ひとりごと
ひとりごとにつき意味不明。
あれは私が巻き込んだのではなくて
巻き込まれたのは実は 私のほうだったのだろうか
あちらの業の深さに。
そう。中途半端な 覚悟のなさのまま周囲をのみ込んだのは…
だけどそれは当事者以外 だれも知らないこと
私はすべてを背負って貝のように口をつぐんでいるしかないから。
墓場まで持って行かなきゃならないからなぁ。
あえて、ババひいて。
それは自分が覚悟して、
自分で選んだことだからいいけど。
それにしても
この、自分の居場所がないなぁという感覚を どうしてくれようか。
あれは私が巻き込んだのではなくて
巻き込まれたのは実は 私のほうだったのだろうか
あちらの業の深さに。
そう。中途半端な 覚悟のなさのまま周囲をのみ込んだのは…
だけどそれは当事者以外 だれも知らないこと
私はすべてを背負って貝のように口をつぐんでいるしかないから。
墓場まで持って行かなきゃならないからなぁ。
あえて、ババひいて。
それは自分が覚悟して、
自分で選んだことだからいいけど。
それにしても
この、自分の居場所がないなぁという感覚を どうしてくれようか。
徒然
私にとって「過去」に近い過去も遠い過去もないかも。
過去は過去。
「いま」だけがリアル。
過去はFIXされてしまったモニュメントに過ぎない。
魂の片割れのようなある人との出会いがあり
予期せぬ別れがあって
しかも それが双方にとって本意ではなく、
まるで不慮の事故で引き裂かれたみたいなものだったから
脳死になっちゃった身体に奇跡が起こるのを諦めきれないかのように
ずぅっとずっと引きずっていたんだけれども
最近、とうとう「奇跡は起きない」と観念して
自分で「生命維持装置」を外しちゃったのだな
その時を境に その人を「過去」に変えていった私。
「過去」になったものは私の人生にはもう影響を与えない。
与えさせてはいけないのです。
私にとっては、20年前だろうが1年前だろうが 過去は 過去…
私は自分でそれを「リアル」でなくしたんだから。
うん。
かなしいけれど、私は「手に入らないもの」の為に泣くことはしない主義だ。
それは無駄なこと。
どうにもならないことの為に泣いたりしてはいけないんじゃないだろうか…
そのかわり、じたばたしたら、どうにかなる可能性がある場合は、
とことん粘るけれど
やるだけやって、「これはダメだ」と見切りをつけたら
すっぱり諦めるんだ
有り得ぬ奇跡が起こるかも知れない、と待ち続けることは苦しいです。
しがみつくのは自分が情けなくなるだけです。
財布を落としたら一応交番には届けるけれど
状況的に絶対にお金が戻らないと解っているときは
その場でATMに行って、
なくした同額のお金を 別の財布に入れて
何もそこに起こらなかったことにする主義。
ずっとそうしてきた。
感情にまかせたら、嵐の海に飲まれる小舟みたいになっちゃうから
あえて合理的に理屈だけで処理する。
それが
自分の気性の激しさを、手なづけるために
私が自分で身につけた方法論だもの。
後悔しちゃだめ。
でも もし あとになって奇跡が起こったらどうするの?
(んーまだそんなことを 言うか!>自分。 馬鹿っ )
その時はその時。
自分の心に質問して 帰ってくる答えを聞き間違えないようにするだけだ。
大事なのは そのことだけ。
言葉の玉手箱;「★詩と言葉」
過去は過去。
「いま」だけがリアル。
過去はFIXされてしまったモニュメントに過ぎない。
魂の片割れのようなある人との出会いがあり
予期せぬ別れがあって
しかも それが双方にとって本意ではなく、
まるで不慮の事故で引き裂かれたみたいなものだったから
脳死になっちゃった身体に奇跡が起こるのを諦めきれないかのように
ずぅっとずっと引きずっていたんだけれども
最近、とうとう「奇跡は起きない」と観念して
自分で「生命維持装置」を外しちゃったのだな
その時を境に その人を「過去」に変えていった私。
「過去」になったものは私の人生にはもう影響を与えない。
与えさせてはいけないのです。
私にとっては、20年前だろうが1年前だろうが 過去は 過去…
私は自分でそれを「リアル」でなくしたんだから。
うん。
かなしいけれど、私は「手に入らないもの」の為に泣くことはしない主義だ。
それは無駄なこと。
どうにもならないことの為に泣いたりしてはいけないんじゃないだろうか…
そのかわり、じたばたしたら、どうにかなる可能性がある場合は、
とことん粘るけれど
やるだけやって、「これはダメだ」と見切りをつけたら
すっぱり諦めるんだ
有り得ぬ奇跡が起こるかも知れない、と待ち続けることは苦しいです。
しがみつくのは自分が情けなくなるだけです。
財布を落としたら一応交番には届けるけれど
状況的に絶対にお金が戻らないと解っているときは
その場でATMに行って、
なくした同額のお金を 別の財布に入れて
何もそこに起こらなかったことにする主義。
ずっとそうしてきた。
感情にまかせたら、嵐の海に飲まれる小舟みたいになっちゃうから
あえて合理的に理屈だけで処理する。
それが
自分の気性の激しさを、手なづけるために
私が自分で身につけた方法論だもの。
後悔しちゃだめ。
でも もし あとになって奇跡が起こったらどうするの?
(んーまだそんなことを 言うか!>自分。 馬鹿っ )
その時はその時。
自分の心に質問して 帰ってくる答えを聞き間違えないようにするだけだ。
大事なのは そのことだけ。
言葉の玉手箱;「★詩と言葉」