駅まで行く電車もあったりする──東京への通勤人口という意味では群馬県よりも多かったりしないか? などと一瞬思ったりしたが…、上野原にせよ大月にせよ人口5万人未満の小都市だからやはり高崎とかには負けるかw そう考えると首都圏である山梨県である程度の人口規模を持つ都市というと、どこだ? 県都の甲府市以外にどこかあるだろうか…? 上述上野原や大月しかり、山梨市や韮崎市しかり、平成の大合併で誕生した新参の甲斐市や北杜市、中央市や南アルプス市などは言うに及ばず。で、その甲府市にしても大都市と呼べるほど栄えてるかと言われると…、果たしてどうだろうか──なんてことを、何度か駅を降り立って駅前に出るたびに感じてしまう僕であった…。 甲府駅はおそらく、山梨県内では唯一であろう、商業テナントが多数入居する駅ビルを擁する駅である。橋上駅の改札内コンコースの広さも、橋上改札を出て線路両側を結ぶ自由通路の広さも、駅ビル内の店舗の品揃えも、都内及び周辺の主要都市のそれと比べても遜色ない。在来線特急の停車駅かつ武田の里としての観光名所も売りにしてるだけあって駅売店も広めでかつ土産物スペースも大きく取られ、品揃えも充実している。駅舎を出てロータリーの向こう側から眺める駅ビルの姿も、またバスターミナルも兼ねた広いロータリーも県庁所在地駅としての面目をしっかり保って立派に見える。駅及びその周辺の外観だけを見れば…。 いや、そこからまっすぐに延びる道路の両側に多くの店舗が連なる駅前商店街だって十分都市としての体裁は整ってると思いますよ。地元住民の生活必需品も満たしているし、上述の通り観光も売りにしてる街だから観光客向けの土産物店とか料理店とかも揃っているし、県都として地元企業のオフィスも大手各企業の支店も揃ってるし、もちろん観光客や出張ビジネスマンのためのホテルなどの宿泊施設も多数ある。都市としてのバランスは十分取れてるとは思うよ。 なのになぜ、ちょっと物足りないなと感じてしまうのか。やはりそこが県都だから、それに尽きるだろう。上述の通り甲府以外の山梨県各都市はみな中心繁華街の規模が小さい。県内で甲府市のライバルとして肩を並べそうな市というのが存在しない。県内の市の中では抜きん出ていることで、逆に満足しちゃってるような気がして、つい物足りなく感じてしまうのだろうか──同じ首都圏に名を連ねる高崎や宇都宮のように新幹線が通っておらず、高速交通に恵まれてると言えず、それゆえに街の拠点性も高くはあるものの、他地区の発展に刺激されて互いにライバルとして上を目指すという気質になりにくいのかも知れない。 そうなると、現在建設中のリニア新幹線の開業によってどう変わっていくか、というのは結構興味深いかも知れない。山梨県を通るリニアの山梨県内の駅は甲府市に作られる予定らしいので。とは言え新駅の予定地は現在の甲府駅ではなく、市街地とは大きく離れた「え? ここも甲府市なの?」みたいなかなり郊外らしいのであまり影響はないかも知れない──しかしながらそうなると上述、他地区からの刺激を受ける可能性も低いわけで、さらにリニア新幹線の開通に伴ってビジネスの拠点がそっちに移ったりしたら逆に駅前が後退してしまうのではないかという懸念もあったりする──それはそれで街としての趣が出てきて余所者的な見どころとしては面白いかもだけど、何しろ甲府市は県都だから…。 |
小学3年になるかならないかの頃、広島駅から程近かった当時の僕の実家からは線路を渡って反対側、歩いても20分もかからないあたりのバス通りにある事務所に貼られていたポスター『'72年大型新人歌手デビュー曲『恋する季節』発売!』の宣伝文句と共に、長身で長髪姿のそのイケメンおにいさんの全身写真が掲示されていた。デビューしたかしないかくらいの頃でもちろん僕はその名前を聞いたことはなく「ふーん」くらいの感覚でしかなかったのだが…、しかしそのお兄さんはほどなくテレビでよく見かけるようになり、翌年には大スターとして多くの女の子にキャーキャー言われる存在となるのである──はい、西城秀樹のことである。 小学校は隣の学区で中学校は同じ学区。僕が受験で私立中にに行ってなければ後輩になっていた。実家も比較的近くだったらしい──とか、そんなこと抜きにして、郷ひろみと野口五郎と共に新ご三家と呼ばれた中ではルックスと歌唱力で遜色ないのはもちろんだが、楽曲とステージアクションでは群を抜いていたと思います。その全盛時は僕が小学生から高校生にかけての頃の約10年くらい。その当時の子供たちにとっては男女を問わず、カッコいい兄貴だったことは間違いない。小学5年時の同級生♂も広島で開催されたコンサートに行ってステージに興奮したと言ってたから。一般的にもそのはずだし、特に僕やその周辺ではそこに『地元広島の』が付け加わるわけで。さらに僕的にはそこにさらに『隣の学区の』が付け加わるわけだから、そりゃもう思いっきり熱を入れて応援してましたよ。もちろん当時の一連のヒット曲のいくつかは今でも歌詞カードなしでフルコーラス歌えるし、その振付もマネできる。子供時代から青春時代にかけて、まさに「ヒデキとともに歩み、成長してきた」と言ってもいいかも知れません── 女の子にキャーキャー言われるアイドルとしての側面ばかりが目立つけど、父親の影響で幼い頃から洋楽に親しみ、デビュー前に兄のバンドに参加してライヴハイスで歌うなど音楽的な下地は元々あり、ロック的なステージパフォーマンスやパワフルな歌唱には定評があったわけで、そちらの側面ももう少しクローズアップされてもいいんじゃないかと思ってたりもしたのだった。男性アイドルということで聴かず嫌いしてた男はたくさんいるんだろうな…。アイドル期を過ぎて中年から熟年にさしかかり、子供の頃の僕たちと同じように男女問わず支持されるホントの意味での音楽的な円熟期を迎えようとした矢先の病魔が返す返すも惜しまれる。 2度の脳梗塞を経てリハビリしながらステージに立ち続けていたというニュースは耳にしていたので、何とかお元気で頑張ってほしいと思っていたので、訃報を聞いた時はさすがにショックでした。僕的にはひとつの大きな時代が終わったな…、という感じです。今さら遅いかもだけどだけど、ヒデキの音楽的足跡は廃れることなく語り継がれ、歌い継がれていってほしい──合掌。 |
現在放映中の朝ドラ『半分、青い』の今月第1週では鈴愛(すずめ)と律(りつ)それぞれの恋愛話がクローズアップされ、特に清(さや)と律の関係の進展と、そのふたりにからむ鈴愛への嫉妬から敵意を前面に出す清と鈴愛のバトルがハイライトの週だった──同じ日に岐阜の田舎の同じ病院で産まれ、幼なじみとして育ってきた律と鈴愛、高校の弓道部の大会を見に行った時に他校の選手として初めて出逢った清と律が大学で再会し、ふたりの仲が一気に縮まるが、清はそんな律と切っても切れない関係の状態である鈴愛を排斥したがるようになり、そしてついにそんなふたりの気持ちが衝突し爆発── ストーリー上は清が敵役であり、当然視聴者たち特に女性陣の感想でも清に対する評判は非常に悪く、完全に清はクソ女扱いである。まあ鈴愛を主役として鈴愛の側から描いてるストーリーだから清が悪役になるのは仕方ないが──しかしツイッター上で、僕と同年代とおぼしき著書も出してる大御所女性ツイッタラーさんが清のクソ女ぶりを「『東京ラブストーリー』のさとみ的」と書いてて、思わず「は?」と思ってしまった── 『東ラブ』って、一緒に田舎から東京に出てきたさとみという幼なじみがいるカンチに一目ぼれした同僚のリカが積極的にカンチにアタックしていく話であって、清はむしろリカの方ではなかろうか、設定も行動も。一方幼なじみのさとみの方も性格的にはむしろ鈴愛に近いと思うし──『東ラブ』に当時夢中になって観ていた女性たちはみんなリカの現代的な積極性を支持し、逆に思いっ切り嫌われたのは古風なさとみの方であったような…。なぜ女性たちの評価がこうも180度正反対になるのだろう? 『東ラブ』から四半世紀以上経つとはいえ、男女の恋愛のパターンと感情はそこまでガラッと変わるとは思えないし、だいいちこの回の時代設定は平成2年の七夕。『東ラブ』放映開始の半年前であり、もちろん原作の柴門ふみの漫画はすでに世に出ていたわけで、時代的には間違いなく清の方が支持された頃のはずなのである── 『東ラブ』はリカを主役として描かれてるからさとみが敵役になってるけど、逆にさとみ目線で物語が描かれていたらリカってどういう役回りになっていただろうか? 『半分、青い』における清と、違うのだろうか? もちろん今の朝ドラも清目線でストーリーを描けば「律はわたしのものだ!」と清をなじる鈴愛は完全に極悪な敵役になってしまうわけで── 両ドラマとも女性たちはそれぞれの好きになった立場で彼への想いを相手にぶつけてるにすぎないわけで、善悪は多分に相対的である。悪いのは双方の間でどっちつかず中途半端してる律でありカンチであるはずなのだが、女性陣からは当時も今もそういう意見は聞かれないわけで──特にフェミニズム方面とか、何かというと男を悪者にしてくるくせにこういう時は何も言わない、実に不思議である。 |