考察材料と備忘録 -275ページ目

M葉会とg◯t◯と燃えるとこと…

nbぷろ創業者の先祖に地主や学者、以外にも、
g◯t◯の先祖に実業家。政財界の大物だった、と。
(余談&真偽不明ながら、血族でない親も、再婚前に実業家と紹介された説あり。歌手グループの売出しや、親のお店に関わっていたことをもっての"実業家"? 
脱線から戻ります)

wikiを見て、びっくり。

g◯t◯の経歴。M葉会→Y口組→G組設立。


血族でない親は、

M葉会→G組

義爺はどうなんだろう? 

義爺のほうがどっぷりなイメージを私は持っている。


燃える事務所Sは、I川会系8の政治家運転手→S栄プロダクション→Hりぷろ→B設立。

S栄と、当時関東興行界仕切っていたM葉会木津政◯が親密だったことから、M葉会の構成員だった という話もある。

燃える事務所バックは、S吉会→Y口組K竜会→Y口組T見組→S吉会→I川会→Y口組G藤組と変遷。


年齢的にはg◯t◯とS防と義爺が同じくらい?


Y口組は西の興行界の仕切りで、M葉会は東の仕切り。

Gはその掛け合わせ?



……、
スクショしてたものを以下に貼ります。
情報収集しながら別記事も並行して書いており、

いつもながら整理もまとめもできず

向こう数本の記事は内容が行きつ戻りつしますが、
そのまま載せます。
大体の流れと項目だけでも伝わればと思うので。
おつきあいいただけたら幸いです。










『母の日に』追記

















歯磨きの話で思い出した
(スクショ見つかれば貼りたい)
三浦家では、風邪ひいて完治後に、歯ブラシ交換することになってる、みたいなエピを語っていたかと。
手洗いうがいといい、歯磨きといい、
お母さま、きちんと&しっかり家族を守ってる、と感じます。

「ステージママではない」という話は、子役時代の共演者複数から出てますね。
送迎はしてたけど、口出しはしない(プロダクション兼養成所の方のお話)。
プロダクション=仕事時にはマネ付きだから自身は退く。
儲けたいならマネやステージママになるだろうけど、有名になることも別に望んでなかった。
本当に、習い事(自己表現)&お友達作り、で良かったんだと見えます。

《「男でもキュンキュンするわ!」笑》
だそうです。

五社協定を調べていたら、にんじんくらぶ…


普通に就職できない人が芸no界…
なんて声もありますが、
かつては
公家出身の俳優も
当時は珍しい大卒歌手も
芸能人として活動していました。

今でも

首相の孫とか、大手企業の裕福な子女とか、

いますよね。


久我美子さん…芸能界入りの際の親族との攻防や、にんじんくらぶのくだりを読んでほしい。


nbぷろ所属だったと知り驚きましたが、

nbぷろ創業者の先祖は地主や学者だそうです。
春馬さんとこみたいですね。

そんなnbぷろは、B力団から距離を取る経営を。
本来◯事協もその路線でした。

(もっとも、所属タレントに隠密を依頼したり、
刺客を送ったり、系列事務所はガッチリ繋がってたり、の話はあります。
それはまた別の機会に書くとして)

芸能界をクリーンに…

それをまたズブズブに戻したのが
燃える事務所のS(たち)、なのだそうです。

クリーンめざして…でも破綻


協定の縛りを解くべく、にんじんくらぶ
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E8%8A%B8%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%80%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AB%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%93%E3%81%8F%E3%82%89%E3%81%B6
驚くことに、このにんじんくらぶにも
藤木孝さんのお名前が。

『紙の爆弾』によると、春馬さん芦名さん藤木さん竹内さんは組合結成に関わっていた、ようですが。
もしかしてもしかしたら、組合限定でないのでは…
上記にんじんくらぶのような、
役者が芝居や作品製作に専念できる組織、(T岡S甫氏の言葉を借りると、汚いジジイたちが作った)芸no村ビジネスでなく、アメリカの俳優組合的な機能も標準装備のクリーンな芸能産業を目指していたのでは…?
深夜のインスタライブで「みんなのために」発言もしています。
もちろん、俳優やスタッフを犠牲に上層だけが潤うシステムを独占したい組織団体とは利益相反。






にんじんくらぶ(wikiより)
《設立目的は「俳優のための映画の企画をする[5](自由に映画を創る)」ため》
《前年締結された五社協定を意識し、俳優活動が制限されないよう、専属契約下での他社出演を実現させるための設立》
《一方、俳優のマネジメントも積極的に行い、1957年(昭和32年)の岸の結婚後には南原伸二桂木洋子杉浦直樹が加入[9]。その後、岡田眞澄倉田爽平藤木孝菅井きん瞳麗子宝みつ子渡辺美佐子小林千登勢冨士眞奈美三田佳子津川雅彦佐藤慶などが加入[10]、20数人の俳優を擁し俳優集団として活動した》