姐の部屋 -60ページ目

誰かに届く

音楽と詩が私の2つの軸、とどこかで書いた気がする。


詩のHPは私の心に根付いた詩人たちのことばを紹介し、
また自分が高校の頃からずっと書き続けてきた、自分の作品もまとめてあるのだが
ときおりコメントを残していってくれる方がいて じんとくる。 
 
顔も名前も素性も知らないどこかの誰かと、交差する一瞬。
 
大空に放った風船が知らない土地の誰かに届くようなもの。
 

私の人生の一部になったコトバたちを誰かと共有できた感覚。
 
 
私の作品に拍手を残して行ってくださったどこかの誰か。 


真っ黒な
あてどない宇宙の中で
全てから疎外されたように、ぽつんと佇む自分に
遠くの小さな星が 微かにまたたいているような感覚になる。
  

誰かに届け

 

モチベーション低下中

3・24で燃え尽きたかなぁ
頑張って頑張って あの程度しかできない自分!… 
再起するにはチャージが必要?
 
本番やるたび、僅かな自信が再び打ち砕かれるのである。
 
どっから手をつけたらいいんだー!
この言うこときかない両手君!
 
まじめにチェロ用の筋トレが必要かも。
 
弓の先につける重しとかないかな。
大リーグボール養成ギブスみたいなのとか!

 
目下、意気消沈しつつ、ゆるゆるの日々を過ごしております。
 
外界の色めき立つ「春」に心奪われてストイックに練習が出来ないでいる。

辛夷の花

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裏の小さな公園に辛夷の樹がある。
人々が満開の梅を愛でたあと、桜はまだかと浮き立つ頃に、ひっそりと咲き誇るこの樹が好きだ。

山の樹というイメージがあり、芽吹く前の里山に、白木蓮より小ぶりな花を、白木蓮より雄大な樹に一面につける。
そして、あの香り。


19の時、6つ上の物静かな恋人が好きだった花。
「こうやって下から見上げると、蝶々みたいなんだよ」と言っていたが
満開になった辛夷の樹下に立って見上げると、
まさに、水色の空を背景に無数の白い蝶が舞っているようだ。
 

なんかこの何年か 胸にいっつも針千本刺さってる感じだ。
 
英語で言えば depression?

色々なことがありすぎたから、ともいえるが、
ひとつの出来事からダイレクトに引き起こされるような単純なものではなく
長年積もったものによって根深いところが浸食されているような気がするから
脱出できるような気が全くしない。
 

音楽…
音楽ごと放り出してしまえば、色々なことが軽くなるだろうか?
でも 同時に、ますます空っぽになりそうだよな。
 
言葉…

言葉は大切だ。
 
こうやって言葉で綴ること、記録すること、
この記録は自分にとってとても重要だと感じるから。
 

泣き言を人に吐けるほど 誰かを信じていないしな。
そんな気にもならないしな。
 
公共広告機構の自殺防止キャンペーンの昔の広告のコピーで
次の角まで、そこまできたら また次の角まで… そうやって生きてゆく、みたいなのがあった。
広告論の教科書で見たんだっけな。 

まあ、そういうことだ。
 
そうやって目の前のとりあえずたどり着けそうな未来までたどり着くこと。
そうやって芋虫のように少しずつ時間を消費しているうちに
いつか終点(死)にようやくたどり着くのだろう、みんな。
  

疎外感を感じずに生きて行ける人は幸いだ。
  

疎外感とどうやって折り合うか。 それが問題だ。