小学3年になるかならないかの頃、広島駅から程近かった当時の僕の実家からは線路を渡って反対側、歩いても20分もかからないあたりのバス通りにある事務所に貼られていたポスター『'72年大型新人歌手デビュー曲『恋する季節』発売!』の宣伝文句と共に、長身で長髪姿のそのイケメンおにいさんの全身写真が掲示されていた。デビューしたかしないかくらいの頃でもちろん僕はその名前を聞いたことはなく「ふーん」くらいの感覚でしかなかったのだが…、しかしそのお兄さんはほどなくテレビでよく見かけるようになり、翌年には大スターとして多くの女の子にキャーキャー言われる存在となるのである──はい、西城秀樹のことである。 小学校は隣の学区で中学校は同じ学区。僕が受験で私立中にに行ってなければ後輩になっていた。実家も比較的近くだったらしい──とか、そんなこと抜きにして、郷ひろみと野口五郎と共に新ご三家と呼ばれた中ではルックスと歌唱力で遜色ないのはもちろんだが、楽曲とステージアクションでは群を抜いていたと思います。その全盛時は僕が小学生から高校生にかけての頃の約10年くらい。その当時の子供たちにとっては男女を問わず、カッコいい兄貴だったことは間違いない。小学5年時の同級生♂も広島で開催されたコンサートに行ってステージに興奮したと言ってたから。一般的にもそのはずだし、特に僕やその周辺ではそこに『地元広島の』が付け加わるわけで。さらに僕的にはそこにさらに『隣の学区の』が付け加わるわけだから、そりゃもう思いっきり熱を入れて応援してましたよ。もちろん当時の一連のヒット曲のいくつかは今でも歌詞カードなしでフルコーラス歌えるし、その振付もマネできる。子供時代から青春時代にかけて、まさに「ヒデキとともに歩み、成長してきた」と言ってもいいかも知れません── 女の子にキャーキャー言われるアイドルとしての側面ばかりが目立つけど、父親の影響で幼い頃から洋楽に親しみ、デビュー前に兄のバンドに参加してライヴハイスで歌うなど音楽的な下地は元々あり、ロック的なステージパフォーマンスやパワフルな歌唱には定評があったわけで、そちらの側面ももう少しクローズアップされてもいいんじゃないかと思ってたりもしたのだった。男性アイドルということで聴かず嫌いしてた男はたくさんいるんだろうな…。アイドル期を過ぎて中年から熟年にさしかかり、子供の頃の僕たちと同じように男女問わず支持されるホントの意味での音楽的な円熟期を迎えようとした矢先の病魔が返す返すも惜しまれる。 2度の脳梗塞を経てリハビリしながらステージに立ち続けていたというニュースは耳にしていたので、何とかお元気で頑張ってほしいと思っていたので、訃報を聞いた時はさすがにショックでした。僕的にはひとつの大きな時代が終わったな…、という感じです。今さら遅いかもだけどだけど、ヒデキの音楽的足跡は廃れることなく語り継がれ、歌い継がれていってほしい──合掌。 |