姐の部屋 -80ページ目

眠れない夜(死んだ子猫のことなど)

神経が高ぶっているのかな。
 
あれこれ考え事をしているうちにこんな時間になっちゃった。
 
明日は目の下に隈を作っていそうだな。
 
 
音楽を再開したことで 車輪が思いも掛けぬ方向に動き出しているかもしれない
 
眠っていた魔物が目覚めたみたいに
 

 
今日は蓼科を昼に出発したが思い立って、八ヶ岳山麓にあるペンション経営している知人のところに立ち寄った。
ここにはうちの黒猫(9歳)のお兄ちゃんのお墓がある。
忘れもしない2002年のGW。
当時住んでいたマンション近所の里山遊歩道を友人と散歩していて遭遇した、
生まれたての、まだヘソの緒と胎盤を引きずった ハツカネズミほどの赤ん坊猫3匹。
 
発見したのは前を歩く中高年女性のグループだったのだが、
彼女たちは「かわいそう」といいながら、
なんやかやと言い訳ばかりして何もアクションを起こさなかったので
ぶち切れた私が後先考えず保護して帰ったのだ。



 

命が先だってば。
置いといたらカラスに食われるか干からびるか犬の餌だ。
四の五のいうより、まずやるべき行動を取れよ!!
生まれたての子猫は自力で排泄も出来ない。
(母猫が肛門などを舐めてやることで、排泄が出来る仕組みになっている。)
 

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うちにだって、規約で1匹しか飼えないはずの猫がすでに3匹いた。
3匹保護したけど里親を探さざるを得ない。
 
そんなGWの幕開けだった。
すでにGW中に、猫連れでそのペンションに出かける予定だったので
赤ん坊猫3匹も連れて行ったのだった。
 
そして、惨事。
 
ケージの中で兄弟2匹に乗られて「オレンジちゃん」と名付けていた子が窒息死してしまったのだ。
気づいた時は虫の息。
オーナーに聞いてオーナーかかりつけの獣医に連れて行ったが
獣医も助からないと判断した。それでも点滴をしてくれ、出来るだけのことはしてくれた。
 
目を離さないよう、壊れ物を扱うようにずっと見ていた。
息はしていた。
だけど ほんのしばらくの間目を離していた間に、
吐瀉物を喉に詰まらせて 死んでしまった。 
 
 
人災だと自分を責めた。
ケージの中に寒くないようにと分厚く敷いた敷物がそもそも事故の温床になった。
しかも側に居たのに異変に気づくのが遅れた。
その上に、一瞬蜘蛛の糸一本でつながるかもしれなかった命を、目を離したせいで絶望的にしてしまった。
 

さっきまで、暖かかった小さなもの。
一晩 どうしても信じられず ベッドに亡骸を寝かせて 一緒に寝た。
 
翌朝 冷たく固くなっていた。
 

オーナーが庭に埋葬してくれた。
 

それからずっと毎年命日に通っていた。
でも夫がサラリーマンに転職し、多忙で休みが取れなくなって、
上2匹が老齢になったことも加え、ここ数年顔を出していなかった。 

 
もう、うちのクロは9歳だ。
残ったもう一匹は良い里親さんの家の子になった。
オレンジちゃんの、あの時の診察券はまだ家のリビングの壁に掲げてある。
 
私が死ぬまで 忘れないために。
 



ペンションで オーナー一家3人を観客に、
BACHの無伴奏チェロ組曲第1番のプレリュードを弾いた。
オレンジちゃんの慰霊だった。
 



 
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【当時の育児日記】









言葉の玉手箱;「★詩と言葉

猫好き専用:★猫雑貨のまたたびSHOP

心の備忘録

心に浮かぶうたかたの想いを、消えるにまかせられる人なら良かった。

いちいちコトバにして記録したがるのは悪癖かもしれないな。


私はそれらを見過ごすことができない。
コトバにしようとすることで、感じた物事に正面から向き合いたいのかな。
何のため?

自分をきちんと知りたいからかな?
自分の主人は自分だから、主人としてきちんとすべてを理解し把握し、できることなら納得したいのかな


自分が感じたものの正体をいつも知っていたい。無意識でいたくない。それは「悪」だ。



ああ。まとまらない。
これは、備忘録だな。

蓼科にて(酔っぱらい注意)

ミュージックキャンプ二日目。

受講生は最年長でも26歳くらいで大半は小学生から大学生(音大生)。どうしよ、自分(笑)
音高生になりそこねた出来損ない。


でも昨日のガラ・コンサートの興奮は、不安でナーバスになっていた心をねじ伏せた。

人という、いびつな存在が、その肉体を使って生み出す、肉体を超えた魂の領域に踏み込んだときに生じる胸が締め付けられるような美。

祈りのように奥底に切り込んでくる、あれは何と表現すればよいのだろう。



どんなに巧みでも、「外側」でいられる音楽がある。
一定以上の技術は必要条件だが、十分条件ではない。
心を突き動かすのは技術そのものではない。



演奏する側の末端であっても、演奏する側にいることは、切なく重く自分の心にのしかかる。

こういう切なさって、プロにはわからないだろうか?

池に映る月に焦がれるようなものだ。


それでも、音楽という魔物に好き好んで我が身を呑み込ませた人達と何かをシェアする歓び。


密室に閉じ籠っていた去年。幸か不幸か(個人的には極度の不幸)、楽園での居場所を失い、半分神経症患者状態で暗中模索しているうちに、自然と道中に撒き散らした因果の種子が芽吹き、勝手に新しい渦になってきているのだろうか。

ホテルで独りでペレーニの無伴奏のDVDをながめながら、スパークリングワイン飲んでる酔っぱらいの戯れ言。



チェロ弾きたい。
早く朝になれ。