「あっ、忘れないように出さなきゃ。」 

「8時半には車が来てしまう。」

「よし、余裕だ。」

と思いながら台所の横から生ゴミの入った2つの袋を両手で持って通りに出ました。

ん? 誰かがペットボトルを出している。

「困るなぁ、決められた曜日があるのになぁ・・。」

でも、他にゴミが出ていないぞ。 

もう、行っちゃったのかなぁ、変だなぁ・・。

おかしいな。

まるで自分が間違が、「うおーっ!」

 「今日はゴミの日ではない! 昨日だ。」

 

 思い出しました。

昨日、家に帰ってきたのは完全に昼を過ぎた時間になっていました。

ゴミ出しの日は昨日だ。              このイカレポンチが! 

曜日の感覚が1日ずれていました。         このうつけが! 

 

<道路のはじっこでゴミを持って、無念を叫ぶ!>

あまりいいタイトルではないですね。(笑)

やはり、叫ぶのは愛でなければなりませんね。  このボケナスが! 

生ゴミを手にして愛を叫ぶ人もいないでしょうね・・。  まぁ、いいか。

 

 今回の仕事はなかなかハードでした。

始まってから2日目にはもう徹夜作業でした。

ここである程度作業を進めておかなければ決められた期間内に仕事のすべてを終えられま

せん。

仕事って大変ですね。    あたりまえじゃ! 

 

 で、徹夜明けで一度 家に帰ることにしました。

眠いし、日差しも眼に刺激が強いのですが、駅には向かわずそのまま歩き出しました。

いつも、歩く道をトコトコ進みます。

歩道橋を渡り、長い坂道をゆっくりと登ります。 

 

 < 今回の記事の本題はここからになります。 >

 

 35分ほど歩くと、私のお気に入りの場所が見えてきました。

 

 のんびりとした、雰囲気のある場所だと思いませんか?

 

 このせせらぎの岸には2本のさくらの樹があります。

今、まさにさくらの花は満開に近づいています。

「おぁ、咲いていたな。」

「やはり、桜だな。」

今年も桜の花を見ることが出来ました。

よかった。

せっかくのこの時期に桜の花を見られないのはさびしいですからね。

 住宅街の中に忽然と現れた この場所は、私にとっていやしの場所です。

規模としては小川というのでしょうか。

水は土の土手に護られてゆっくりと流れています。

水の量はそれほどでもありません。

 岸には色とりどりの小さな花が咲いています。

近所の方が植えたものでしょうか。

 あっ、流れの中で何か動いています。

カメです。

 甲羅の色が茶色っぽいのでイシガメではないかと思います。

こんな場所で生きているのですね。

 以前、この流れの中でメダカやアメリカザリガニの子供も見かけたことがあります。

決して広い場所ではありませんが、自然の中で生きている生物を見ることが出来ると

うれしくなります。

カメ、しっかりと生きろ! 

(私も生きる・・眠いけど)

 

 いい場所ですよね。

 

 この場所は翌日の帰りも通りました。

 夜のせせらぎと、夜桜を見ることが出来ました。

 

 

 実はこの流れは300年ほど前に人の手によって作られた人工の水路です。

玉川上水です。

 ご存知の方も多いと思います。

1653年に多摩の羽村から四谷までの43キロを露天掘りしました。

多摩川の水を江戸の市中に運びこんだことで飲料水を確保出来るようになり、江戸の水不

足は解消されました。

1772年以降は新田開発によって多くの分水がされ用水路が開削されて武蔵野の農地へも

水を供給して農業生産に大きく貢献したのだそうです。(wikiより)

 

 

 現在では43キロの水路は、地上での水の流れ地下に閉ざされている状態の暗渠

(あんきょ)に分けられます。

                                (参考画像 2016年4月4日)

                               (参考画像 2016年4月4日)

                               (参考画像 2016年4月4日)

 水路の多くは暗渠化されていますが、この場所(笹塚)から代田橋の区間は部分的に3箇所

で水の流れを見ることが出来ます。

(付近の地層から湧出した地下水が多く入っているようです)

 

 364年も前に作られた水路が現代に息づいています。

この水路はどれほど多くの人に恩恵を与えたことでしょうか。

飲料水として、農作用として大切に扱われてきた水です。

 

 人が生きるために、水は不可欠です。

人だけではなく、動植物、命あるものにとって水はかけがえのないものです。

この水が存在したからこそ、江戸の文化は華開いたと言っても過言ではないはずです。

 

 ずっと、いつまでも残ってほしい せせらぎです。 

 

 寝る。  

 

 おやすみー。

 

          最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 2017年3月26日 私は実家での修行を終え、東京へ向かいました。

普通であれば、5~6時間くらいで東京に着くはずなのですが実際に家に帰ったのは

3月28日でした。

丸3日も何をやっていたのか!と突っ込みが入りそうですが、ちょっと寄りたい所があり

家に戻るまでに時間がかかりました。

 

 で、寄りたいところというのは「福島」です。

前回の修行の帰りも福島で途中下車しました。

またまた、「よってがんせ」してしまいました!

 

                                ↑  (東北新幹線 やまびこ)

                                 ↑ (山形新幹線 つばさ)

 私が新庄から乗ってきた山形新幹線「つばさ」は福島駅で東北新幹線「やまびこ」と連結

をして東京へ向かいます。

新幹線の鼻先に連結部が隠れてあるのですね。

 

福島はいいところです。

温泉もあるし、食べ物もおいしいし、人も穏やかです。

 

 福島駅の構内にあるパン屋さんでカメを見つけました。

 

かわいいカメを2匹買いました。 

「あとで食べよう」と思ったのですが、実際に食べようとすると可愛い顔がじゃまをして

すごく食べにくかったです。 

 

  食べるのであれば顔のついていない普通のパンの方がいいです。

 

 はじめに向かったのは穴原温泉です。

飯坂温泉よりもちょっと奥に入った場所に穴原温泉があります。

宿は「いづみや」さんです。

 

豪華な料理もたくさん用意されてあるのですが、素泊まりであれば3000円で宿泊できます。

サービスで夜はハヤシライス、夜食にうどん、朝はおかゆが用意されています。

 

素泊まり客を配慮してちょっとした食事が用意されています。

みごとなサービスだと思います。  

部屋の窓を開けると摺上川(すりかみがわ)が眼下に見えます。

わずかに硫黄のにおいがしますが、温泉はアルカリ性単純温泉です。

 

 お湯の色は少し黒味がかっています。 

 植物性の有機物(フミン酸)とナトリウムが多く含まれているのだと思います。

 肌がすべすべになりました。

 

 3月26日の夕方から福島は雪が降り出しました。

露天風呂から雪景色をみながらのんびりと湯に浸かります。

 

 あたたまりますねー。 うーん、極楽です。

 

 翌日、雪はまだ降り続いていました。

これから、山間部に向かうのでちょっと天候が心配です。

 

 

目指すのは、相馬郡飯舘村にある宿泊体験施設「きこり」です。

http://iitate-kikori.jp/  ← こちらになります。 

この施設には2009年に一度来ています。

宿泊はしていませんが、私が岩盤浴を初めて体験したのはこの施設でした。

個人的に思い入れのある施設です。

 広い敷地内には散歩コースもあり、深い自然の中に囲まれて、のんびりすることが出来ま

す。

レストランでは飯舘牛のステーキなども食べられます。(私は未経験)

 

温泉の横にある休憩室の食堂で食べた天ぷらうどんがとてもおいしかったです。

当時、こんないいところがあったんだなぁと思いました。

 

 しかし、2011年3月11日に起きた東日本大震災で大きく状況が変わってしまいました。

福島第一原発事故の影響でこの施設がある飯舘村に全村避難の指示が出ました。

あまりにもひどい事です。

そこに家があっても帰れない、外部からその場所に行きたくても行けないのです。

 この施設は5年間、休業を余儀なくされました。

とても長い5年間でした。

じっと、時間が経つのを待ちながら事故の影響が薄まるのを待つしかありません。

しかし、昨年から状況が変わり、この施設は稼動を始めたのです。

 

 以前からまた行きたいとずっと思っていた場所でした。

見た目は前と変わりません。

設備も新しく変えたそうです。

「きこり」はみごとに再開を果たすことが出来ました!

 受付のカウンターで料金を払おうとすると、「無料です!」と言われました。

再開してから、この1年間は飯舘村の村民に対しての稼動だったと初めて知りました。 

この土地の村民であれば無料で温泉に入れます。

避難している場所からのバスも運行されています。

私は村民ではありませんが、以前来たことのある人ということで特別な待遇を受けました。

入湯料300円 岩盤浴700円分が無料でした。

(無料は2017年3月31日までです。4月1日からは通常料金になります。)

 

 久しぶりの岩盤浴でした。

室内の照明が落ちて、天井には宇宙が映し出されます。

 

 

 

 宇宙空間に太陽系の惑星が確認できます。

変わっていません。 音楽もアナウンスも以前のままです。

 

眼を閉じて音楽を聴いていると、じんわりと身体が温まってきます。

「あぁ、ここに、また来ることが出来た」

なんか感無量というか幸せな気持ちになりました。

 

 5年間の休業はこの施設に関わる人たちの人生を狂わせたはずです。

予想外の選択を強いられました。

やっと、避難解除になり元の生活が徐々に取り戻せるようになりました。

この施設は村のいこいの場としての役割も果たしています。

この温泉施設を中心に村人たちが健康に毎日を過ごして行こうという願いも含まれている

のです。

 その施設の中で私は温泉の恩恵を受けています。

温泉で身体が温まりましたが、それ以上にこの施設の取り組みと運営をされている方々の

熱い思いを感じました。

私のお気に入りの休憩所の食堂はまだ再開はしていません。

ある程度のお客さんが見込めるようになったら営業を始めるそうです。

もう少しです。

少しずつですが、確実に完全復帰に向かっています。

 

 おや?ホールの片隅にこんなものが・・。

これは昭和の名機ですよね、きっと。

  以前はなかったような気がするのですが・・。 

 スイッチを入れてみましょう! うわーっ、ブルブルするーっ!

 

 もし、福島に立ち寄る機会があったら行かれてみてはいかがでしょうか。

自然の中で、のーんびりと出来る いいところですよ。

 

 

 福島市内に戻り、あちらこちらの店舗におじゃましてから東京に無事に戻りました。

 

 

 

      激安の1280円ランチです!おいしいし、店の雰囲気がとてもよかったです。

      

  とても有意義な寄り道でした。

 

                   最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 みなさん、「おばんです!」
意味 通じていますか?
私が今いる地域で「こんばんは」という意味です。
「こんばんは」 今日もこちらでは雪が降りました。
しかも、吹雪いていました。
もう、雪は降らないだろうと勝手に思っていたのですが まだまだ降るのですね。
厳しい豪雪地帯の雪国であることを忘れてはいけませんね。
 
 ひとつの仕事が無事に終えることが出来て、今は実家にきています。
雪が降るくらいですので、まだまだ寒いです。
マキストーブもまだ活躍しています。
となると、マキ割りの修行もオプションでついてきます。(笑)

 マキを割るのもだいぶ上手になりましたよ。

 何事も修行ですな。

 そして、お決まりのスーパー銭湯へ。

 

コーヒー牛乳も欠かせません!

 
 下の画像はマキの原料となる資材置き場の写真です。
およそ2か月前のものです。

                                  ↑(参考画像 2017年1月4日)

  これが今日の状態です。
だいぶ減りました。
これだけの木材を人力で熱エネルギーに変換したわけですね。
たいしたものだと思います。
近代的な生活も魅力がありますが、原始的な生活も面白いです。
この木材の減り加減を考えると、この倉庫だけでもあと2回から3回の冬を越せば
なくなりそうです。
同じような倉庫がいくつかあるので、ざっと計算するとあと15回くらいの越冬で
なくなるかもしれません。
 まだまだ、先が長いなぁ。
ずっと、冬はマキストーブか・・。
床暖房の生活にあこがれますが・・ 無理ですね。
まぁ、いいか。
 

 東京では桜が咲いたとか、国会では「100万円受け取った」とかにぎやかですが
この場所では普通に吹雪です。

 もう、暦の上では「春」なんですよね?

 みごとな吹雪の春です。

  つくづく、地域差って大きいと思います。
  特に気候に関して言えばまるっきり、別世界です。
この差は何によって引き起こされているのでしょう?
決定的な事は緯度の違いです。
東京と比べてみましょう。
今いる、この場所の緯度は39度17分です。
東京では35度66分のあたりに私の家があります。
およそ、3度51分の差があります。
距離にすると直線距離でおよそ450キロくらいです。
 この差がさくら吹雪の違いを生み出していました。
 
 だから、なんなのでしょう? ん?
ですよね。 
 
 どちらがいいとか、悪いとかということを言いたいのではありません。
この差が独自の地域文化を生むという結論だけを書いておきます。
ずいぶん、短くまとめたな! 手抜きじゃないのか!  スルー! 
 
 実家に来るときに私は山形新幹線を使います。
秋田新幹線の「こまち」という手もあるのですが、なんとなく「山形新幹線」の
方が好きなのです。
 カラーリングも「こまち」と比べると地味です。

                     (参考画像 2016年12月27日 山形新幹線 つばさ)
 じみーに冬場は豪雪の中を走っています。
がんばっているなぁという感じもするのですが、意外に降雪量が多い日はすぐに遅延や運休になります。 安全確保のためですから文句は言いません。 
それでいいと思っています。
 
 なんか無理をしないで、わが道を歩んでいる感じが好きなのかもしれません。
「はぁ、運休ですか」   「じゃ、違う手を考えるか」  
世の中に存在する答えは1つだけではないと思います。 
そんなに先を急ぐ必要もないはずです。
いろんな事態が起こることを考えて早めに家を出ればいいだけです。
山形新幹線からは学ぶことが多いです。
 
 で、終点「新庄」から在来線に乗り換えるのですがそこでとんでもないことに
気がつきました。
今まで、この駅を何回利用したか数え切れないのですが、今回 ハタと気がついた
ことがあったのです。
それはこれです! 

 たんなる駅名のプレートですが、よく見てください!
「しんじよう」と書かれているではありませんか!
新庄 しんじょう しんじよう 信じよう  なのです!

 「信じよう」 いい言葉ですよね。
私はとりあえず、「自分を信じよう」という文章が頭に浮かびました。
この言葉の前後に、あなたはどんな文字をつけるでしょうか?
それで、出来た文章がそれぞれの自分のライフスタイルを示唆する文章になるような
気がします。 
              最後まで読んでいただき ありがとうございました。 
  
 

 仕事が終わり、元気がある時は家まで歩いて帰ります。

時間にすると1時間15分くらいなので、軽めの運動代わりにはちょうどいいかなと思って

います。

仕事はずっと座りっぱなしでパソコンに向かっているので、身体をほとんど動かしません。

電車で帰るのは楽ですが、散歩するように外を歩くのは気分転換にもなるし、自分の足を

鍛えるためにもなるので続けています。

 

 歩いて帰るときにいつも通過する高架下があります。

だいぶ前のことになりますが、いつもその場所で見かける二人がいました。

カップルです。

深夜でも日中でも早朝でも二人はいつも一緒にいました。

「今日も一緒だね」「いいね」 

 

 初めて見かけたときは、正直 驚きました。

 これは、単なる落書きの域を超えています。

彼氏と彼女のお互いに思う気持ちの深さを感じます。

 横顔が涼しげでハンサムな彼氏です。

彼女も可愛い感じですね。

髪型はポニーテイルです。 

彼氏の首にまわした右腕のラインとかしげた彼女のあごにリアリティさがあります。

 彼女はハイヒールを履いている人かもしれません。

お尻のラインがとても魅力的です。

つま先立ちをしているのかもしれません。

見えていない部分まで想像出来るのは見えている世界がみごとに描かれているからです。

 これは、落書きではありますが、もはや立派な作品です。

歩いている人の脚を止めるだけの、力がある作品です。

 

 この二人の姿を見るたびに「よかった」という気持ちがわくようになりました。

「今日もまだいた」今日はいても、明日はどうなるかわかりません。

この二人がいつまでもこの場所に居られるわけはありません。

いつまでも、この場所に二人がいてくれたら この場所は間違いなく名所になるはずです。

この絵を写真に撮っている人を見かけたことがあります。

この絵には人を惹きつける何かがあります。

この絵を見た人は何を思うのでしょう。

「こんな風に愛したい」とか「愛されたい」とか「こんなカップルでいたい」とか

思うのかもしれません。

 私には、この二人が私に気づき、そそくさと歩きだすのではないかとさえ思えました。

駅から自宅へ向かう途中なのか、駅へ向かう途中なのかわかりませんが、歩いている二人の後ろ姿も私には想像出来ていました。

 おそらく、この絵は深夜に短時間で描かれたものだと思います。

下書きもなしで、いきなりコンクリートの壁に描き始めたと思われます。

ちょっと残念なのは彼氏の左腕の描写です。

腕の付け根の位置と長さ、右腕の指先の描写が不自然です。

でも、そんな不自然さが気にならないほどの完成度だと思います。

 

 しかし、どんな立派な作品であっても これは「落書き」です。

「落書き」であることが本当に残念です。

落書きは社会に迷惑を与えるものでしかありません。

場合によっては落書き禁止条例違反や器物破壊罪、建造物破壊罪に問われます。

 

 望まれない場所に描いたら、それは消されてしまう運命にあります。

もったいないと思います。

長い時間、多くの人に楽しんでもらえるだけの芸術の域に達した絵が失われてしまうので

す。

 

 私がこの二人と出会ってから1か月もしないうちのことです。

こつぜんと二人の姿が消えていました。

「いつも、この場所にあの二人はいたなぁ」と思いながらこの高架下を通ります。

二人のいない高架下は何の気持ちも動かない普通の味気ない高架下になってしまいました。

 二人はこの街を離れました。

きっと、どこかの街でこの二人は今でも一緒にいるのではないかと思っています。

 

 次にこの二人を見かけた時は小さな子供を連れた家族になっていたらいいですね。

 

                      最後まで読んでいただき ありがとうございました。 

 

 コロコロ コロコロ カッコーン! うーん、いい音だ。

パチ、パチ、パチ! 気分もサイコ―!! 

ハハハ。 何をしているかわかりますよね。

ボウリングです。

スイカみたいな丸い球をコロコロ転がして日本酒を飲むときのとっくりみたいなものを倒

すゲームです。(真面目にボールとピンと言いなさい!!)

 

 昨日は友人と久しぶりにボウリングを楽しむことが出来ました。

せっかくなので、真剣な試合形式を提案しました。

3ゲーム投げて、その中でいちばん得点の高いゲームで勝敗を決めます。

ヘラヘラして投げてはいけません。

周りの視線を気にしてもいけません。

相手のじゃまをしてもいけません。

レーンを歩いて行って自力でピンを倒してもいけません。

(レーンにはオイルが塗られてあるので靴底についたらそこらじゅうがツルツルしてしまいます。 とても危険なことなので絶対してはいけません)

常にピンを全部倒すことを意識してボールを投げます。

友人「勝った方にコーヒーおごるとか?」 私「いやー、申し訳ないなぁ」と言うと

友人「馬鹿か、いいよ」いいよというのは「お断りだ」のいいよの方です。

意外にそっけないのねっ!  「じゃっ、普通に投げよう」

 私の新しいボウリングシューズ、使うのは2度目です。

前回は182点(完全にまぐれなのでしょうけど)をたたき出したシューズです。

今回はひそかに200点越えを狙っています。(もはや身の程を知りません!)

成せば成る! プロは230点くらいの点数を軽々と出します。

プロといっても、私よりも年上のじいさんじゃないか(お前もいずれそうなる!)

プロといっても、若くてきれいな女性だというだけじゃないか!

                   (それに越したことがないと思う!)

同じ人間が出来ることなのだ! 私に出来ないわけがない!

(完全に自分を見失っています)

 私は血走った目でレーンの手前にある目印のターゲットスパットを凝視(ぎょうし)し

ます。

レーンの前方にある小さい三角のマークです。

真ん中から右、2番目だ。

ただ、あそこを狙えばいいだけだ。

ピンは見るな! ただスパットだけを見て投げればいいんだ。

大丈夫だ! ボールは必ずストライクポケットに向かう! 大丈夫だ! 行け!

 うぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!(心の中の声です)

 

 私の投げたボールは狙ったスパットの上をみごとに通過してピンへ向かいます。

スピードも出ています。  スピードがあれば、ピンがピンを倒してくれます。

友人いわく「ボールで倒せるピンの数は4本なんだ あとはピンが他のピンを倒してくれ

る」 この友人はプロから教わったことがある人です。

このように教わったそうです。 (ふーん、そうなんだ。)

 

で、私の投げたボールは・・。

おやっ? レーンの中盤から、なぜかボールは左へ逸れていきます。

ずれていく! あれだけまっすぐ進め!と心の中でボールに言い聞かせたのに

何をやっているんだ!あいつは! 勝手なことを・・。

あれっ? あれっ? ガッコーン  オワタ・・。

 

すべてが終わりました。 

10本のピンがカッコーンとか言って全部倒れるはずだったのですが、ボールは溝みたい

なところを転がっています。 ひょひょひょひょ。 ガターというものです。

 今年になって3回目のボウリングですが、ガターは2回目です。

 ほら、本当にガターでしょ? しかもこの日の第一投目ですよ!

 

(別にみなさんに笑ってもらいたくてウケ狙いでだしているわけではありませんよ!)

ガター。 G=1投目でボールが溝(ガター)に落ちた時 得点はゼロ。

1本のピンも倒せない時の記号。 悔しい。 

もはやぬぐい去ることが出来ない烙印を押された感じです。

スコアに打ち出されたGの文字はここまで冷酷で屈辱的なものだったのですね。

 

 マイシューズを履いている人間が<出すべきものではないものランキング1位>の

ガターを出してしまいました。 (そんなランキングはない!)

これで、もうスコア300はありえません。

きっと200も無理でしょう。

がっくりして席に戻ると友人が「力を入れ過ぎ!」と言い放ちました。

「ハイ」 

実は前の晩ユーチューブでプロの投球フォームを見て研究していました。

もちろん女性のプロです。(へへっ)

それにしても きれいなフォームだ。 1つ気が付いたことがありました。

ボールを投げる手前で振り子のように後ろに持ち上がったボールの高さが異常に高いので

す。 バックスイングと言います。

自分の頭よりも15センチ近くまで高く上がっています。

肩の関節はどうなっているんだ! ないのか?(ないわけはないだろ)

これか! この高さがボールにスピードを与えているんだ!

「明日やってみよう!」   結果がガターでした。  ハハ。 

 

 私の場合、ボールのコントロールが出来ていません。

ボールがまっすぐに進むこともありますが、たいていは左にそれていきます。

私はボウリング場のハウスボール(備え付けのボール)を使うので曲げることは考えずに

ひたすらストレートを意識して投げています。

ボールを持つ時に支える人差し指と小指の間隔でコントロール出来ないかとかいろいろ試

しているのですが、定まりません。 練習が足りませんな。

 

 思い通りにボールは転がりません。

スペアもとれません。

200なんて数字には近づけません。

100を越えるのがやっとです。

夢の200越え! これには相当 大きなカベがあるなぁと現実を嚙み締めていました。

 

 隣のレーンではひとりの男性がガンガン投げていました。

 投げる腕には青いリストサポート(手首がボールの重さに負けないで曲がらないよう固定

する補助器具)をつけています。 

一般の人はこのようなものはつけません。

もちろん使っているボールもマイボールでした。

マイボールはボールの中にウエイトブロックが入っているために曲がりやすい構造になっ

ています。

ストライクを連発させています。 すごいな。 

相当投げ込んでいる方ですね。

立派な中年男性ですが、髪が茶色です。 遊び人か? 

その方がストライクを出した時に私が拍手をしたら、うれしそうに照れていました。

ボールに付いた油をふき取っている時に声をかけてみました。

「きれいにボールが曲がりますね」「いやーっ、たいした事ないよ」自分のテーピングをし

た指を差し出して「指の入る深さをこのくらいに調節してあるんだよ」と説明してくれま

した。

要は浅く調整してあるという事のようでした。

へぇー、そんな調節もするものなんだ。

マイポールのことはあまり知識がありません。

 

 その方が帰り際、私たちに挨拶してくれました。

そして、私にアドバイスをしてくれたのです。

「投げる時の手の平は真っ直ぐではなくて握手の形になるようにするといいよ」

「握手ですか?」「うん、こういう感じで」「はぁ、」「10レーンで投げてるのはプロだけ

どわかりやすいよ」見てみると確かに投げ終わった直後の手の形は握手の時の形になって

いました。

私の場合、ボールをリリースした時の手の平はピンの方を向いています。

そうだったのか・・。 

家に帰ってからボウリング入門の本を見てみるとちゃんと書かれてありました。

                                 (もっとしっかり読みなさい!)

 教本ではストレートのボールを投げる時も、フックさせる時もボールをリリースした直

後は手の形が握手のようになっています。

ピンに対してどの方向に親指を向けてボールを投げるかによってボールが曲がったり、ス

トレートになるかが決まってくるようです。

私に教えてくれた投げ方はボールのリリースの基本でした。

これを習得出来れば、「ストレートボール」も「フックボール」も投げられるようになるは

ずです。

ちなみに「フックボール」を投げられればストライクを出せる確率はぐんと上がります。

縦回転のボールで直線的にピンに当たるより、横回転のボールでピンの1番と3番に斜めに深く食い込んでいった方がピンが将棋倒しの状態を作り出しやすいのです。

ふふふ、そうだったのか。 

ちなみにプロはほとんどがフックボールを投げています。

でも、ハウスボールでも曲がるのでしょうかね?

今まで試したことはなかったです。

今度やってみます。

 

その男性は私が投げるのを1回見届けてから「はじめは慣れないと思うけど練習してみ」

と言い残し帰ってしまいました。

もうちょっと見ていてほしかったです。

「もっと、居てくれ」とも言えないので頭を下げてお別れをしました。

 

 今日の結果は3ゲーム投げてアベレージが118でした。

最高スコアは127 情けないです。

友人「なにが200だ! アホか!」 私「ですよねぇー」 

友人は厳しい言葉を言い残しサッサと帰っていきました。

 

 なんてこったい。  

投げれば投げる程、自分の成績が悪くなるような気がします。

けれども、投げなければ上達する可能性も消えます。

 

 家にレーンがあればなぁ・・。  (それが結論か!)

 

 頻繁には行けませんが、練習は続けます。 

いつか200越えのスコアをみなさんにお披露目したいです。

気長に待っていてくださいね。   (無理かも・・しれませんけど)

 

 最後まで読んでいただき ありがとうございました。

 

  2017年3月12日 私は5時半に目が覚めました。

昨夜は24時ちょっと前に家についてから食べられなかった晩ごはん代わりのチョコパンを

食べながらパソコンに向かいブログ仲間のところへ遊びに行っていました。

やはり、夜遊びはいけませんね。

どうやら、そのまま眠っていたようでした。

朝、目が覚めたら眠っていた横にノートパソコンが転がっていました。

ひょえーっ、壊れていないかな? 

このパターンは結構多いです。

以前、同じようなことをしてパソコンの冷却ファンの部分に右足の太ももが接触していた

らしく朝起きたらやけどをしていました。

やけどの跡はまだ消えません。 ずっと残るのかなぁ。

そうだ、そんなことは、どうでもよかったです。

 

 今朝は早くからハイテンションになっていました!

なんと、なんと! 私の大好きなBoAさんのライブが開催されることを知ったのです!

 

たまーに、BoAさんのホームページに行きます。

 

 

ライブの開催予定などが出ますからね。

前回のライブは2015年12月11日でした。

昨年はまったく音沙汰なし。

もう、日本には来ないのかなぁと思っていたのですが・・。

5月に東京と大阪でライブがある!と告知されているでは

「あ~りませんかー!」(古い)

東京公演は5月11日(木)、12日(金) 

大阪公演は5月16日(火)、17日(水)  です。

 

 3月3日からファンクラブの会員向けにチケットが発売されたばかりのタイミングです。

一般向けには3月10日からの発売と書かれていました。

なんてタイミングがいいんだ! 

だって今日は12日だぞ!

これはいい席が買えるぞ!

 値段は・・サービスエリアが8900円 カジュアルエリアは7400円となっています。

サービス? カジュアル?ってなんだろう?

でも、なんか安いな。

会場はまた国際フォーラムかな?・・はっ?  ビルボードライブ なんだろうここは?

ビルボードライブ東京と書かれた会場を調べてみるとライブ会場ではありますが、なんかこじんまりとしています。

豪華そうではありますが、広い空間ではありません。

ステージと客席がやたら近いです。

客席にテーブルがある・・。

飲み物を飲みながら歌を聴くのか?

そんな感じのライブなんだ・・。

 

 まてよ、客席には何人入るんだろう?

チケット買えるのかな?

今度はチケット購入のためにネットで検索すると・・。

 

うぉーっ、販売終了じゃ!!!! 

 

 ハイテンションだった私は一気に身体の動きがにぶくなり、まるで動物のナマケモノが

地上に降りて動いているような感じだったと思います。 モソモソ。

この間、およそ10分間ほどだったと思います。

一時は喜びがマックスだったのですが、瞬時にヘナヘナになりました。

世の中のすべてのものに無関心状態です。

放心状態とも言えますね。

 

 どうすればいいんだ!

この窮地に陥った状態から脱却するためには・・何かいい手はないものか!

考えろ! あわてるな!  感じろ! 

(カンフーのブルース・リーさんは「考えずに感じろ!」と仰っていますね)

きっといい手がみつかる!

そうだ、あそこへ行こう!

あそことはネットでライブのチケットなどが手に入るサイトです。 

 

むふふ、間に合った。 ある、ある! 

 東京会場も大阪会場も、チケットが出ています。

いくらかな? 

ゲッ! 3万円!? こっちは4万円!?

正規のチケットは1万円を切っているのに何で? 

 数日寝かせると、そんなに値段が高くなっちゃうんですか?

営利目的の転売は禁止されているんですよ!

 売主の説明コメントに目を通すと、「当日急遽都合が悪くなり、どなたかにお譲りしたい」

と書かれていました。

「ほほーう、それは仕方ないですな。」

自分が信用のおける人間であることを証明するがために今までの販売実績が出ていました。

何回か同じようにチケットを転売しているようです。

「ほほーう、そんなに何度も都合が悪くなるものなのですね。」

まぁ、本人が言っていることなので、真偽はわかりませんが(興味もありません)

それにしても、数日でチケットの値段が3倍とか4倍とかになるってどうなんでしょうね。

もちろん、その値段で買う人がいる限り その時点で市場価格は決まりますからしょうがないですが。 (もはや、私はチケットが買えないという事からきている逆ギレ状態です)

 ずっと、BoAさんのライブを楽しみに毎日、毎日 自分で作ったBoAさんのベストアル

バムを聴きながら日々を送ってきたのに・・。

こんな結果が待っていたとはなぁ。 無念! 

 

 お金があればチケットを買ったかもしれません。

ひとりでは行きたくないので友達の分も買うとして2枚。

6万円から8万円ですか・・。  やめよう。 

無理です。

あーぁ、なんてこった。 パンナコッタ!

(吉本新喜劇を知っている人向けです)

 

 うーむ、もっと真面目にBoAさんのファンでいなければならなかったのかなぁ。

お金を出して、ファンクラブに入って会員向けのチケット発売の日に買うとかしなければ

ダメだったということなのでしょうね。

結局、世の中はお金なのかよ! 

(事柄によってはそうではない場合もあります、一概には言えません )

 

 もうええわい! DVDが発売されたら買うからもういいです! 

 

 そんなわけで、ひとりで喜び、数分後 ひとしきり激しく落胆してから

私は仕事へ向かったのでした。 

 でも、どんな感じのライブなんでしょうね。

空間が妙に落ち着いているので、客席からBoA(ビー オー エー)とかびっくりするほど大きな歓声は出ないでしょうね。

ペンライトは光るのかな?

国際フォーラムの時、2階席から見えた会場は美しかったです。

ペンライトの光が波のようにうねりをつくり、輝く海のようでした。

今回はないでしょうね。

 歌う曲も会場の雰囲気を考えるとスローな曲が多くなるのではないかと思われます。

ということは、「Jewel song」「Ever lasting」「Your color」ははずせないな。

もし、衣装替えがあれば始めに持ってくる曲は「Do the motion」もあり得ますね。

いや、「Valenti」もいいかも・・。

 

 トホホ。 なんか虚しいです。  

でも、ま、いいや。

 

 日本で久し振りに開催されるBoAさんのライブです。

日本でライブを開催してくれることだけでも充分、うれしいことです。

東京公演、大阪公演 BoAさんと会場のみなさんが最高に楽しめるライブが実現すること

を祈りましょう!

 

 急に遠吠えがしたくなりました!  っ? 

                      最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

   追記  6月に東京で追加公演があります。

        6月12日(月)、13日(火) です。   

 

        またチケットは買えませんでした。  とほとほ。 

 

     ( BoA the  Live 関係者さまへ )

        今回の会場はキャパが狭すぎます。

        音質は良い空間だと思いますが・・・。

        狭い空間を満員にして誰が満足できるでのしょうか?

        BoAさんのファンは数人だけではありません。

        末端のファンのことも考えてもらいたいです。

 

        会場は東京国際フォーラムを希望します!! 

         ホールAで5000人の座席を埋められますよ! (きっと ) 

         

 

 

 3月に入りあっという間にもう9日です。

毎日が早く過ぎていきます。

みんな平等に24時間持っているはずなんですが・・。

この数週間、真面目に(珍しく)働いています。

あと1週間ほどすれば区切りがついて解放されます。

朝、起きてから夜寝るまでの間、ずっと眠いです。 

だんだん、目が充血してきました。(わーい!無料のカラーコンタクトだ!)

毎日14時間以上働いています。 (ちかれますなー)

残業の手当はありませんが、仕事をすればそれに見合った対価を得られます。

わーい! これで一生遊んで暮らせる・・・わけがありません。

なかなか、現実は厳しいですな。  トホホ。 

 

 前回のブログで思いついたことを実行させていただきました。

こんなことをすると、どうなるのかな? 

先方に迷惑をかけてしまうかもしれないという懸念もあったのですが、思い切って

ブログに書いてみました。

私が思っていることは嘘偽りのない正直な気持ちです。

とても「可愛いデザイン」だし、見ているとこころが和みます。

疲れている時に見ていると気持ちが安らぎました。

居心地のいいブログです。

http://ameblo.jp/n-planningroom/   ← こちらになります。

 描いている子はきっと、可愛らしい素直な女の子なんだろうなと思っていました。

ちょっと、お茶目な子かもしれません。

生意気なことも言いそうです。

でも、それが普通に成長している健康な子供の姿なのだろうなと感じていました。

この女の子の絵からは温かい家庭が想像できました。

毎日のようにデザインに取り組む女の子、それを見守っているお父さんとお母さん。

とてもいい家庭ですよね。

 

 結果として、興味を持っていただいた たくさんの人たちが女の子のブログに遊びに行っ

てくれました。

本当にありがとうございました。

女の子自身もとても喜んでくれました。

元気いっぱいのかわいい写真まで公開してくれました。

ありがとねーっ!

 

 私のブログを最後まで読んでくれる人たちがいたということ。

そして、実際に女の子のブログに行ってもらえたことがうれしかったです。

 

 人にお願いをして、行動を起こしてもらうということは仕事でもプライベートでも

大変なことだなぁと実感しました。

でも、ひとりでは出来ないことでも皆の力を借りればなんとかなるということも今回の

ことで学びました。

 

 みなさん、ありがとうございました。

何人かの方とコメントのやりとりをする事も出来ました。

すごい美人さんたちなので、こんな機会がない限りお話出来ることはないでしょう。

(この点でも、ありがとねーっ!)

みなさんのこころのやさしさに触れた気がします。

気持ちがやさしい人たちばかりですね。 

本当にありがとうございました。

 

 この写真の中に今の私の気持ちが浮かんでいます。

  仕事先の食堂のお昼ごはんです。

メンチカツ定食。

値段は620円だったかな。

とてもおいしいご飯です。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 

 

 

 

 

 前々前回記事をアップさせていただいた<春めいてきました!>の続報になります。

 

 「世田谷梅まつり」に出掛けて、美しい梅の花を写真に収めたいと思っていたのですが、生意気に仕事が忙しく日中や夜の早めの時間帯に行くことが出来ませんでした。

  (いきなり言い訳かい! お前って奴は・・使えないな!) 

すみません。 返す言葉がありません。(だいぶ素直になってきたな!) えっ!?

 

 ライトアップされた夜の梅を撮りたくて開催されているはずの日に向かいました。

でも、現場に着いたのは22時過ぎになっていまして・・公園の中に街灯はあるので

完全に暗闇ではないですが、みごとな夜の世界です。

 

 

場所によっては妖怪が出てきそうでした。(そんなことはないでしょ!)

さすがにライトアップはもう終わっていますよね。 こんな時間ですからね。

 

 人の姿を見かけたのはカップルとジョギングする人たち6人くらいだけでした。

この時間になると人は少ないですね。

(あたりまえじゃ! 普通の人はもう寝とるわい!) すみません。

 

 一応、梅の写真を撮りました。

ストロボで撮ったのと、カメラの機能でナイトモードというのがあるので両方で撮影して

みました。

こちらがストロボを使ったものです。

まぁ、夜のわりにはまともに撮れています。

 

 そして、こちらがナイトモードで撮ったものです。

 なんかぽやっとした感じです。

暗いからですよね。 色の再現が追い付いていません。

 

 これではダメですね。

美しくないです。 梅の花の魅力が感じられません。

梅の花に申し訳ないです。  すんません! 

 

 ということで、がっかりして家に帰ったのでした。

 

 パソコンの中に2014年の「せたがや梅まつり」の写真を見つけました。

2月8日「梅まつり」の初日です。

あの時、東京は大雪に見舞われていました。

電車が動くかどうかという状況で心配しながら駅に向かったのを記憶しています。

 でも、雪と梅というのは絵になるかなと思い、遠回りになるのですが公園の中の道を通

って行きました。

(もっと、真面目に働け! まったく、真面目なんだか不真面目なんだか・・)

個性です! (おっ?逆切れ!?)

 

 雪と梅の写真です。

 こんな感じです。

 梅の花も突然の雪で、さぞかし びっくりしたと思います。

 

 次にこの公園がにぎやかになるのはさくらの時期です。

そこそこ、きれいな写真が撮れたら報告したいと思います。

 

 ありがとうございました。

 

 と、ここでお別れする予定でしたが、ちょっとした事を思いつきました。

これには、みなさんのお力を借りなければ実行できないことです。

説明しますね。

 私が毎日のようにおじゃまするブログがあります。

小学4年生の女の子が毎日うさぎさんの洋服をデザインして見せてくれています。

お父さんとの会話を交えてあたたかい家庭の雰囲気が伝わってきます。

こんなタッチの可愛い絵です。

  デッサン力、発想力、このお嬢さんには相当な才能があると私は思っています。

それ以上に、毎日のように新しいデザインを考えて描いている持続力に驚きます。

その絵をアップされているのであろうお父さんの愛情にも頭がさがります。

この彼女が将来どんな仕事をすることになるのかとても楽しみです。

服飾デザイナーになるかもしれないし、漫画家になるかもしれません。

 紹介したデザインを見ると誕生日が3月3日となっています。

あくまでも、このうさぎのうっちゃんの誕生日なのかもしれませんが、ひょっとしたら

彼女の誕生日かもしれません。

 

 そこで皆さまにお願いなのですが、この彼女のブログに足を運んでいただきたいのです。

この可愛い絵をもっとたくさんの人に見てもらいたいと思うし、なによりもお誕生日のお祝いとしてたくさんの方々が集まったら彼女はびっくりするのではないかと思います。  

ちょっとしたサプライズプレゼントです。

余計なお世話かもしれませんが、いつも心がなごむデザインを提供してくれる彼女を

びっくりさせたいなぁと思いました。

こちらのアドレスになります。

http://ameblo.jp/n-planningroom/ 

 私たちは、何かしらの縁でつながったブログ仲間です。

彼女への誕生日プレゼントに協力していただけないでしょうか。

どうぞ、よろしくお願いいたします。   

 

 

 母からメールが届きました。

とてもうれしいことです。

「そうか、元気にやっているんだなぁ」

「パソコンを使っているのか」

「さすが母さんだ みごとに使いこなしたんだ」

「向こうの世界にもLAN回線があるのかな」

などと一瞬思ったりしたのですが、冷静に考えると これはあり得ないことです。

 

 母はもう何十年も前に旅立ちました。

私が生き続けている限りは一緒に生きていますが、戸籍上は現世には存在しないことにな

っています。

 本当に母さんからであれば、きっと「もっと真面目にやれ!」とか「健康に注意しろ」とか言われるのだと思います。

残念ですか、これは母さんではないですね・・。

心のどこかで、言われたいという気持ちがあるのも事実です。

まぁ、それは置いておいて。

 

  おそらくこのメールを開くとどこかへ飛ばされるはずです。

こんな画面になりました。

 

   そして、そのURLの先には何か

お金がかかるようなシステムが待っているはずです。

 

 こうしたメールは一般的には迷惑メールという事になっています。

受け取る側が希望しないメールですからね。

私のYahooのアドレスに届いたメールですがもちろん迷惑メールのフォルダに入っていま

した。

 

 私はこの手の迷惑メールのタイトルを見るのが好きで、ちょくちょく迷惑メールのフォルダを確認します。

 

  「母です。」というタイトルは私にとって、とてもインパクトがあります。

他には、「配送センター」からの緊急のお知らせというのもありました。

宅配便が普及したおかげで、誰でもお世話になることがありますから見る人の眼をひきますよね。

 

 ネットで検索をしてみると面白いタイトルの迷惑メールを見つけました。

http://rocketnews24.com/2014/08/08/475660/  ←こちらです。

迷惑メール 選出編  

 いくつか紹介しますね。

 いつの間にそんな話が進んでいたのでしょうね。

まるで、これまでに何度か連絡をとりあったかのようなフレンドリーさが感じられます。

 4000円の会費は安いのではないでしょうか・・。

 そんな大会があったのですか! 

 中止になったのですね・・。 

 

 それにしても色々あるものですね。

おもわず、笑ってしまいます。

こんなに面白いメールであれば私としては歓迎します。

(もちろんタイトルを見るだけですが)

 

 でも、こうしたメールは自動的に迷惑メールのフォルダに入るし、なぜ毎日のように届

くのでしょうか?

メールをだしても、なんにもならないように思うのですが・・。

しかし、現実は違いました!  お金になるからです!

場合によっては1か月で100万円近くもの収益をあげる輩もいるようです。

ちょっと信じられない話ですよね。

 

 メールを出す側は1000通でも1万通でも出します。

その中の1件でもヒットすればお金になります。

メールを出すためにかかる経費はそれほどでもないようです。

もし、広告や看板、電話での勧誘ということになれば設備にかかる経費や人件費もかかり

ます。

 とにかく大量にメールを出して誰かがワナに掛かるのを待っているわけです。

 

 広告の宣伝メール、架空請求のメール、詐欺やなりすまし、お金儲けのメールなど

様々な手を使ってメールは届けられます。

 

 確定申告の時期ですから

還付金詐欺のメールが増えると予想されます。

税務署から電話やメールなどで、一時還付金などの支払いがあるなどと

連絡が来ることは絶対にありません! 

ちょっとお得な話だと思っても誘いにのらないでくださいね。

おかしいな?と思ったら自分ひとりで解決しようとしないで警察の力を借りましょう。

 

 コンピュータ社会が存在する限り、迷惑メールはなくならないと思います。

誰かがワナにかかってしまう限りこの先ずっと届きます。

 

 みなさん、気をつけましょう。

誰の心の中にも隙はあります。

その隙をうまく見つけて、迷惑メールは忍び寄ってきます。

 

 出す側も、もう少しひねったタイトルでお願いしたいです。

ウイットがあるような、おもわず笑ってしまうような、気持ちが温かくなるような

タイトルのメールが届くことを希望します。

人のこころを動かせたり、笑わせてくれたら、その分の報酬が手に入るかもしれませんよ。

詐欺という枠組みから出て、正規の料金を手に入れる方法を考えられたらいかがでしょう

か?

 

 母からのメールはそのまま、迷惑フォルダに入ったままですが、削除はしていません。

せっかくのメールですからね。

もう少しの間、このままにしておこうと思います。

 

 

 

 

 

 

  2月に入り、とても冷たく強い風が吹く頃になると私の頭に浮かぶ事があります。

「明暦(めいれき)の大火(たいか)」通称「振袖(ふりそで)火事」のことです。

1657年に起こった歴史上最大規模の大災害です。

歴史に詳しい方はご存じかと思います。

 明暦三年正月十八日(3月2日)の未の刻(午後二時)に火の手が上がり、折からの強風

に煽られてたちまち江戸中に燃え広がりました。

火の手はまるで巨大な化け物のように町を覆い二日間に渡って町を燃やし続けたのです。

江戸城本丸(天守閣のある建物)をはじめ二の丸、大名屋敷、社寺など江戸八百八町

総てを焼き尽くしました。

二日間で江戸のほとんどが焼き尽くされました。

この災害での焼死者は十万八千人と言われています。

火事と喧嘩は江戸の華などとも言われますが、火事が頻発した江戸時代でこれほど

の大きな被害を出した災害は他にありません。

災害規模はとてつもなく大きいのですが、同様に大きな謎を持った災害です。

 

 大きな謎とは、火元が特定出来ていないことです。

日本史的には「本妙寺」が火元であると伝えられています。

当時は本郷 丸山(文京区 本郷五丁目)にあったお寺です。

明治43年に移転して、現在は豊島区巣鴨五丁目にこのお寺はあります。

しかし、知れば知るほど出火元は「本妙寺」ではないと思えてくる史実が出てきます。

 

 もし、この「本妙寺」が火元であったとしたならば想像を絶する厳罰があったはずです。

火事が多かった江戸時代、幕府は火元に対して厳罰をもって対処していました。

明暦の大火の後、「本妙寺」は厳罰に処されるどころかまるでエリートコースに乗ったかの

ような待遇を受けて、火事が起こってから三年後には元の場所で復興することが出来てい

ます。

そして十年後には日蓮門下の勝劣諸派の触頭(ふれがしら)にまでなっています。

この触頭の仕事は幕府からお寺への伝達や本山や配下のお寺から幕府への各種の訴願や

諸届を上申することです。

幕府とお寺を結ぶ なくてはならない重要な窓口を果たしていたというわけです。

これはむしろ、処罰を受けるどころか昇格です。

 

 ちなみに「明暦の大火」から後 明和九年(1772年)に起きた大火の時は

火元の寺はその後 五十年間再建は許されませんでした。

火事を出してしまうという責任は改易(かいえき)になってもおかしくないほどの

重大な処罰があっても不思議ではないことなのです。

なのに、「本妙寺」は一切 お咎めなしです。

 

 変ですよね?

怪しげなにおいがプンプンしてきます。

何か裏がある!はずです。

 

 私は以前からこの謎に興味を持っていました。

10年ほど前に実際に「本妙寺」を訪れました。

ここが火元とされているお寺なのか・・。

墓所のはじに大きな慰霊碑がありました。

明暦の大火の供養塔です。

10万人も亡くなっている・・。

四方八方から火が押し寄せ、その中で逃げ場を失った人たちはどれほど悔しい思いをして

命をおとしたことでしょうか。

えらいことだよなぁ。

真相を知りたいものだなぁ・・。

 俗に伝えられている「本妙寺」からの出火の原因は<振袖>が関係しています。

<振袖火事>と言われている所以(ゆえん)です。

火事が起こった江戸時代、葬儀には亡くなった人が生前一番愛用した衣類を棺に掛けて

行われるのが慣例でした。

埋葬の後にはその衣類が古着屋に売られて墓の穴を掘った穴掘り職人の浄め(きよめ)

の酒代にされていました。

事の発端は火事が起こる三年前にさかのぼります。

明暦元年正月十八日、本妙寺で恋煩い(こいわずらい)で亡くなった十七歳の娘さんの

葬儀が行われました。

棺にはその娘さんが生前一番愛した振袖が掛けられ、葬儀が終わると振袖は古着屋に売られて酒代になります。

ここで話が終われば何の不思議なことはないのですが、その同じ振袖が翌年、そのまた翌年と三年続けて同じ月日に同じ年頃の娘の葬儀の棺に掛けられてきたというのです。

これに驚き怪しんだ寺の僧は三人の娘さんの遺族に話します。

「この振袖には娘さんたちの思いがこもっているのでありましょう 供養をせぬばなりま

すまい」ということで、遺族も参列して読経供養して燃やすことにしました。

その時に火が付いた振袖が強風で舞い上がり、本堂の屋根に燃え移ります。

振袖は火の粉をまき散らして燃え始めたとされています。

これが出火の原因だと伝えられています。

なので<振袖火事>と言われるようになりました。

 

 この振袖火事のお話は文学的というか戯曲的にものすごく魅力があります。

不思議さ全開で人の興味・好奇心をくすぐります。

実はこの話は明暦の大火の後にうまれたお話です。

あくまでも伝承であり その話の生まれた経緯もはっきりしません。

 

 自然発火で江戸の大半が焼失したとも思えません。

何かしら原因があるはずです。 

 

 多くの研究者がこの明暦の大火の真相に迫ろうとしてきました。

 

 まずは< 気になるポイント ① >  

失火なのか放火なのか??

一説によると火の手があがった日は朝から強風が吹き荒れていたとされています。

そんな風の強い日に火を燃やす不謹慎な人がいるでしょうか? 

もし、火事を出してしまったら厳しい罰が待っているのです。

出火の時間は午後の二時です。

たとえ行燈(あんどん)を使っていた時代としても昼過ぎの、この時間であれば普通

消しているのではないでしょうか?

なので、私の考察としては失火ではなく放火と考えます。 

 

 < 気になるポイント ②  >

なぜ放火なのか? 

 放火前提ですが、真っ先に考えられるのは単純に幕府転覆を狙う反体制の仕業です。

とにかく江戸の町を壊滅させてしまおうということなのです。

一度火の手が上がれば、風の加減によってはあっという間に町は焼け野原になります。

江戸の町の住居は密集しているうえにほとんどが木造です。

一度火が付いたら それはまるで、たきぎ同然のように燃え上がるはずです。

 実行に移した犯人は 明暦の大火から六年前に幕府転覆を図った由井正雪一派の

残党が報復のために本妙寺に火を放ったと考えられています。

文京区文化財調査委員 戸畑忠政さんによる考察です。

 

 そしてもうひとつの放火の理由 

当時、江戸の町はめまぐるしく発展して町は何の規則性もなく滅茶苦茶に膨れ上がって

いました。

現代での感覚で言えば都市整備が必要とされる町になっていたのです。

「なんとかして、この町をもっと効率よく住みやすい町にして管理したい」

幕府は考えをあぐねていたはずです。

この謎を解くカギは時の権力者 松平伊豆守信綱(まつだいらいずのかみのぶつな)である。

彼こそが大火の黒幕だと指摘するのは都立北多摩校で日本史を教える黒木教諭です。

 

 もっとも手っ取り早く、簡単な方法があります。

一度、全部焼き野原にしてしまおうと考えたのです。

人々の生活を無視したあまりにも利己的で残忍な方法です

確かに邪魔なものを全部取り払えば、都市整備は簡単に進められます。

 

 この都市整備をするために動いたのではないかと言われているのが

松平伊豆守信綱とされています。

一説によるとこの伊豆守信綱は頭のキレは抜群で人々からは「チエ伊豆」といわれたほど

でした。

このままの江戸では乱が起きた時に攻めるにも守にも不利な状態だと考えたのでしょう。

江戸全体を頑強な砦にして強い江戸の町を作りたかったのです。

大火が起これば都市整備は実行に移せます。

位置的に考えて江戸の町を焼き尽くすのに都合の良い場所はと選ばれたのが本妙寺のあたりだったということになります。

出火の様子を伝える「加賀藩史料」には本妙寺近くで馬に乗った侍が目撃されています。

徳川家の史書にはその侍を放火犯として捕えた記述が残されています。

ただし、その侍は処罰は受けていません。

この人物が何者かの命令で放火の実行にあたったのではないかと黒木さんは考えています。

                 (読売新聞 昭和五十七年十一月一日版より)

 もうひとつの説があります。

これは放火説ではありません。 失火が原因であるとしています。

この説では本妙寺の近くにお屋敷があった老中阿部忠秋家が火元であると説いています。

そう語るのは本妙寺檀徒の杉山茂雄さん(昭和六十三年十一月一日寂)です。

本妙寺の門前には加賀前田家があり周辺には寺院や大名屋敷が立ち並んでいます。

 

本妙寺の寺報によるとこの大火の翌年から老中阿部忠秋より十五俵の米が大火の回向供養料として本妙寺に届けられています。

この供養料は幕末まで続いています。

明治維新後は金額 金十五両によって続けられ、大正十二年九月の関東大震災に至って終了しています。

 本妙寺に対しての阿部家からの供養料は二百六十年余りに渡って送り続けられました。

これはいったい、何を語るのでしょうか。

この事実から、本妙寺としては火元を引き受けたと考えられるのです。

 出火の原因は女中さんによる失火とされています。

当日は朝から強風が吹き荒れていたそうです。

阿部家では雨戸を閉めていたために室内が暗く女中さんが手ロウソクを持って歩行中に

つまづき、転倒しロウソクの火が障子に燃え移ったのが原因とされています。

 

 これならば強風の日に火事が起きた状況が説明できます。

そうだったのか。 失火だったのか。

 

 出火元の 阿部忠秋は老中です。

幕府の中枢にあります。

この事が明らかになると大衆の怨恨の的になるのは必至なことであり、幕府の威信の失墜

は免れません。

大火後の江戸の復興も不可能になるかもしれません。

そこで、筆頭老中松平伊豆守や久世大和守らが協議をして阿部家の責任を追及するよりも

江戸復興の政策遂行を進めるために、本妙寺に火元を引き受けてもらうよう要請して、本妙寺はそれを引き受けたとされています。

 

 二百六十年余りに続いた阿部家からの供養料は名目は供養料ですが、本当は火元の汚名をかぶり、阿部一族を救ってくれたことに対してのお礼だったのです。

 

 本妙寺が汚名をかぶることで、この大火の騒乱を沈めることと江戸の復興

大きく貢献したわけです。

もし、これが事実であるとするならば、大火の処理として幕府は最も前向きで建設

的な答を出したと思います。

 

 大火の原因は失火なのです。

火事を起こそうとして放火したわけではないのです。

誰にでも予期せぬことは起こります。

その責任を追及せずに、江戸の復興を最優先させるべく出した答えが「出火元は本妙寺で

ある」ということだったのです。

 

 この大火で亡くなった方には本当に供養しなければならないことだと思いますが、幕府

はみごとな政策をとったと思います。

 

 本妙寺もとても慈悲深い決断をされたと思います。

人を救い、江戸の復興を支えたわけです。

 

 歴史の中には埋もれてしまった真実がたくさんあると思います。

現代で、もし同じような大火が起きたらどうなるでしょうか。

出火元は厳しく責任を追及されるはずです。

例え失火であったとしてもです。

振袖火事のような伝承は生まれる余地はないはずです。

 

 振袖火事の伝承が生まれた背景にはひょっとしたら「人を救う」という思いが根底にあ

ると考えられます。

失火の責任を追及せずに、火事の原因を作り上げたのです。

江戸中の大半を焼き、10万人もの命が失われてしまった時にその責任を追求出来るものでしょうか。    無理です。 

振袖火事として歴史に残っている理由は1657年の江戸時代に生きる人たちの

この苦難を乗り越えようとする思い前向きな考えから生まれた結果であったと私は考えています。

 

 

 

 この記事を書くにあたり、本妙寺を訪れた際にいただいた小冊子に書かれてある

内容を参考にさせていただきました。

平成十二年五月に発行されたものです。    ありがとうございました。