早く来い! 先々行上映
スターウォーズEP3の先々行上映が25日にあるらしいと聞いたので、チケットを買いに行きました。そしたらレジのおねーさんに「3日前からです」と言われてしまいました。ちえ(・x・)
楽しみです! スターウォーズ!
直属の上司がスターウォーズオタで、アホみたいに2人で盛り上がってます。でもこないだマラ・ジェイド(ルークの嫁)について話してたら、周りの人にヒかれました。
EP3の見所はもちろんアナキンがダースベイダーになるとこなんですけど、ユアンファンとしてはオビ=ワンがアナキンから見てかっこいい師匠してて欲しいな~と思います。クワイ=ガンとまではいかないまでも。
「凡人の師匠」と「天才の弟子」。切ないですね~(=.=) (でもEP2の"I need you!"はないと思った。子ども(もしくは子ども扱い)かよう。あとプライドの高い人間を人前で叱ってはいけません)
先々行のチケットが発売になる22日は半休取りそうな勢いです。
死化粧師 / 三原ミツカズ
“真面目にマンガ感想”(笑)・第2弾。今日は「死化粧師」。
TVの2時間ドラマでやってる鑑識班の話が好きで、そういうのを想像して買ってみた漫画。
あと椎名桔平が出てた石ノ森章太郎原作の映画「化粧師(けわいし)」がすごい好きだったというのもある。
読んで、言葉がなかった。今まで考えたこともなかった質問を投げつけられて。
なんとなく買ってみて、こういう素晴らしい漫画に出会えるのは、最高の瞬間だと思う。
著者: 三原 ミツカズ
タイトル: 死化粧師 (1)-(3)
死というものについて考えたことがあると思う。たぶん、人間ならだれでも。
でもそれはたいてい“自分自身の死”についてだ。自分の死を考えることで、自分の生き方・望みを確かめることができるから。“自分の死”について考えることは、あまり日常的ではないけれど、特に特殊なことではない。
でも、それが“知人の死”なら? 特に“大切な人の死”なら?
「死化粧師」の主人公、間宮心十郎は日本で数少ないエンバーマーの1人。
エンバーミングとは、遺体に防腐処理や殺菌・修復を行うことで、死者の尊厳や遺族の心のケアを大切にするアメリカなどではあたりまえに行われている。「遺体に手を加えること」を嫌う日本ではあまり認知・普及していない。
1巻では、話は連作の形ですすめられる。
結婚直前のプリマドンナ、思い出と生きる老人、ナルシストの青年、肺結核の父親・・・。
それぞれの死にはそれぞれのドラマがあり、死者にも遺族にもそれぞれの感情がある。心十郎は関わりはあるけれど少し離れた視点でそれらの死を見つめ、彼らに死化粧を施す。
続く2巻からは死者よりも遺族に、視線は注がれる。死者は語らない。あるのは、ただ遺族の思いだけ。そんな中で、
「ちゃんと あなたにお礼が言いたかったの
あの時 母が骨壷で帰っていたら 私達ずっと未練が残ったと思う
なきがらを見て ふれて 思い切り泣いて--
やっとお別れができた気がしたのよ」
という、遺族の女性の言葉がとても印象的だ。
そして3巻。はっきり言って、この3巻がなければ、ちょびはこの漫画をただの「面白い漫画」で済ましていただろうと思う。
3巻で語られるのは心十郎の物語。病気の母親と、エンバーマーの父親。仕事で家を留守にしがちな父親に反発して、高校生だった心十郎は言う。
「死体をいじった手で母さんに触るな!!」
「もっと生きてる人間しっかり見ろよ!」
彼の言うことはもっともなことだ。心十郎にとってみれば、父親はただの家族をないがしろにする仕事人間でしかない。特に、母親の死に間に合わなかったことは、許せないことだったと思う。
そんな心十郎に、父親は言う。
「来なさい お前にすべて見せてあげよう ノゾミとの約束も 私の仕事も」
そして、心十郎の目の前で母親を「エンバーミング」した。
その後、心十郎は父親と同じエンバーマーを志すことになる。
『愛する者をエンバーミングできるか?』
その問いを、ずっと心の中に抱えながら。
とても、重い。大事な人間の死について考えるということは。そしてそれがずっと頭から離れないということは。
心十郎は答えを出す。それがどんなものかは読者にはわからない。
この問いは、読者に問いかけられたものでもある。もちろんちょびはエンバーマーではないし、死を間近にすることすらまれであるけど。
そして、未だに答えは出せない。ただ、生きている大事な人たちを大切にしようと、強く思った。
本を整理する!
さすがに部屋に本の柱を生やしておくのは本がかわいそうだと思いまして(踏むし)、今日は本を本棚へ。
でもついつい読みふけっちゃって、結局1割もできてません。
昨日買った本(もれてた・・・)
No.214
著者: 諏訪 緑
劉備は蜀を手に入れ、曹操は漢中へ出兵。孫呉は荊州の奪還をねらう。とうとう三国鼎立が成りました。
活劇や男のロマンな三国志もいいけど、こういう国の運営や異民族問題に視点をおいた三国志もイイ。諸葛亮は軍事よりも行政官としてのほうがほんとは有能だったわけだし。面白いです。
ブクログ更新再開しました。でも1冊1冊に時間がかかる~。
今日は図書館へ。
友だちと映画を見に行ったら時間帯がいいのがなくて、結局ぶらぶらしたあげく最後は図書館へ。
新居浜市立の別子銅山記念図書館(しかしすごい名前だ。さすが住友の街・・・)は、思ってたよりずっときれいで大きかったです。でも・・・もしかして文庫本は置いてない!?
さっそくずっと読みたかった米村圭伍の本を3冊ほど借りました。これで小説はあんまり買わなくなるかも。
今日買った本
No.211
著者: 久保 帯人
No.212
著者: 山崎 さやか
雑誌を全然立ち読みできなかった時期に連載されてたのがコミックスになり始めましたv
まだ読んでませんが、楽しみです。特に「はるか17」は、気が弱いけど結構大物かもしれない美少年・ユウが登場! はるかともども、弱小タレント事務所でがんばってほしいものです。
No.213
著者: 榎本 ナリコ
夏目漱石の「こころ」を現代の解釈で漫画化。絵が好みでつい買ってしまった・・・。
「はるか17」は前に書いたように7月から連ドラ化されますけど、川原 泉の「笑う大天使(ミカエル) 」もだと知ってびっくりしました。一体どんなのになるのやら??? ちょっと楽しみです。
春の書店くじ
4月20日~30日の期間に本を500円買うごとにもらった書店くじ。
5月23日に当選番号が発表されていたようなので、今さらながらチェック。
特等賞「スペイン8日間の旅」 91869
1等賞 図書カード(10,000円) 7740
2等賞 図書カードまたは本屋で値引き(1,000円) 0873 6922 7363
3等賞 図書カードまたは本屋で値引き(500円) 600 711
4等賞 本屋で値引き(100円) 8
ちょびの結果は、4等が2枚でした。
下1ケタで、20枚中2枚当たるのは当たり前・・・。
スペイン旅行とまではいかなくても、もうちょっといいのが当たって欲しかったなあ。
あ、タイトルが長いのはやっぱ落ち着かないので戻しました。
今日買った本
月が変わったので模様替えです。ついでに今の気持ちをタイトルに入れてみました。
帰りに寄った近所の本屋にはアシモフの本は1冊もなく・・・残念。
目に付いた本を3冊買ってみました。
No.208
著者: 浅倉 卓弥
「このミステリーがすごい!」大賞金賞受賞作の文庫化。6月4日から映画公開らしいです。
“脳に障害を負った少女とピアニストの道を閉ざされた青年が山奥の診療所で遭遇する不思議な出来事を、最高の筆致で描く癒しと再生のファンタジー”だそう。でもミステリなの?
No.209
著者: 川上 弘美
職場のヘンなふくぶちょーと川上弘美が好きだという話をしたのでなんとなく。ふくぶちょーを理解するため・・・では決してない。“ぽっかり明るく深々しみる、よるべない恋の十二景”
No.210
著者: 江戸川 乱歩
アシモフの代わりに、と書いたら大乱歩に失礼か。しかも代わりになってないし。乱歩が読みたくなる夜がたまにあるので。収録作品は、「二銭銅貨」「芋虫」「二癈人」「D坂の殺人事件」「心理試験」「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「鏡地獄」。乱歩を文庫1冊にしてしまう勇気がすごい。
今日買った本
初の香川出張は、機械が動いてるのを1時間ほど撮影して終わりました。
帰りに琴弾公園で寛永通宝の砂絵(銭形。銭形平次のOP?に登場してたやつ)を見て、大根おろしうどんをたべて帰りました。
お駄賃(出張手当)は1600円。いい出張でした。
今日買った本
No.202-206
著者: 小手川 ゆあ
タイトル: 死刑囚042 全5巻
3話あたりの何話かを連載で読んで、「古本で見かけたら買おう(失礼)」と思ってた本。古本市場で完結セットとして入荷されたので即買い。
人権が関わる話が実は好きだったりする。ちょびの漫画のルーツが「火の鳥」「ブッダ」「アドルフに告ぐ」という手塚治虫の重い系の漫画だからだろうか。
No.207
著者: 有栖川 有栖
有栖川有栖は日常の小さな小ネタからお話を作るのが上手いと思う。小さなネタから書き足して書き足して、1本の小説を作る。まるで星新一みたいだ。
この本は12本のミステリからなっているけど、ページ数はたったの250ページそこそこ。'90年から'98年に書かれたもので、結構古い。図書館で借りて読んだことはあるけど、「死刑囚042」だけじゃ2000円に届かないので(爆)、買うことにした。
なぜだか知らないけど、いま無性にアイザック・アシモフのSFが読みたい・・・。でも家には「黒後家蜘蛛の会」というミステリしかない・・・。
ただいま帰宅
帰宅途中にローソンで@古本市場からの荷物を受け取ろうと思ったら、
受付番号のメモが間違っていたらしく、受け取れませんでした。ちぇ。
明日は初出張。日帰りで香川です。
めんどくさ 頑張ってきます。
今日買った本
No.198
著者: 西村 ミツル, かわすみ ひろし
今回のお話は大きく分けて2本立て。ポルトガルで開催された「シェフ・サミット」に参加する公&萌コンビと、香港貿易発展局・馬総裁と小俣総領事との設宴に奮戦する愛+おまけにグッチーのお話。倉木大使はちょびっとしか出てなかったけど、大使の和洋中・3人のシェフたちは世界をまたに活躍中♪
No.199
著者: 森 博嗣, スズキ ユカ
名大教授でありながら、その世界観ともンのすごい執筆ペースで有名な(笑)・森博嗣の小説の漫画化。今まで知らなかったけど、幻冬舎の「幻蔵」という雑誌に連載されていたらしい。1作目の「女王の百年密室」も欲しかったけど、在庫なし。あ~、通販するかなぁ・・・。
表紙を見たときは、ちょっとどうかな?と思った絵は、読んでみるととてもシャープで、森博嗣の透明で濃密な世界観によく似合っていました。サエバ・ミチルとロイディが素敵(としか表現しようがない・悦)。
No.200
著者: よしなが ふみ
今年買った本の200冊目は、よしながふみの新刊。この巻の頭に収録されている#6を立ち読みしてこの漫画を知ったんだったな~なんてことを思い出した。よしながふみにしては1ページのコマ数とか人間の数が多い気がする(どんな感想や)。
この巻の主役(と言っていいものなのかわからんが)は、やはり真島でしょう! 表紙でも花冠なんて似合わないものかぶらされてるし。#6では武田さんの忘れていったノートを発見し、そこに描かれてる漫画を読んでコミケでの金儲けをたくらみ、#8の文化祭ではかんっっっっぺきにグレゴリー(武田さんの漫画の登場人物)を演じ(余計な台詞もあったが・爆笑)、#9ではファミレスであの人に無理やりキスをかまし・・・。ホントやってくれる・・・。やっぱ真島好きだなあ。いや、キャラとしてだけどね・・・。
No.201
著者: 京極 夏彦
京極夏彦の「妖怪シリーズ」集めもとりあえずこれで一段落。副題に「多々良先生行状記」とあるので、きっと妖怪の薀蓄がきけるのでしょう。てかまだ「陰摩羅鬼の瑕」を読み終わってないよ・・・(早く読め)。
ぱらぱらとページをめくってみて、何故かふくやまけいこが挿絵を描いてるのには驚きました♪ ふくやまけいこ大好きです。雰囲気が「東京物語」(あっちは昭和初期だったかな?)(絶版中らしい・・・。こないだ早川書房から文庫版が出ました。)を思い出させる♪
降っても晴れても / 藤村真理
本を読むのはいいけども、最近読みっぱなしだな~と心苦しく思っておりました。
なので、せめて週一で本の感想文を書こうと思います。
1回目の感想文はやはりこれでしょうか。
著者: 藤村 真理
タイトル: 降っても晴れても 全5巻
天原 凪と椿 比呂。2人の女子高生の友情と成長の物語。
あらすじなんかはポチさんのブログ に素晴らしいのがあるので、そちらをご参照ください(笑)
さて。感想に入る前に、前置きをひとつ。
この作品は、前後編の「降っても晴れても-プロローグ-」と、「降っても晴れても」(以下本編と呼びます)から成っています。ちょびは、この2つを別物として捉えています。本編はプロローグの続編のようでありながら、全く異なったテーマを扱っていると感じたからです。
これからちょびが語るのは、本編の方です。
では、しばしお付き合いください。
凪と、比呂。対照的な2人。
厳しく、でも愛されて育って、人の痛みを自分のことのように感じれてしまう、優しい凪と、凪だけが世界のすべてのように思い、凪に捨てられることを怯える「薄い硝子のような」比呂。
この物語を読んだときに強く印象的だったのは、比呂の「幼さ」だった。
「彼女はね、凪のコト独り占めしたいの」
「大変だねー、保護者としては」
里ちゃんのこの言葉が凪と比呂の関係をよくあらわしていると思う。
凪の関心が自分から離れるとイヤだと思う比呂は、まるで母親の興味をひきたがる4歳ぐらいの子供にしか見えない。
その理由は、物語のあちこちで語られる。
「ピアノを弾いてるとき以外の椿は、いつも独りだった
先生も友達も親さえも、ピアノあっての椿だって思ったのさ
あいつはピアノを憎んだ。ピアノじゃない自分自身を愛してもらいたかった」
「私・・・・・・ね、小さい頃からピアノばっかりで一人っ子だし誰かと遊んだことなくて
いつも周りに人はいっぱいいたけど、私がピアノ弾いてないとすぐどっか行っちゃうの」
ああ、と思った。
人は周りの人間からいろいろなことを学んで成長する。それは言葉や知識だけではなく、他人から学ばなければ、人は怒ることも泣くことも、人の愛しかたさえわからない。
比呂には、そういう大事なことを教えてくれる人がいなかったのだ。親さえも親自身の体面や欲を持ってしか、比呂と接してこなかったのだろう。
実際、重要な場面に何度も登場する凪の両親とは違って、比呂の両親はまともに描かれたことがない。
母親は何度か登場するが、妊娠してしまった比呂の心を思いやろうとするどころか、退学にならないように有無を言わせず中絶させようとしたり(そもそも妊娠発覚後、この母子にちゃんとした会話があったかもあやしい)、自殺を図った比呂を前にパニックになったりして、ちゃんと親の役割を果たせる人間だとは思えない。父親にいたっては数コマにしか登場せず、顔さえはっきりと描かれていない。
比呂の中身は、幼い子どものままなのだ。育てられずに体だけ大きくなった比呂は、幼いまま、愛してくれることを望んでいるのだ。
凪は比呂にとって「愛してほしい」人で「愛する」人、つまり「愛情のやり取り」が出来る人だったんだと思う。「友達」であり「姉妹」であり「母親」でもあった。「恋愛の対象」でもあった。
でも、そんな大きな愛情を向けられる凪は、まだ高校生。凪自身にも恋愛があり、友情がある。迷いや、負の感情だってある。
そんな凪が比呂の愛情を受け止めるには、すこし、荷が勝ちすぎる。だから比呂のまっすぐすぎる愛情は、凪を苦しめることになる。
だから、小達医師が登場したときは期待した。彼が比呂の「お父さん」の役割を担ってくれるんじゃないかと。実際、小達医師と出会ってから、比呂はピアノを再び弾くようになったし、リハビリに通うようになった。そして何より、凪以外にも笑うようになった。
結局、小達医師は比呂を愛してくれたんじゃなく利用しただけで、上手くいかなかったけど。
もうひとつ。凪は比呂にとって「自分」でもあったように思う。
「凪になりたい」
比呂はそう言う。まるでそれまで教えてもらえなかった色々なことを、凪を通して学ぼうとするかのように。
実はちょびも、親には厳しくしつけられたけど大事なことはあまりちゃんと教わらなかったんです。その代わりに漫画や、小説を読むことで色々なことを学んできたように思います。ああ、話がそれましたね。
比呂の苦しみは、あることがきっかけで愛情を渇望してばかりだった比呂が、愛情は自分でも生み出せるものだと気づいて収束する。
「あたし凪と対等になりたいの
守られるんじゃなくて、凪のところまで登っていって凪と向き合いたい」
そう言った比呂は、もう「幼い子ども」じゃなかった。
最後に。比呂の結婚相手が、「お父さん」を感じさせる男性だったことに、「ああ、やっぱり」と嬉しくなりました。やわらかく、力強く、比呂に愛情を注いでくれる男性。
よかったね、と心から思いました。
追記:「プロローグ」と「本編」がちょびにとって別物であることについて。
上で書いたように、
「本編」の比呂は「愛情がほしいと切望する幼い子ども」
対して、
「プロローグ」の比呂は「不慮の事故でピアノが弾けなくなったことに苦しむ女子高生」
だと感じるからです。


