姐の部屋 -75ページ目

戸籍 をみんなでもてあそぼう(?)

世の中の人が案外戸籍制度について知らないことに
ちょっと驚く。
 
その前に、私自身のスタンスは
「戸籍制度なんかいらない。住民票だけでいい」である。
データベース設計としての不備が目立つし、実態にそぐわないからだ。
 
 
なんで戸籍関連に詳しくなったというと3度の結婚の賜物である。
特に離婚時かな。
それと、波瀾万丈の実姉の体験もあるかもしれない。

戸籍と改姓の問題(これは夫婦別姓問題に連なる)、結婚、離婚、果ては朝鮮人問題まで。


ひとつずつ話そう。 


【1】実姉と「朝鮮人」。
今はやっと落ち着いてるけどこの人が、また、波瀾万丈で
20代の頃に、とある大事件を起こしたあと
長らくいわゆる「内縁関係」の夫と暮らしていた。
 
その相手が、北朝鮮の人。
ただし日本で生まれ日本から出たことがない。
在日、と俗に呼ばれる立場。

※北朝鮮国籍、とは書かない。
 なぜなら日本国内には理論上北朝鮮国籍の人間は存在しないことになっている。
彼等は国籍的には「韓国籍」として扱われる
 詳しくは 在日国籍の摩訶不思議──「日本には『北朝鮮籍』は存在しない!」の冷静なレポートが解りやすいので是非読んで下さい。 もうひとつこちらの記事も参考になると思います。
 

国籍がないようなものなので戸籍上の法律婚が出来ない。
それをしようとしたら、大変にややこしいことになるのだ。
子供が生まれたらもっと面倒。 


余談だけど、そのうち私が会社の同期の男性と恋愛関係になり、最初の結婚をすることになった。
親抜きで当人同士で式場まで決めてきてしまってから、
初めて双方の親に紹介したのだが、
その時問題が起きた。
「朝鮮人の血が身内に入るなんて」という相手両親の大反対だ。
うちの両親はリベラルなインテリって奴なのでそんなことは言わない。
彼の方が自分の親がそんなことを言う人間だったとは、とショックを受けていたようだ。
まあ私のこの性格なので、押し切ったが。 

だって20歳過ぎてたら当人同士の意思だけで結婚できるから親なんかどうでもいいもの。
親が子供の幸福を願ってるというなら、いずれ折れるはずだから。
(なので親が反対するから結婚できない、っていう感覚は謎です)


 
残りはもろもろの×(離婚)やら○やらの中で突き当たったこと。
 
【2】最初の結婚と改姓・本籍地問題

最初の結婚では、
上に書いたように1から10まで当人たちだけで勝手に処理した。
相手の男が「ごく平均的」な価値観の男だったのもあり
戸籍に関しては疑問も持たずに、多くの人が選ぶように
私が彼の名字になることを選んだ。
 
ここで色々考える契機が訪れる。

A)姓が変わることで被る不便と不利益に直面

B)本籍地についての意見の衝突


Aについては初回結婚で経験値がなかったからヘタを打った面もある。
単に名義変更の嵐にへとへとになったというのが一つ。 
会社の手続きはもちろんだけど、複数の銀行口座から生命保険、クレジットカードetc
 
名前が変わることでプライベートを話したくない仕事相手にまで結婚が伝わる。
今でこそ通称名で旧姓で名刺をつくって活動するのは普通だけど、
当時は今とは比べものにならないほど「旧い世の中」だったのだ。 

一番ヘタを打ったのはクレジットカードだ。
彼が大阪支店に転勤になっていた状態での結婚で、事情があり年末に退職、2月に結婚、4月から仕事再開、というかたちだった。
無知な私は馬鹿正直に籍を入れた時点でクレジットカード会社に名義変更の連絡をしてしまった。
彼等は無職の人間からはカードは取り上げる。
私はカードを失った。
仕事再開まで放置すればよかったのだし、
引き落とし口座の名義を変えなければ良いだけのことだったのだ。

自分の馬鹿正直にも呆れる。なんて世間知らず。

 
まあ名前を変えることは、やったことがない人には実感できないほど面倒なものなんである。
 
で、夫婦別姓問題などへの関心が高まった。これは次の離婚の話で更に強まる。


B)戸籍婚っていうのは,要するに夫婦単位で新規の戸籍をつくるということだ。
 で、本籍地っていうのは、その戸籍の元データをどこの市町村役場に置くか、以上でも以下でもない。
 
 私の親のような旧世代では、実家の本籍地をいつまでも動かさないことが多い。
 私の家では、本籍地は「杉並区」だった。

 すごい昔に父の親かなにかが住んでいたことのある住所。
 何十年も誰も関係社の住んでいない住所である。

 不思議だった。自分に縁もゆかりもないそれは、いわば「架空の場所」と変わらなかった。
 何かの手続きで戸籍抄本が必要なときにいちいち荻窪まで出向くのがとても面倒で嫌だった。
 

 本籍地なんて、日本国内に実在する住所なら
   「皇居」だって登録できるんだよ!
    知らないの?


 彼はといえば「当然のように」自分の実家の本籍地を登録するものだと信じて譲らない。
 
 ばっかみたい!  と私も譲らない。
 まあこれも、押し通したけどね。 だって不便だもの。
  

 私はその後一貫して、
 本籍は住民登録地と同一にしている。引っ越したら本籍移転
 この方が絶対便利。おすすめである。
 

【3】最初の離婚と姓の選択
 
さて、3年後の離婚時に戸籍をどうするかという問題にまた突き当たる。
 
離婚する時は、夫婦の戸籍の戸籍筆頭者でないほうが外れて、単独の戸籍を作る。
私たちの場合は夫が元の戸籍に残り、そこの私の名前に×がつき、(これがいわゆる×イチだの×2だの)
私が単独の戸籍を起こすことになる。
  
この時選べる姓が2種類。私の親の姓と、夫の姓。
一度夫の姓で作れば改姓は、ほぼできない。

また名前を変える面倒が嫌で、改姓しないことも考えたが
「再婚して子供でも出来たら、昔の夫の姓のままってイヤじゃない?」
と友人に助言され、悩んだ末、元の姓を選んだ。

余談だけど、名刺の氏名が変わったら、お客さんが皆 「おめでとうございます」って言ってくるのね。

  姓が変わる→ めでたく結婚

という発想なのね。 離婚だよ、って正すと困った顔するの。
別に気にしなくてよいのにね。
離婚でおめでとう!ってアリだと思わない?



【4】2度目はとばして3度目のいま

 
いまの彼とは戸籍婚するつもりではなかった。
 
何回かの経験により、子供もいないなら別に戸籍どーでもいいじゃん、という認識だったこと、
いわゆる事実婚の概念も世に広く認知されていたし、
私の親にも「もう籍入れんのやめたら(--;)」と突き放されたこと、などなど。
(大体 2度も親友から御祝儀を"だまし取った”ことになるんで、3度目はお披露目も一切しなかった)
 
 
ただし 親の籍に入ったままだった彼には「分籍してくれる?」と言って
分籍してもらったけどね。
 


10年以上前は 住宅ローン借りるのに戸籍婚の必要はなかったし、
とにかく「実害」は何一つなかったのである。
 
婚姻25年過ぎたら発生する不動産の贈与の非課税分についても、
住民票を一緒にしてあれば「内縁」の証明になり、
法律婚と全く同等の権利が生ずるし。

 別に何も困らないじゃん?
  
なので長らく住民票のみ一つにし(住宅ローンの手続き上最低限必要だったため)
戸籍は放置してた。
 


それがあるとき法律婚に切り替わった理由は、「住宅ローンの借り換え」
 
まあ身も蓋もない話だが、金利に負けたとでも言っておきましょう。
 
私はいいかげん戸籍はどうだろうが良かったので、
「入籍」しようがしまいが良かった。
イデオロギーを振りかざして事実婚主義を貫く!という段階ですらなかった。
 
「どっちでもいーわ」

だから合理的な理由があるなら、別に戸籍をいじっても別段かまわなかった。
 
で、銀行が融資条件にそれを持ち出したので、あっさり応じただけだ。

ただ、この時、彼と話し合って、彼が姓を変えることにした。

私の言い分。

「わたしは2往復名前を変える体験したからさ。
 あなたは一度も経験ないんでしょ?
 この先滅多に出来ることじゃないから、やってみたら?」


彼も家族と「切れて」たクチだったんで姓に執着があるわけもない。
めでたく彼に改姓していただく運びとなった。


彼にとっても、なかなか面白い体験になった模様である。

 


まとめ



…みなさん、20歳過ぎたら日本国民は誰でも自分単独の戸籍を持てる、って知ってますか?

何も結婚しなくてもね、
親の籍から抜いて自分一人の戸籍を作れるんですよ~
分籍、っていってね。
 
住民票も同じ事です。
同一の住所に 別々の住民登録できますからね。

皆が20歳になったら分籍し、
本籍も自分の好きな住所に変えたら
日本は変わるかもよ。

 
正直言って電子化の進んだ昨今、市町村単位で戸籍の原本を管理することも無意味だと思うから、「本籍地」という属性もなくしちゃえばいいんだよ。
国のDBサーバー(もちろん冗長化のため、分散DBにする。)に集約出来るんだから。
そもそも戸単位でデータを管理するというのが実情にそぐわないのも長年指摘されていること。
住居単位なら住民票で管理可能だ。
血縁関係の管理はDB設計をそのように外部キー設定しておけば簡単に検索可能だ。
 
国民総背番号制をどうたらいうなら、戸籍制度の撤廃まで含めて議論してほしいね。
戸単位の管理をやめ、個人単位の管理に置換する。
 

もひとつ。

ここでデータベース用語を使って説明する。
 
DBにおいて1単位の情報のカタマリをレコードという。
通常、そのレコードを一意(UNIQ)に検索可能なINDEX項目として「主キー」を設置する。
 
戸籍は巨大なDBであり、
主キーは戸籍筆頭者の氏名である。
1レコードは筆頭者をはじめとする人名リストである。
通常親子関係もしくは夫婦関係にあるものを登録している。
 

ここでDBとしての重大な欠陥がある。
  
不変でない属性のものを無理矢理主キーにしているため、
主キーに変動が起こったときに全く対応できないしくみになっている。

具体的には筆頭者の死亡だ。
 

Aさんが筆頭者の戸籍に、妻・B子、子・C太郎が登録されているとする。
Aさんが死去するとどうなるか。
 
現在の戸籍DBでは死去した亡霊をそのまま筆頭者に据えざるを得ない。
死んだ人間がいつまでも筆頭者に居座るわけだ。 
ここに「未亡人」という言葉の語源が存在する。
B子が筆頭者に置き換わることは出来ないしくみだ。 

 
おかしいと思わない?
 
仕様の欠陥です。これ。
 
ひとり1戸籍にしちゃえば死亡と同時に戸籍抹消で事足りるのよね。
 
 
そうやって実質的に形骸化しちゃえば、実害も減ってゆくんでは、と思う。
 

皆がもっとCOOLでDRYになればよいのです。

だって、そうなって困る理由なんか、論理的に説明できないでしょ?



どっかの大臣みたいに、家族が同一の姓でなければ一体感が損なわれ社会が混乱する、
なんて非論理的な発想をする人ならともかく。


ね。


先の心配より、今できることを

アリとキリギリス、では、アリとキリギリスの折半で、ややアリ寄りと思う。
 
「老後の充分な蓄え」にはほど遠いけど(全く足りないだろうなぁ)、株貯金はしてる。
 
住宅ローン、ばっちり抱えちゃってる。
 
堅実なアリさんなら、節約節約で貯蓄に励んで、
そろそろ完済してても良いんだろうけど、
ぜーんぜん無理。 
配偶者は私どころでないキリギリスだ。
節約、なんて言ったらストレスでマジ切れして、流血事件になりかねないほど、そういうのはダメな人。
ストレス与えるよりは、ゆるめでやってる方がよかろう、ということで、どんぶり勘定な家計運営である。
 
 
私が失業してなければ、ゆるゆるでも良かったのだが、
失業中である。
このままだと、復帰できるのかも怪しい。
というか本人に復帰する気があるのか?と問いたい、といった方が正確だ。

 
そうすると家計は相当厳しいことになる。
のだが。
 
あいかわらずテキトーな運営である。 
いいのか。
 

特に今年になって私の音楽に、
私は株の配当やら自分の備蓄やらを
湯水のようにつぎ込んでる。
 
今月からピアノまで習い始めた…orz

今9年目の車も、いつかは買い換えなきゃならないから
本当はそういう資金に充てなきゃいけない、
と理性が囁くのだが、
私って、後先を考えているようで考えていないのだろうか?
 
いや、考えていないようで、
絶対破綻するまではやらないぞ、と心のどこかでは思ってるんだから
やっぱり実はそこそこは考えているんだろうか?
 
 
でも、でもね。
自分の考えをここで整理してみよう。

  
私は若くない。
音楽を再開した年齢を考えても、
とにかく出来る環境のうちに
できる限りの訓練を自分に課し、
その為の投資もおこない、
1歳でも若いうちに、色々やっておきたい。
 

病気になったら全部吹っ飛ぶけど。
大地震が来ても吹っ飛ぶけど。

それは、来るか来ないか未確定なもの。

それに対して、
自分がどんどんトシを喰って覚えが悪くなって
体力も低下して
出来ないことが増えていく、
というのは確定要素。
 

未確定要素 < 確定要素

これが自分の優先順位。
 

カネで若さと体力は買えない!

 
たとえばスキー三昧してた30代半ばは、お金も有り余っていたが
体力も時間ももっとあった。
今 お金が出来たって、
サラリーマンになっちゃった配偶者には時間がないし
二人ともいい加減、体育会系ノリで滑りまくる気分でもなくなってる。
まあ、お金、ないけど。 


すごく遠回りして、自分は音楽を再開したんだから
とにかく一刻の猶予もない、って気分でいるんだよな。 



ただこれは私ひとりだけの価値観と都合であって
配偶者どのには迷惑な話かもしれないなぁと後ろめたく思う。 
私はとっても自分勝手と言えるんだろうなぁ。
今のところは株の配当などをやりくりして、
ぎりぎり回している。
 

とにかく出来るうちに出来る限りのことをやる…
若い頃にお金をつぎ込んで、こだわり旅行をしまくったみたいに
お金が残らなくても、
自分のなかに資産を蓄積するんだ!
 
 

仕事やってたころに研修の生徒によく言ったものです。
新人のうちなら、戦力外だから休みも取れる。
お金は余りないだろうけど
借金してでも、自分に投資しなよ、って。
 
大旅行でもいいし、良いコンサートや良い映画を沢山見るんだっていいんだけど、
とにかくお金がないから、っていう理由で見送らない方がいいよ、って。

お金が出来た頃にはヒマがなくなってる。
ヒマが出来た頃にはお金がないか、身体能力が低下してる。 

カネで買えないのが今の若さだから、ってね。


(まあ こんな風に自分を励ましているだけなのかも。
ブレーキ壊れた車で首都高運転してうような不安定さ。
 いつ私はハンドルを切り損ねるだろう、という
 恐怖感みたいなものを忘れるために、
 こんなふうな練習中毒になってるみたいだ。
 どこまで耐えられるかな 
  わーっと叫び出したくなるけど、
叫び声をあげた瞬間に全部崩壊してしまいそうだ。
いつか崩れるんじゃないかって 恐怖はあるな)



デュ・プレの2番




実はデュプレはハイドン、ボッケリーニ、エルガーなどは子供の頃から聴いていたのに、BACHは聴いたことがなかったのです。
 
たまたまYouTubeで見つけた2番の音源。 

ものすごくいい。
一番自分にしっくりくる2番だ。
 

シュタルケル、ジャンドロン、フルニエ、シャフラン、トルトゥリエ、ロストロ etc
家族が「もうBACHはやめてくれ」と悲鳴をあげるほど 聴いてきたんだけど…
 

同じ女性のBACHだからなのか?
 

AMAZONで衝動買いしてしまった。
 


ジャクリーヌ・デュ・プレ~EMI完全録音集(17枚組)