考察材料と備忘録 -266ページ目

デビュー後時々連絡はもらっていた

「……春馬との関係はよかったと思っています。“20年ぶりに再会した”と、報じられていますが、彼が芸能界デビューした後は、ときどき連絡はもらっていました。春馬の活躍ぶりはずっと楽しみでしたし、私の生きがいでもありました。実際に会うようになったのは2~3年前ですね。私が入院したときにお見舞いに来てくれて……。



《芸能界デビュー後はときどき連絡はもらっていた》

って… 


(実際は別作品が初仕事だけど公式には)

デビューは『あぐり』となっているから、

『あぐり』のころに離婚した、けど、

『あぐり』後は時々連絡取れてた…って…?


この頃連絡取れてたなら母親経由ですよね?


(もっとも私は土浦引越半年前までは一緒に暮らしていた(離婚してない)と見ていますが)


…円満&系列移籍後をデビューとするなら、

14歳のとき。

このころのほうが、実家にはフクザツな人がいたから連絡しづらかっただろうに、《デビュー後はときどき連絡》できたんだ…?

じゃあずっと連絡ができてたってことなんじゃないの?


高校入学(2005)のために実家を出て、寮生活したり、ひとり暮らし(2008)してからなら、自分で連絡できただろうし。


母と疎遠が5年前(=2015〜)でも、

実父と(あぐり・移籍後・入寮後・ひとり暮らし開始後、どれかはあえて限定しないけど)連絡取れてたのだから、完全な「親族と疎遠」でもなく「孤独」も嘘だよね。


春馬さんが多忙で行けないときは

ご親族が村木さんのお墓参りに出向くくらいだし

(村木さんが亡くなったのは2012年の1〜3月頃)。

そういう連絡も、そういう存在だということも、

共有できてるわけで。

子の人間関係は知らない、とか

子の恩人の墓参りは子が行くだけ、とかが

一般的だろうに。

むしろ、実際には会えなくても、

繋がれてたんじゃないの?


ジに結びつけるためにマスコミが

疎遠だ孤独だ毒だと書き立てたことは、

やっぱりやっぱり違うのね。良かった。










礼儀正しく恥ずかしがり屋で親切でずーっと微笑んでとてもフレンドリー


Q.三浦春馬さんの印象はいかがですか?


A.三浦さんは非常に礼儀正しく、恥ずかしがり屋で親切な人です。待ち時間でもずーっと微笑んでいました。とてもフレンドリーでした。



佐藤東弥監督ブログの《美しく、優しく、誇り高く、前向き》みたいに、ポジティブな言葉の連発に、

春馬さんの在りし日が立体的に浮かび上がり、思わず知らず笑い泣き、泣き笑う。


そういえば、監督は

《2019年4月末日で日本テレビ社員としての定年を迎えている。2024年4月限りで定年延長期間も終了し、日本テレビを退社した》(wikiより)。


あの局にも個人的に思うところあり…

それはさておき、また業界の良心が、光が…と思って、やはり泣く。


《ツラい時こそ、

口角を上げて笑顔を忘れず、

免疫を上げていこーう》


は覚えているのに




"いいよなそれで"(『陽はまた昇る』)

『陽はまた昇る』見ています。

やんちゃ&チャラ(やんちゃら?)宮田、短髪春馬。

い(軽かった)のに熱くて、口も行動も走りがち。

仲間思いで、正義感や情に突き動かされて段々(警察官としても人間としても)本物に成長する様。

若春馬。まぶしい。光過ぎて。


警察官を目指した人、今上の方にいる人たちにもこんな志や訓練時代や葛藤があったんですよね?

初心忘れて何の権力か。泣けてくる。闇過ぎて。


さて、こちら


「初めて会った現場ではよく呑みにいったな。2年前、前田組で久しぶりに会った時は少しだけ大人になったと思ったのに……こんな親父より先に逝きやがって、悔しいよ本当に。でも今の状況を、皆が悲しんでいる姿を見て一番悔やんでいるのは春馬お前自身の筈だ、そうだろ。だから俺たちはお前を反面教師にして絶対に自死を選んではいけないと叫んでいく、いいよなそれで」


個人的には、この事件時の芸能人の追悼文は、

(芸能界が2層構造で、出せる表が戦略&フィクション、出せない裏が真実=THE芸noビジネス、であるように)表メッセージと裏メッセージがあると思って読んだ。


春馬さん本人へのメッセージと、

事件背後に蠢く闇への服従表明と。


本当にジかどうか、違うことは業界等では分かっているはず。

だから、ジと書いていても、本当にジと思っているわけではなく。

偽装ジにさせられる事態、と読み替えてみると、

本音と建前が共存している書き方になっている気がする。


「悔しいよ」は、『太陽の子』監督も涙ながらに発してましたね。これが逆らえない側の人たちの本音では…


「お前を反面教師にして絶対に自◯を選んではいけないと叫んでいく」は逆らう先=闇側を意識した言葉…


「いいよなそれで」に「本当は違うけど」を感じる。

怒りや悲しみが透けて見える(私がひねくれてるから、と思われても構わない)。


上記メッセージ発信者は、ばー傘下事務所所属。

そちらからの指示や直しは入るんだろうな、と。

業界あるあるで、書いたのは本人でなくスタッフや事務所(ゴーストライター)だったりしないか?


メッセージを出した/出してないから春馬さんを思っている/いない、ということでもない、と感じている。


心の底で、腹の底では、春馬さんを思いながらも、表面的には何もできない業界背景を思う。


もうすぐ七夕。何をどう願おうか。


無謀でも青臭くても夢で終わるとしても

やはり春馬さんが願ったあれやこれやに尽きるのではないか? 

志や初心や夢や理想が、生きた証であり、支えなのだから。


同じ夢をみて、良いですか?