CMソングで人を幸せにする人、のこいのこ
こんばんは、CMソング普及協会のU-Gです。
のこいのこさん。
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彼女が作ってきた曲たちをまとめたCDが、おそらく初めて発売されたことで各テレビ番組などで取り上げられ、その影響でネット上では、彼女のCMソングにおける功績は語り尽くされました。
だからというわけでもありませんが、
僕は彼女の歌を通して刻まれた自分の記憶を語ることにします。
「まるさんかくしかく」。
幼い頃、
幾何学な図形、
要するに形というものに興味があった
少々変わった子だった僕は、とてもその曲が好きだった、ようだ。
(「ようだ」と言うのは、幼い頃聞いた曲で覚えているのは何だと考えると、その歌のサビが際立って思い出されるから、という記憶の正確さの証明にならない理由からだ。)
その同じくらいの頃、オノデンのCMを良く見かけていた。
多分、形と同様に、SFに心躍らせる少年のように家電製品がなぜだか好きだったから、自ずと家電系CMには目がいったんだろう。
だから、
サトウムセンの虎らしきキャラがクレイアニメーションで踊るCMなど数ある家電系CMの中で、
それが一番好きなCMになるのは時間の問題だった。
それから時が過ぎ、小学生の頃になっても、
相変わらずオノデンのCMは流れていた、いや、流してくれていたといった方がいいのかもしれない。
それである時、
「あれ?歌ってる人ってあれでも歌ってた人なのかな」、
というのが頭に浮かんだ。
その記憶は、確かにはっきりしている、と思う。
そこからまた時間は経ち、今から遡ること数年前。
たまたま見た深夜番組で「このCMソング歌ってるの誰?」のようなコーナーで
オノデンの、あのオノデンボーヤの歌を歌っている人が実際に歌ったのだ。
それを見た時は何だか内から湧いてくる嬉しさがあった。
当然、彼女の名は頭に深く刻まれた、忘れてもすぐ思い出せるぐらいに。
そして現在、今。
今年、彼女の作り出した数々の曲がCDとして世に出て、
テレビで特集されたのを見て、
ようやく、あの二つの曲は共に彼女によるものだったと知った。
でも、それは彼女の歌声で何となく気付いていたことで、どうでもいいことだ。
それよりも、自分が今でも大好きなCMで、
彼女の笑顔で歌っている姿が目に浮かんでくるような、
そんな僕等を幸せする歌声が常に響いている事が、
何よりも嬉しいことだ。
これからも、こうゆう人が出てくることを心から願う。
長い文章になってしまいましたが、
これでCMの普及に繋がればむしろ良いのかも知れません。
ではまた。
BLOOD×50 おやすみ、小夜・・・・・・
こんばんは、U-Gです。
最終話、
第50話「ナンクルナイサ」。
では、語ります。
まず、カイについて。
やっぱり、小夜を救ったのは彼でした。
彼だけがそうだったと言いたいのではなく、
彼がきっかけとなり皆が行動し、結果的に小夜を救う方向に向かっていった、
そうゆう意味で言いたかったのです。
しかし、忘れてはいけないのは彼をそうゆう人間にさせたのは、
彼と接してきた人たち、仲間たちであるということです。
そして、何より、彼に救われた小夜がそうであった、ということも。
最後の、「なんくるないさ」。
その言葉にその全てが集約されているような気がします。
そして、
最後に、小夜について。
生きる。
そう選んだ彼女。
でも、永く深い眠りが待っています。そして、これからもその繰り返し。
しかし、彼女はもう辛くはないと思います。
彼女は自分自身の全てを受け入れた。
そして何より、受け入れられるようにしてくれた人々がいます。
だから、辛くありません、きっと。
彼女の戦いの意味は、そこにあったのではないでしょうか。
これからの彼女・・・。
それは、生き続けること。
皆に支えられ、全てを受け入れ、全てを背負いながら・・・・・・。
最終話、皆さんには何が観えたでしょうか。
本編はこれで終了ですが、
この「BLOOD×」は次回で完結させます。
全エピソード、物語全体を振り返って、
この作品はどういったものだったのかを、
手短に総括することにします。
では、最後の、「BLOOD×51」で。
CMソング界のお気楽者、所ジョージ
記事タイトルの表現は失礼、ですが、この方についてはむしろ尊敬の意に値します。
そう!
所ジョージさんっ!
宝くじのあのCMはあまりにも有名ですが、現在も車買い取りの「ラビット」、サントリーの「ジョッキ生」のCMソングを歌っています。
それにしても何故に彼が歌うとすんなり
耳に、
そこから頭に残るのでしょう。
やはり、
トコロさんの生き方、人格から作用しているんだな、
そんな気がします。
もっともっとCMソングを歌って欲しいものです。
それを願いながら、手短ですが
以上。
BLOOD×49 姉様は、づるいよ・・・
こんばんは、U-Gです。
第49話「二人の女王」。
では、参ります。
まず、アンシェル、ネイサンについて。
アンシェルは、彼女は家族が欲しいだけだったと、気がつかなかった。
ネイサンは、彼女をただ見届けたかった、ただそれだけ。
二人の違いを強いて言うならば、
自分の望みが達成された時の、死という選択肢があったかどうか。
それだけです。
次に、ディーヴァについて。
彼女を見て、感じた、正確に言えばいつも感じていたこと。
それは、小夜よりも哀れさを持っていたということ、
それに尽きます。しかし、
死ぬ前の僅かな時間の中で、その哀れみが
少しだけ
報われたような気がします。
最後に、小夜について。
涙。遺された双子の子ども。ハジとの約束。そして、カイの願い、思い・・・・・・。最後にどんな決断をするのか。
死ぬ。
生きていく。
どちらにしろ、
本人が「それがいい」と決めれば、それが正しいのかも知れません。
それを
認めてくれる
自分の大切なモノたちがいるのなら。
あの、
マホウノコトバで締めくくる最終話。
それが、
僕等に何を考えさせてくれるのか。思わせてくれるのか。遺してくれるのか。
では、第50話で会いましょう。
BLOOD×48 私は知りたいのだ、ディーヴァの全てを
こんばんは、U-Gです。
第48話「摩天楼オペラ」。
では、語ります。
まず、ネイサンについて。
アンシェルよりも、何かを達観しているような
言い方をする彼。
なぜこの時に、「小夜とディーヴァの母親にシュヴァリエがいたとしたら・・・」と
口にしたのでしょうか。しかもこの48話で。
これは何も考えずにはいられません。
はたと「もしや、ネイサンが・・・」と極端に考えもしましたが、
すぐに頭の中で前言撤回。
結局のところ、真意は分かりません。
でも、以前にもそうでしたが、
アンシェル以外のシュヴァリエの中で唯一生き残っている彼の言葉には、
何かを強く感じます、前にも増して。
次に、アンシェルについて。
初めて彼の本音というものが聞けたと思います。
「ディーヴァをいつまでも私だけのものにしたかった」。
しかしながら、運命の扉は開き彼女は自由に世界を歩み始めたと、
その言葉の後に発してはいました。
つまり、彼は常にディーヴァを自分だけのものにしておきたいだけの為に、
翼手だけの世界を作ろうとしているわけです。
むしろ研究者としての好奇心からの行動とは少し違うようです。
僕は今まで、彼の計画はそれだけの理由ではないと考えてきましたが、
彼のそのセリフで、彼はただ一つの、ただ一点の、それだけに向かって
行動していたんだと気付いた、というよりも、ようやく納得したというのが本音です。
けれども、
それによって彼の更なる冷酷さが露呈している気がします。
次に、ハジについて。
「あなたに、私の何が分かると言うんですか・・・」。
今までの中で、一番彼の心の葛藤が現れているものでした。
やはりあの約束、あの小夜の願いを受け入れたものの、
本当にそれでいいのかと、長い間、自問自答を繰り返し今もそうしているのでしょう。
最後に、小夜について。
急にカイの腕を掴み、沈黙の中、何かを言うか言わぬか悩んだ挙句、
何も言わず前を向き直し、歩き去っていった・・・・・・。
その彼女の姿には、数え切れないほどの思いが混在しきっていました。
遂にあと2話。
結末がどうか、よりも、
結末を観て自分が何を感じ思うのかが、気になるところです。
では、最終話前の、第49話にて。
ネット復旧です。御迷惑お掛けしました。
こんにちは、U-Gです。
ネット接続不可のため、このところ携帯からの更新でしたが、
お陰様で、無事ネット回線が復旧しました。
復旧後、久々に当ブログの状況を見ましたが、
携帯で更新していたせいか、
携帯更新での規定文字数を超え全ての文章が表示されていなかったり、
改行が上手くいかず読みにくい部分があったりと
予想通りの記事のクオリティー低下がありました。
本当に申し訳ありませんでした。
今後、このような事態になった場合、早急の解決を心掛けたいと思います。
今後も、このブログを通して、
皆さんの為に、そして自分の為にも、
より良いものを創っていきますので、
これからも宜しくお願いします。
以上、当ブログ製作者兼管理者U-Gでした。
BLOOD×47 俺がそうしたいからここにいるんだ
こんにちは、U-Gです。
第47話「全ての血を超えて」。
では、参りましょう。
まず、ハジについて。
「小夜、戦って」。
幾度も言っていたこの彼の言葉。
今回は揺るがないものを感じませんでした。
彼女にしてやれることに限界を感じている、つまり、自分の無力を感じているのでしょうか。
その全ては彼の握り拳の中に詰まっています。
次に、岡村記者、デヴィット、そしてカイについて。
自分の父親という血に導かれてきた…。
そのことは全否定はしないし出来ません。でも、
カイの言う通り、
自分がそうしたいからここにいる、そう決めたからここにいる。そうゆうことだと思います。
結局、自分の意志による選び方、それ次第だという気がするんです。
次に、シュヴァリエについて。
ジェイムズの死。
ソロモンの志半ばの死。
それらの出来事から、ネイサン、アンシェルの何かが分かります。
その解釈は人それぞれですが、特に気掛かりなのは、
アンシェルの「馬鹿者が」です。
ソロモンの亡骸を抱きながらのそのひと言は、何を物語るのか。
いろんな意味がそこにはあるようです。
最後に、ディーヴァについて。
「でもこの子たちは、何か別のモノを与えてくれる」……。
これは彼女の心の変化ととっていいのか、
それとも…。
いずれにしても、その言葉に特別なものを感じます。
では、次回。
911の悲劇が新たな悲劇を起こさない為に
この日が来るといつも、5年前のその日の自分を思い出す。
お風呂から出ると、テレビ画面はあのビルから煙が上がる模様を映していた。
困惑と恐怖。
それを目にした途端、そんな直感的な心の動きを感じた。
その後の崩壊。
その光景が僕に更なる恐怖と言い知れぬ不安を与えた。と同時に、
世界と戦争について多角的に考える必要性があると教えてくれた、と今となってはそんな気がする。
今年も911のことを伝える特番をやっていた。
当時の被害者、その後の彼等と遺族のこと。
アメリカのこと。イスラム世界のこと。その他色々様々なことを知ることはとても大切。けれど。
その上でこれから僕たちがすべきことを無数ある角度、すなわち視点を変え、その都度考える、考えて考える、また考える……。そして決断、行動する…。
それは911、戦争だけでなく、人間が抱える全ての問題において不可欠だ、という気がしてならない。
僕はいつも思い出す。
あの時の自分を。
こわカワキャラの?たらこソング
CMソング普及協会のU-Gです。
多くの良質のCMを世に出し、何よりそれらが僕にある種の衝撃を与えてくれる企業、
キユーピーのCMソングを御紹介。
ロシア民謡の雰囲気を醸し出すメロディーに乗せて、
「たーらこ~、た~らこ~……」
と歌いながら現れるたらこのキグルミを纏(まと)ったキユーピーちゃんの団体。
そして、
たらこスパの入った皿の周りをグルグルとリズムに合わせ踊る
たらこキユーピーちゃん……。
あのキユーピーちゃんはなんですか!?
「こわカワ」としか表現できない、新しいシュールさを感じます!
それに合うのはこれしかないっ!と思わせるCMソング…。これはもう後に名作となるCMソングになるだろうと言うしかありません。
それを予見するかのようにCD発売もしているんです。
- キグルミ/たらこ・たらこ・たらこ
- \1,260
- アサヒレコード
ではまた。
バッチョンボンノーイラッタンチャカラカバットン?
CMソング普及協会のU-Gです。
「カタコトか!?」
「あとはとろみをつけて、…片栗粉か!?」
と一ネタできそうですが、
またこの手のCMソング紹介です。
そのカタカナの歌詞を見れば一目瞭然ですが、
それはSCEのPSP用ソフト「LocoRoco」のCMソングです。
映像と音楽、
この二つで見事にゲーム内容とその世界観を15秒ないし30秒で視聴者に伝えている。
しっかりと良質な作品の条件を満たしているCMソングと言えます。
もうこれ以上の説明は必要なしっ!
と言い切れるほど良いCMソングってことですよ。
ではでは。
あっ、その証拠にって訳じゃありませんが、急遽CD発売するらしいですよ。
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