キティ写真館♥列車に乗ってあれこれ

キティ写真館♥列車に乗ってあれこれ

特急列車・観光列車・ローカル列車の電車旅を楽しみながら、マンホールカード・御朱印・御城印など集めています

2026.2.15

商店街のお稲荷さんも

 広島旅行、いつもの1泊2日旅行です。

限りある時間を最大限有効に使おうと

夜の街に繰り出しました

 やっぱりお好み焼き屋さん多いですね〜

さ・ら・に

中央通りに「お好み焼きマンホール」

多く設置されているということで

《探検!!お好み焼きマンホール》です

お好み焼きソースの「オタフクソース」から、

県内12市町特有のお好み焼きがデザインされた、

マンホール蓋を寄附されました。

お好み焼きをセンターに

バッグに広島の名所や特産物

描かれています

 

▼こちらは県内各地のお好み焼き

描かれたマンホール

 全部は見つけられなかったけど

マンホールを探す道すがら、

広島の夜を満喫することができました


▼このマンホールはなんだろう?

て、調べました

「ウケるアトリエカフェ」の企業広告でした

 

商店街を歩いていたら

ひときわ明るい提灯が目につきました

 夜にもかかわらず、

社殿の中の電気がついているので

なんか、ほっこりします

 中の棚稲荷神社

建立不明ですが、文政5年(1822)編集の

「知新集」に記されているところから、

少なくとも宝暦8年(1758)には、

今の中の棚にあったことがわかります。

御祭神は、京都伏見稲荷神社の御分霊。

昭和20年(1945)、被爆焼失しましたが、

地元住民の支援により昭和30年(1955)に再建。

以後、地元住民によって運営・管理されています。

 ▼大きなタコさんも出迎えてくれます

 ▼御朱印の自動販売機発見!!

初めてなので興味津々。トライしてみましたウインク

 出てきたのは↑のパッケージ

御朱印はこんな感じでした

 さぁ、ホテルに帰って

明日の 広島旅行後半 に備えます!!


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2026.2.15

駅周辺のマンホール

 広島いろいろ旅

平和記念公園に続いて

さらに《探検!!マンホール》です

マンホールカードをいただきに GO!!


広島市観光案内所(広島駅構内)

 ◆ マンホールカード

【折り鶴(広島駅周辺地区)

広島には、世界中から千羽鶴が贈られてきます。

「世界中の人にこの広島に来てもらいたい」、

「広島から世界に平和を発信していきたい」という

願いが込められたデザインです。

 ◆ 実写

 

広島市中央老人福祉センター

マンホールカード

紅葉(広島城周辺地区)

水面にもみじが浮かび、水面下に鯉をデザイン。

広島の「水の都」、「鯉城」、「もみじ」着目

このデザインマンホールふたが設置される

「文化の道」周辺にふさわしい、

色数の少ないシンプルで落ち着いたデザイン。

 広島城の外周の設置場所に向かいます

 実写 

 

広島駅南口地下広場案内所

 マンホールカード 

西国街道(西国街道)

広島が川のまちとして発展し、江戸時代の城下町の

目抜き通りであった西国街道のなりわい

浮世絵風にしたデザインです。

広島の城下町で働く職人のモデルとして

紙商人、仏檀作り、舟運を用い、人物を配置して

気あふれるワンシーンを表現しています。

 西国(さいごく)街道とは?

(駅前に説明板が設置されていました)

西国街道は、江戸時代に利用されていた

京都(東寺口)から西宮を経て下関・九州へ至る

大阪を経由しない山陽道の別称です。

西国の大名の参勤交代や長崎奉行、幕府代官などが

往来する道で、五街道に次いで重要な街道でした。

カードデザインのマンホールは

もちろん「西国街道」上に設置

 実写 

 

「西国街道」デザインのマンホールは

駅前にも設置(展示)してありました

 ▼駅前大橋のたもとに設置

 広島旅行記 続きます


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2026.2.15

 原爆ドームには圧倒

 広島旅行、次の目的地に向かいます


元安橋(もとやすばし) ◆

安土桃山時代に毛利輝元の時代に木橋で架けられ、

江戸時代には西国街道の要衝でした。

広島平和記念公園と原爆ドーム(対岸)を結ぶ、

元安川に架かる歴史的な橋です。

爆心地から約130mの至近距離で被爆しながらも

落橋を免れた「不屈の橋」として知られ、

1992年に被爆時の親柱を再利用して復元。

 向かう先は「平和記念公園」

元安川の川面に映る景色がとてもきれいです


 ▼元安川から宮島行きの船が出ています

元安橋のたもとにある高速船のりばから

宮島へダイレクトに約45分で移動できる

「ひろしま世界遺産航路」が運航

乗ってみたいですが、そんなチャンスあるかな?

 

「平和記念公園」に着きました

前回広島に来たのはもう20年前でしょうか。

その時はコンサート遠征だったので

観光とか一切しないとんぼ返りだったのですが

ホテルがこの公園のすぐ前だったことから

唯一、観光らしいのがこの平和記念公園でした

平和記念公園

平和記念公園は、旧太田川(本川)が

元安川と分岐する三角州の最上流部に位置し、

原爆死没者の慰霊と世界恒久平和を祈念した公園

(今さらですねニヤリ


◆ 原爆死没者慰霊碑 ◆

1952年8月6日に建立された、原爆犠牲者を

雨露から守る「はにわの家型」の石碑。

丹下健三氏が設計し、碑文には

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれ、内部には名簿が納められています。

 

今回は、公園で「探検!!マンホール」

広島国際会議場

今回のマンホールの舞台になった場所

 ▼マンホール設置場所は

「広島平和記念資料館」前です

広島平和記念資料館は、前回に入館したので

今回はパスさせていただきました

 ◆ 実写 広島サミット県民会議)

広島サミット県民会議が、「G7広島サミット」

デザインマンホールを製作、広島市に寄付。

 ▼マンホールカード

広島市平和記念公園レストハウスで配布

 ◆ マンホールカード

 

「原爆ドーム」に向かいます

川面に映るドームは鏡のようにハッキリと、

そしてキラキラ光り、とてもきれいです

前回の時は工事中で見れなくて、心残りでした

 橋を渡り、ドームの目の前にきました

◆ 原爆ドーム 

第2次世界大戦末期の昭和20年(1945)に

人類史上初めて使用された核兵器で被爆した建物。

ほぼ被爆した当時の姿で続ける原爆ドームは、

核兵器の惨禍を伝えるものであり、

核兵器の廃絶と世界平和の大切さを訴え続ける

人類共通の平和記念碑です。

(こちらも今さらですねニコニコ

 間近で見ると、言葉にできない

何か重い圧倒感に包まれました

 ▼ 相生橋

原爆ドームの北側に位置する、元安川本川

分岐点に架かる特徴的な「T字型」の橋です。

原爆投下時には、空襲の目標地点とされました。

現在は架け替えられ、現役で利用されています。

 

最後は再び公園に戻り、最後は

◆ 平和の灯(ともしび)

原爆死没者慰霊碑の左右から後方に広がる、

「平和の池」の北端にあるのが「平和の灯」です。

 設計は慰霊碑と同じく、丹下健三氏

 その台座が完成した昭和39年(1964)年8月に

火がともされて以来、静かに燃え続けています。 

 

公園を出るときはすっかり夕暮れ

マジックアワーになっていました

広島旅行記 続きます


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2026.2.15

初めての広島駅

 今回は 広島県広島市 遠征です

 (目的がちゃんとあります。それはまたの話チュー

 

🚅 東海度新幹線に乗りま〜す

 ▼今日も快晴☀️ 富士山がきれいです

 

 広島駅に到着しました!!

広島は2回目の来訪。前回は飛行機だったので

広島駅は初めてです爆笑(しかも前回は20年前)

 

広島駅に着いてすぐに向かったのは

▼ 路面電車 広電電鉄 広島駅

 昨年新しくなったという乗り場には

あとからあとから電車が入線して

とても目まぐるしいです

広島電鉄広島駅は、2025年8月に新駅ビル2階に

高架乗り入れし、JR線の改札と同じフロアで

乗り換えが便利になりました。

 

で、広島電鉄の広島駅営業センター

鉄印をいただきに行きました

 ◆ 広島電鉄 鉄印

中国・四国エリア版鉄印です

乗車券は、これからの観光のために

1日乗車券を購入

 

さぁ、広島電鉄路面電車に乗って

広島観光 STARTです

  

はじめまして。広島ピカチュウです

今回の広島遠征の同行者です

なぜ、キティではないのか?

ただ単に広島キティを持ってないからですてへぺろ

ま、こんなこともあるんです

2026.2.8

ぎりぎり間に合いました

 今回の和歌山ツアーに参加した

最大の目的です

観光列車「天空」が引退するとのこと

(新観光列車「GRAN天空」は4月より運行開始)

 

前々から乗ってみたかったので

これは ” 乗らなくては!! ”と、

「天空」に乗れるツアーを探しました

 

極楽橋駅から乗車します

 ▼おぉ~、またまたヘッドマークが

雪まみれ〜(残念あせるあせる

南海電鉄  観光列車「天空」

(橋本駅~極楽橋駅間運行)

1970年に製造された南海電鉄高野線の

山岳区間用の車両を改造して、2009年7月に

定期運行を開始した観光列車「天空」。

2200系をリニューアルして2両1編成で運行。

麓の町「橋本駅」と高野山の入口「極楽橋駅」を

9,8kmを456m駆け上がる南海電鉄の中でも

急こう配区間を走る列車です。

 

▼ボディのカラーリングは

森林の深いグリーンと

高野山の根本大塔の朱色を基調

 

車内は山間の景色を堪能出来るように

ワイドビューの席を配置

独特な丸い窓は格子も配して和風

▼2号車の座席です

▼1号車には、スタンプ台設置部分や

天望カウンターもあります

 ▼天望デッキ

季節と気候などによって変わる景色を楽しめる

展望デッキは、木のぬくもりが感じられる窓枠

 ▼車窓からの扇状の地景色

扇の形に田畑や民家があるのがあるのがわかります

 

▼「九度駅(くどやま)駅」を通過

「九度山」という地名に反応しました

九度山と真田氏:1600年の関ヶ原の戦いで、徳川秀忠軍を足止めした罪に問われ、真田昌幸・信繁(幸村)親子は死罪になるはずでしたが、東軍についた兄・真田信之の嘆願により命を救われ、高野山蟄居を命じられました。当初は高野山でしたが、高野山は非常に寒く、女人禁制であったため、妻子を伴って生活できる麓の九度山へ移り住みました。1600年から大坂冬の陣(1614年)が始まるまで、雌伏の14年間を九度山で過ごしました。

大河ドラマ「真田丸」にも、この九度山の

蟄居時代がけっこう細かく描かれていましたね〜

▼ホームにも、真田家の家紋「六文銭」

 

▼難読駅名にトップに入るであろう

「学文路(かむろ)駅」

菅原道真を祀る「学文路天満宮」最寄り駅。

受験シーズンには「学文路(学問の路)」という

名前から合格祈願の縁起物として、

記念の入場券が人気を集めているそうです。

 ▼ここで普通列車とすれ違いました

 

紀の川を渡り、

いよいよ「天空」乗車も終わります

終点「橋本駅」に到着

勇退した 「天空」に乗れて幸せでした!!

 新しくなった「GRAN天空」には

いつ乗れるでしょうか…

 

ツアーバスと合流するために

橋本駅の外に出ます

JR和歌山線は大雪のために一部運転見合わせでした

 

◆ 橋本駅 

(和歌山県橋本市/JR和歌山線・南海電鉄道)

 

これにて、和歌山ツアー旅行 終了です


おまけ

帰路の新幹線での夕飯は

駅弁「東海道新幹線弁当」

コレ、東海道線沿線の名物てんこ盛りで

うなぎや味噌カツ等など、好きなんですよね〜

2026.2.8

極楽橋駅も素敵です

 雪の高野山参拝も終わり

高野山を下ります

上りは、ツアーバスのドライバーさんの

驚異的運転技術で、雪の山道を登りましたが…

下りは交通機関を利用します


高野山駅(高野山ケーブル)

(国の登録有形文化財)

(和歌山県高野町/南海電鉄鋼索線)

標高867mに位置する高野山観光の玄関口の駅。

極楽橋駅までケーブルカーで約5分で到着し、

駅舎はレトロな雰囲気がある木造建築です。 

 ▼この駅看板、いいですね〜

 ▼駅構内も格子天井や木目の壁など

日本的な雰囲気を醸し出しています

(というのも、周りは外国人観光客がいっぱい)

 ▼はい、駅にも「こうやくんツインズ」

 

ケーブルカーに乗車します

雪の高野山の景色ともお別れ(涙汗汗

高野山ケーブル(南海鋼索線)

南海鋼索線(こうさくせん)は、南海電気鉄道

極楽橋駅から高野山駅を結ぶケーブルカー路線で

通称は「高野山ケーブル」と呼ばれています。

高野線橋本駅 〜極楽橋駅間とともに

「こうや花鉄道」の愛称が付いています。

328mの高低差を、約5分で一気に昇降します。

現在の車両は1964年に巻上装置一式とともに登場、当時は日本最大級でした。

現在の4代目車両は、2019年より運行

木目調を基調とした「和」の癒し空間になっておりLED間接照明や格子状の背もたれを持つ座席が

高級感を醸し出しています

 ▼天井には何やら縁起のいい?絵が

 雪の高野山を下っていきます

 

あっという間に極楽橋駅に到着しました

 乗り換えのために駅の外には

出られませんでしたが

連絡通路だけでも駅舎の雰囲気を

感じることができました

 

極楽橋駅ホームで「撮り鉄」!!

2019年に導入した高野線の普通列車

 ▼ 特急「こうや」

難波駅と極楽橋駅を結ぶ全席指定の観光特急

ちょっと小田急線のロマンスカーに似てますね

 ▼「こうや」「天空」のツーショット

これから乗車する 「特急 天空」が入線していました

3月で引退した「天空」です

次回は 「天空」乗車記 です


おまけ

見つけました!! キティの和歌山カレー

 

◆ 南海鉄道極楽橋エキタグ ◆

見てみたかった駅舎のデザイン

2026.2.8

遭難しかけました

 雪の高野山、最後は「壇上伽藍」です


壇上伽藍(だんじょうがらん)

壇上伽藍は、空海が高野山を開山した際に

最初に整備した場所です。

弘仁7年(816)に弟子たちと共に建立し、

完成には10数年から20年の歳月がかかりました。

この場所は「弘法大師ゆかりの地」として

信仰の中心となっており、

密教の世界を表す胎蔵界曼荼羅を具現化した

高野山の聖地となっています


根本大塔(こんぽんだいとう)

高野山のシンボルで、真言密教の根本道場。

高さ約49mの鮮やかな朱塗りの多宝塔で、

内部は巨大な「立体曼荼羅」になっています。

空海が建立を開始し約70年かけて完成。

その後、焼失と再建を繰り返し

現在の堂宇は、昭和期に再建されたものです。

※立体曼荼羅:本尊は胎蔵界大日如来、

四方に金剛界四仏、16本の柱に十六大菩薩が配置

根本大塔は夜間のライトアップが有名で、

それを見るために海外からの観光客が多いそうです

 この頃になると高野山の雪も猛吹雪で

塔の上部も雪で霞んで見えません

 ▼御影堂から見る根本大塔は

ライトアップに負けず劣らずの

芸術的な景色です

 

◆ 御影堂(みえどう)

もとは空海の持仏堂で、重要な建物のひとつで、

弘法大師の御影(肖像)を安置しています。

現在は嘉永元年(1848)再建の檜皮葺の建物。


 ◆ 金堂(こんどう)

金堂は、開創当初から存在する高野山の総本堂。

重要な法会が行われる聖地の中核です。

現在の建物は昭和7年(1932)に再建。

 

大塔の鐘(高野四郎)

空海が発願し、弟子である真然大徳の時代に完成。1547年に再興。直径2.12m、高さ2.5mの巨鐘で、

日本で4番目に大きい鐘とされています。

1日5回(計108回)鐘が撞かれます。

 

壇上伽藍では積雪がとんでもなくて

堂宇から堂宇の移動もままならず

まさに雪中行軍あせるあせる

壇上伽藍には他にも西塔や中門など

見たいところがあったのですが、

そこまでたどり着くことができませんでした


さらに添乗員さんやガイドツアーさんも

見失うという、半ば遭難状態

御朱印をいただく御供所までも

たどり着かずタイムアップ

泣く泣く御朱印は諦めました


◆ おまけ 

昼食は参道のお土産屋さん&食堂で

もちろん参道も真っ白で10m先も見えずで、

参道を散歩することもかないませんでした。

 ▼精進料理のランチです

 

というわけで、思いかけずの大雪で

貴重な体験ができた「高野山」

最高の思い出となりました!!

2026.2.8

大きな台所にも注目

 思いかけずの大雪の「高野山」

奥之院の次は 金剛峯寺へ向かいます

 真言宗総本山です

厳密にいえば「高野山真言宗」の総本山。

真言宗には多くの宗派があるので…

高野山は一山境内地(山全体が寺)という概念で、

金剛峯寺はその中心的な総本山となり、

高野山全体の宗務を司っています。

 ▼ 正門(表門)

文久2年(186)再建とされています

提灯には、三頭右巴の紋五三の桐の紋

描かれています。

金剛峯寺はこの2つが寺紋のようです。

 

主殿(国指定重要文化財)

 ▼ガイドツアーさんが力説した 天水桶

※天水桶(てんすいおけ): 屋根の上の桶は、
火災時に防火用水として使用された

当時の知恵を伝えるものです

 ▼ 鐘楼

金剛峯寺の前身である青厳寺の鐘楼で、

元治元年(1864)に再建されたといわれています

高野山真言宗 総本山 金剛峯寺

弘仁7年(816)、嵯峨天皇から空海

高野山の地を賜り、開創して

真言密教の根本道場となりました

御本尊は薬師如来(阿弥陀如来ともいわれます)。

豊臣秀吉が母の菩提のために建立した青巌寺

起源で、高野山117ヶ寺の頂点に立つ寺院です。


本坊の中に入ります 

本坊は江戸時代後期の文久2年(1862)に再建

 

本坊内は撮影禁止が多かったので

大雪の庭を中心に撮影

有名な石庭「蟠龍庭」真っ白です

蟠龍庭(ばんりゅうてい):国内最大級の石庭で、

白砂の庭に、雌雄一対の龍が奥殿を守るように表現。

 ▼格子窓の窓越しに撮影すると、

情緒ある額縁効果の写真になります

 ▼雪の中庭も風情があります

 

ここからは撮影OKゾーン

以前、NHKスペシャル※で放映された

NHKスペシャル

「高野山千年の襖絵 空海の世界に挑む」

「襖絵」を見ることができました

感動です!!

(この番組、とても面白くて印象に残っていました)

世界的に活躍する日本画家・千住博画伯が金剛峯寺に奉納した障屏画です

《断崖図》茶の間(全長16m)

▼《瀧図》囲炉裏の間(全長25m)

 

▼多くの修行僧の食事を賄う現役の台所

ここでは200人分の食事を一気に作るそうです。

 ▼「煙抜き」と呼ばれるこの場所には

煙が抜けるように天井に穴が空いています

この天井の穴は歴史が感じられ、なんか神秘的。

すすで黒光りしている柱は、重厚感がありました。

 

ここでは顔ハメこうやくんに出会いました

 

◆ 御朱印 

「遍照金剛」とあります。空海が唐で密教を

修得したときに、恵果和尚から授けられた、

大日如来と一体であることを示す灌頂名です

 ガイドツアーさんが言っておりましたが

「高野山は冬に訪れるのが一番」

高野山の凛とした空気感が感じられるそうです

確かに雪の高野山は別世界でした!!

(でも、庭園はやっぱり見たかったなぁ)

高野山 続きます


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2026.2.8

雪の参道は絶景

 和歌山県のツアー旅

和歌山市内のホテルで宿泊し

一夜明けて、ツアー御一行様は

高野山へと向かいます


念願の 高野山 !!

いつか絶対に行きたい場所 No.1だった

憧れのところです爆笑


前日の和歌山市内は快晴☀️だったのに

この日の高野山は大雪❄️注意報レベルの

雪景色になっていました

1月に「大人の休日倶楽部パス」で

雪三昧の旅をしたばかりなのに、

またまた大雪の世界に没入ですニヤリ

 ▼車窓からですが、高野山大門

 

 ツアーバスは「高野山奥之院」に到着

 おぉ~、映像でよくみる景色です

 

この大雪の中、長い参道を歩きます

樹齢700年を超える杉木立が生い茂る参道は、

一の橋から御廟まで約2km続いています

 高野山 奥之院

奥之院は、弘法大師空海の御廟がある場所。

壇上伽藍と並ぶ高野山の二大聖地のひとつで

高野山の信仰の中心とされています。

弘法大師は853年に62歳で入定し、

以来、1200年にわたってこの地で

永遠の瞑想を続けていると信じられています

著名な先人の名前の墓碑が並ぶなか、

ひときわ目立つ墓碑が…

▼こちら「豊臣家墓所」とあります

秀吉とその一族が眠る、県指定の史跡

この階段を登った先に

豊臣家墓所を見ることができます

豊臣家墓所には約11基の五輪塔が整然と並び、

中央には1940年造営の豊臣秀吉の巨大な墓碑、

北政所大政所の墓碑はもちろん、

豊臣秀長と正室の慈雲院の墓碑もあるそうです。

階段を登って墓所まで行く強者もいましたが、

私は雪の階段を登る勇気がなく断念ショボーン

 参道には、数十万基はあるといわれている 墓碑や供養塔があるなか、

歴史的に有名な戦国大名や偉人

現代に近い著名人の墓所の碑も多く、

高野山の壮大さを感じることができます

全部の写真を撮っていると、ツアー御一行から

はぐれるので、気になる墓碑だけ撮影しました

▼結城秀康の墓碑

結城秀康は徳川家康の次男で、

豊臣秀吉の養子となり羽柴秀康を名乗りましたが

その後、結城晴朝の養子となり、

結城の通称で呼ばれるようになりました。

徳川家康の次男でありながら、

数奇な人生を送ったので印象深い武将です

法然上人の墓碑 

言わずと知れた浄土宗の開祖

 

墓所が並ぶ長い参道もを終わり

御廟に近づいてきました

 

そしてあの「生身供」に遭遇

(って、この時間に合わせてのツアー行程ですがニヤリ

生身供しょうじんぐ)

禅定(瞑想)を続けている空海に食事を捧げる、1200年間絶えることなく続く儀式

毎日朝6時と10時30分の2回、御供所で調理された

精進料理のお膳を僧侶が御廟へ運びます。

一般参拝客もその様子を見守ることができます

▼ 雪の中の「生身供」

映像でこのシーンを観たことがあったけど

まさか、こんな場面に遭遇できるとは

この写真は宝物になりました爆笑

 

ここから先は御廟となるので、撮影禁止!!

御廟橋を渡り、御廟へ参拝しました

言葉通り、寒さの中「身の引き締まる」思いでした


帰路につきます

水場も凍りついていました

 雪はさらに強くなってきます

 

納経

御廟橋手前の「御供所(ごくうしょ)」

御朱印がいだだけます

自分は四国八十八ヶ所の納経帳にいただきました

本来なら四国の八十八ヶ所を結願してから

最後に高野山にお参り、が正しいそうですが

四国八十八ヶ所はライフワークなので

結願までいくかどうか分からないので

こちらの納経帳に先にいただいてしまいました

 

おまけ

今まで多くの「こうやくん」出会いましたが…

今回は本家本元の「こうやくん」

気がしますニコニコ

2026.2.7

デザイン違ってたあせるあせる

足早に 和歌山城見学を終え

次は「探検!!マンホール」

天守から和歌山城公園に移動します

 なにせツアー旅行なので時間制限がありますあせるあせる


◆ 虎伏像(ふっこぞう)

和歌山城公園にある「伏虎像」は、

城が建つ「虎伏山(とらふすやま)」に由来する、

和歌山城のシンボル的なコンクリート像。

1959年に設置され、2022年の干支アワードで

グランプリを受賞した人気のフォトスポットです。

 虎伏像の後ろに、見事にそびえる

石垣に目が惹かれてしまいます

虎伏山頂上から麓にかけて見られる野面積みは、

青緑色の結晶片岩(紀州青石)が使われており、

苔と相まって幽玄な雰囲気を醸し出しています

 ▼虎伏像の前にデザインマンホール設置

 

そしてマンホールカードをいただきに

和歌山城公園内にある

「わかやま歴史館」へ伺います

 ◆ マンホールカード 

童謡「毬と殿様」に登場する和歌山城。

その城の姫君たちに愛され、城下の女性たちが

競うように作ったといわれる

「紀州てまり」を描いた優雅なデザイン

あ、違う!!

 虎伏像前のデザインマンホールとは

デザインが違ってましたあせるあせる

同じ紀州手まりのデザインなんだけどね〜

カードのデザインマンホールは違う場所でした


というわけで、↓の画像があったので

▼これは2022年に開催された

埼玉県所沢マンホールサミット

展示されていたマンホールカードと

同デザインのマンホール

 

◆ おまけ 

和歌山といえば ”紀州”

紀州といえば「南高梅」

▼ 天守の下に花が咲いてました

本家本元を見れて、なんか感動 おねがい

 ▼ 忍者さんにも遭遇しました爆笑

 こうして、ツアー 御一行様は

夕陽をバックに和歌山城を後にしました

 

宿泊は和歌山市内

 夕食はホテル隣のオシャレな居酒屋で

 ▼はい、定番の「海鮮丼」

地魚みたいです(美味しゅうございました)


和歌山の旅 続きます


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