考察材料と備忘録 -289ページ目

誰? 何?



2013年の段階で書かれていた
《事実でない捏造なんて当たり前》

《バーへ移籍させるために》


…奴隷契約〜退所希望だった(が離してもらえなかった)アムロちゃんも、このバーの黒い人が取りなす体で介入し(ビジネスパートナーに心酔、と、スケープゴート仕立てて)結局利権を奪い去った、と読みました。



2010年の段階で
《ある芸能人に対しマスコミで(中略、とある)報道が開始された場合Sが(中略、何かを)もくろんでいる、という意味を含む》

《そのような報道が頻繁にされ、以後、所属事務所が(中略)影響下におかれ(後略)》





セブンは系列

で、そのセブンが出した2017年の記事がこちら


↓↓↓




春馬さんと一緒の《数人の関係者たち》って誰だろう?

 チャリティの理解協力支援求めて?

 MCレギュラーがそのルート(伝)?

 勲章の祖父ルート?

等の書込を読んだことあるけど…


結局コロナで行けなかったが、監督と春馬さんにその頃皇室に共通の知り合いの方がいて「呼ばれたら行く?」と話してた、という話もあり。

そんな話を明かせるならお呼ばれは秘事悪事絡みでない?


何にしろ、週刊誌やスポーツ紙ネタは、文字文面通りの話でもないのよね? 

一般人向けでなく、業界関係者に何かを伝えるツールなのよね?



"プッツン"や"お騒がせ"というレッテル貼り="獲得もくろみ"、みたいな。
何らかの転換(言外の意味がある)とかでは…?

もっとも叩き記事ではない

春馬さんは叩かれる要素や素行がなかったからイレギュラーな書き方になったのでは?と思う


女優へのバッシングは辛辣で、男優はそれほどでないとしても、

組合言い出しっぺさんも、るぱんでは俳優生命脅かされると思うほど酷評されたり、女性ネタ連続で出されたり、姻族に事故◯者が出たりして、結局屈した


事実を伝えるための記事ではなく、誰かの何かの広報的な意味合いの記事、というのがあるのだから


記事内で他に名が挙がった

SSと言えば

 J所属

 パパが元官僚

 天下りでD2へ

 芸人Aと番組

 ハン日台本・発言、そのまんま


…とてもとても引っかかる。


有名ハーフモデルタレント、若手人気ロックバンドのメンバー、歌舞伎役者、Hるな愛… 


春馬さんがバータレとの絡み続きだったのも偶然ではないのだろう。





28日記事『拾い画』補記

CF2 &ホス◯クラ◯




1992年(春馬さん2歳)に大幅なメンバーチェンジ。
短期間所属のM内TかゆきwikiとCFのシングル一覧から、1995年(春馬さん5歳)までの活動は確実。
以降はグループとしてでなくボーカルだった人の活動メインに(CF2プロデュースからは撤退、借金確定)。
その前年春馬さん(4)は芸能事務所兼養成所に所属。
そこ直結の東京の事務所に(円満)移籍(14歳)。
移籍後初主演映画でサーフィン、その師匠はCF2のメンバー。
養成所恩師もサーフィン師匠も地元の包囲網?

《小さい春馬くんに多額の借金》
《10代の若者が多額の借金を抱えて生きること》
地元では借金が母親由来でないと把握されている。








徳間ジャパン…






こちら↓は、プロダクション兼養成所の創立者。
当記事未掲載の部分に、中国との繋がりもチラリと。
大手芸能事務所のラインナップも、その後を思うとかなり気になるとこばかり。
北海道でicgrmk(&CFボーカルM川Kの遠戚K勢T周=A社SのK田初監督映画主演)を、テレビ北海道でO泉Yを想起します。






《1999年より一般社会でホストブームと呼ばれる事象が発生》
これは東京の話。
地方では数年遅れになろう。
1999年=春馬さん9歳。
8歳のときには北海道家族旅行やシーズンには毎週末スキー。
芸能活動の送迎にも、ご自身の仕事にも忙しく、
ホストクラブなんて出入りしてる余裕はなかったのでは。

c5マネwから

前記事について、小分け&補足。





この「k林s子さんと業務提携」が気になった。
長年のスタッフと揉めて?切って?業界人ではなかった夫云々と騒がれたことがあった。その長年のスタッフは業界重鎮に相談し、重鎮はそちらについた、とする記事もある。



こちらで気になる(違和感覚える)のは、業界裏方の人について、亡くなったときの様子をずいぶん詳しく書くのだな、ということ。ご高齢だし、亡くなった、という事実だけで意味を成すだろうに。春馬さんたち一連の事件時同様、他意があって、それを伝えているのか?と思う。

あとNべぷろから《のれん分けの形で事務所から独立を》した、のですね。後年にも繰り返されている。
邪魔され叩かれるか否かは、のれん分け(バックや上納は維持)かどうか、でもある?




こちらの記事は更に様子を具体的に。
息のかかった媒体? 息のかかりかたが強い?















1973年、91&92年辺り…大いに気になる。
関係者で仕事や組織を増やし回し合ってる。
つくばの養成所兼芸能事務所も、そういう人間関係、そういう背景経緯、なのでは?



設立時は公共の施設を借りて週1程度のレッスン。
春馬さんが小5の頃にようやく自社スタジオ。
なのに、映画の企画制作に絡める"地方児童劇団"って不思議だと思ってた。
上画像内、Jニ所やSタダと並べる、って…(自社スタジオ持ったばかりでも)ぽっと出弱小事務所ではないってことでは?