おはようございます。

 

河西です。

 

ぐっと冷え込んだ昨日、私は早々ニットを着てしまいました。

 

11月初旬の寒さだったようです。

 

今回は、#保育園にはいりたい!で仲良くしていただいた、井上さんが書かれた記事が

 

「建築とまちづくり」に掲載されたということで、先日その本を井上さん本人にいただき、何度も熟読。

 

皆さんが考える

 

男性が取得する育児休暇はどのようなイメージでしょうか?

 

私の周りにいる、未婚・既婚老若男女問わず500人にアンケートをとってみました。



500人中60名ほどがナシ!だそう。

意外に多くてびっくり。

 

とまぁ…このような結果です。

 

深く聞いてみると…

 

「確かに、育休ほしいけど…社会的に居場所が…」(20代男性)

 

「男性の育休なんて理想論に過ぎない」(20代女性)

 

「結婚して家事育児は女性の仕事。女性は何でもやってしまう。男性は気づかない人が多くてかえってイライラする。」(30代女性)

 

「家事はしたことあるけど、育児は無理」(30代男性)

 

40代以上の方々は、ほぼ

 

「男性の育児参入って??」

 

というような答えが多かったです。

 

しかし、反対に10代の子に聞いてみると

 

「りゅうちぇるみたいな父親かっこいい。男も女も関係なく子育てしたいし、関わりたい」

 

なんて答えも聞こえました。

 

井上さんの記事の中にも、男性として育児休暇を取ることに苦悩をしたことが書かれていました。

 

周りは仕事をしている。

 

後ろめたさを感じることはないけれど、日本という社会は

 

「男性は仕事・女性は家事・育児」

 

という古い考えが未だに根付いている。

 

でも、井上さんの心の支えだったのはお子さんの成長。

 

子どもは、一日一日成長する。

 

昨日できなかったことが、今日はできていたり。

 

私達の感じる1年が、子どもでは1日なんですよね。

 

それくらい貴重です。

 

そこに重きを置かない人が本当に多すぎる。

 

子どもの成長よりも、会社の地位や場所を守るのってもったいなくないですか?

 

と思うんです。

 

そして、なによりも井上さんが凄いなぁ…と感じたのは、奥さまのことをしっかりと考えていること。

 

奥さんが、社会で活躍する姿を傍らで見守りたいという気持ちが強かったそうです。

 

結婚した当初は、同じステータスで働いていたのに、子どもを授かるととたんに、女性は社会から追放されてしまう。

 

どんなにキャリアがあろうとも、出産育児があれば、会社から置いていかれ、戻れば居場所がない。

 

私の知人でも、こんな経験をしている人が沢山います。

 

だから、「子どもは産まない・育てたくない。」

 

その状況を見てきた周りにいる人は、「子育て」について「キャリアがなくなるだけ」とマイナスイメージを持つ人もいます。

 

しかし、井上さんのように出産しても、きちんと子育てを支えたり奥さんが働くのを守り続けたいと考える人がいたらどうでしょうか?

 

少しは考え方が変わりませんか?

 

男性が守りたいように、女性だって、キャリアを守りたい。

 

出産したから、女性は全てを犠牲にする義務なんてはじめから無いはずです。

 

女性の立場になって考えて、そこから

 

「男女共同参画」がスタートすると言っても過言ではありませんよね。

 

私の父も、建設業をいとなんでいましたが、私達が幼い頃は、毎日仕事仕事で、子どもと関わる暇がなく、「もったいないことをした」と嘆き、今は孫の世話を率先してみています。また、建設業界で男性の育児休暇はなかなか取得する人はいないのですが、自分が育児に関われなかった事を後悔したこともあり、昨年度会社の職員に子どもが誕生したんですが、「育児をするように」と、男性の職員に育児休暇を勧め取得させたそうです。

 

周りからはびっくりされたようですが、私はそんな父の決断に、「なんて素晴らしい会社なんだろうか!!!」と、嬉しく思い、父を誇りにさえ感じました。

 

 

上が変わらなければ何も変わらない

 

これは本当です。

 

保育系のアプリを開設していて、そこで代表を努めている知人がいるんですが、その知人も実は、かなりの育児マスター。

 

奥さまはやはり、キャリアのある仕事で、出産したらすぐにでも復帰をしたいと知人に話していたそう。

 

出産し、すぐに復帰をし、知人が育休を取得。

 

その背景にはやはり、井上さんと共通して、

 

「奥さんの立場も守り、支えたい」

 

という気持ちがあったそうです。

 

育休が終わってからも、育児に率先しているようで、仕事は18時まで。残業はしない。買い物をして、料理をして、子どもと食事をして9時には寝る。朝は5時に起きて、家でできる仕事をこなす。自分もですが、奥さんにも自由な時間を作れるようにしている。

 

とのこと。


 

イクメンという形だけに持て囃されているのではなくて、育児をとことん楽しむ姿に感激してしまいました。

 

また、彼は

 

「自分の社員にも積極的に、育児休暇を取得してもらい、そこから、夫婦で協力して育児を楽しんでいってもらいたい。出産・育児は、女性任せにするものでは無い。」とも話していました。

 

私は、男性の方向けにもセミナーをするのですが、

 

「育児に一日どのくらいの時間を費やしていますか?」と質問すると大体の方が

 

「30分?」「1時間あるかないか…」という答えが返ってきます。

 

確かに、働き方や労働時間に加えて、付き合いや通勤時間をいれてしまうと、家にいる時間が少ないので仕方ないのかもしれません。

 

しかし!

 

 

働きながら育児も、家事もしている女性は、

 

 

1日は24時間。

 

子どもといる時間は、働いているとしても4時間。

 

4時間×週5日勤務だとして=20時間

 

20時間×1ヶ月は4週間=80時間

 

週休2日と考えて、24時間×2=48時間×4WEEK=192時間

 

192時間+80時間=272時間×12ヶ月=3264時間

 

3264時間を育児や家事に費やしているとなります。

 

反対に男性の場合。

 

30分×5日=2時間半

 

2時間半×4WEEK=10時間

 

休みの日は4時間子どもを見るとしても、4時間×2日=8時間×4WEEK=32時間

 

10時間+32時間=42時間×12ヶ月=504時間

 

 

 

 

女性=3264時間

 

男性=504時間

 

この差は、2760時間。

 

びっくりですよね。

 

では、今後の社会にどのようなアプローチが必要か?

 

それは中学や高等学校で、育児に関しての授業を取り入れていくのが大切だと思います。

 

また、保育園などの施設で職場体験をいまよりも積極的に取り組んで行くことも大切だと思います。

 

社会に出てからも同じことが言えて、会社の研修で保育園を訪れたり、育児に関しての攻守を受けさせたり…いかに、育児が大切で夫婦で共同して行うのが大切化をアプローチし、海外と日本の育児の差をアプローチするのが大切かもしれません。


『男性脳・女性脳があるから、男性は育児には向いていない』


と、決めつけてしまうのではなく、関心を持たせて、男性なりに育児を支えること。


このように考え方をシフトチェンジすることは出来るはずです。

 

子どもにも私達にも、住みやすい街というのは、建物だけでは成り立ちません。

 

環境をしっかり整える。

 

先ずはそこが一番大切になってきます。


井上さんは、最後に国レベルで取り組んでほしいと綴っていましたが、私も同じで、育児に興味を持たせるために、一時的な流行りの言葉で誘うのではなく、何故育児が大切なのか?そこにきちんとクローズアップして、それによって子どもの育ちにどんな影響があるのかを伝えていってほしいと思います。

 

 

5年後10年後、街では子どもを抱っこ紐で抱くのが当たり前になっていたり、お父さん同士が「育児休暇は休暇じゃなくて、子どもを育てる側の大切な時期であり、立派な仕事なんだ!」そう話し合える未来が来ることを私も願います。

 

自分の子だけではなく、子育てはみんなでできる時代になることを同時に願いながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん、おはようございます。

 

今週は、傘の出番が多いそうです。

 

台風も接近しているようなので皆さん気をつけてくださいね。

 

さて、今日は昨日のテーマの後半です。

 

後半の講師は、スマートニュース メディア研究所 所長の瀬尾さんです。

 

私自身も、HANAKOママ(マガジンハウス)にて、連載をしていて、普段は3000PV数位なのですが、たまにスマートニュースさんで取り上げていただける時があり、そうすると、PV数が一気に30000PVまで膨れ上がります。

 

ニュースアプリの凄さを改めて知ると同時に、PV数が増えるということは、より多面的に真実を発信していかなくてはならないと、身が引き締まる思いになります。

 

瀬尾さんは冒頭で、

 

情報には、メディア・政治・教育が特に重要となり、どれか1つを良くすることは出来ないが、3つを連動させて少しづつ良くしていくことは可能であるとお話されていました。

 

確かに、私達の情報でこの3つは非常に大切なキーワード。

 

うまく作用することで、最近は少しづつ変化していますよね。

 

例にあげれば、#保育園にはいりたい!運動もこの1つ。

 

現場の方々、子育て中の保護者の方々が発起人となり、メディアが報道し、政治が動いた。

 

まさに、この運動がいい例で挙げられると思います。

 

話の中で、前半の内容と重複していたのが

 

「ニュースについてすぐに反応しない」ということ。

 

必ず、中身を見て、画像であればその画像だけでなく、多面的な画像がきちんと挙げられているかどうかも、ニュースが正しい・正しくないを見極めることの1つだとも話されていました。

 

以前、震災の後にライオンが檻から逃げたという投稿。

 

あれは、ライオンが街を徘徊する様子が写真が1枚しか存在しなかったのに、1枚の写真をみんなが信じ、真実よりも、知らせるほうに先走ってしまい、大きな事故にも繋がりました。

 

とあるように、先ずは「立ち止まる」そして、「疑う」。

 

急いでリポスト・リツィートしなくても良いのです。

 

瀬尾さんの話の中に、

 

「ノンフィクションというものは、フィクションが元で作られているのだから、本当は存在しないのかもしれない」

 

とありましたが、これには妙に納得してしまいました。

 

例えば、ドラマ。

 

実際にあった体験を漫画をドラマ化したとしますよね。

 

実際にあったのだから、フィクションで良いのに、最後のテロップでは「ノンフィクション」となっている。

 

これは、脚本を書く時に、多少なりとも手を加えた。

 

手を加えたということは、大小関係なくノンフィクションとなるわけです。

 

何をいいたいのかというと、

 

ノンフィクションの中にも、多少なりとも真実がある。

 

そう思いながら、観るのと観ないのでは、情報が大きく異なるということなのです。

 

と、私は勝手に解釈してしまいました。

 

意図が違っていたら、瀬尾さん申し訳ありません!!!

 

私常々思うんですが、情報を発信する人ってきちんと調査しているのかな?ってこと。

 

調査とは、文字のごとく「調べる」わけですが、最近のニュースは、調査ではなく、切り取った部分だけを伝えているように感じます。

 

 

先日、気になったニュースがこれ

 

熱中症だったのに厚着でタバコをスパスパ。貴乃花…

 

この記事を読んで、なんて人の立場にたって考えられない人が記者をしているんだろうとびっくり。

 

まず、見出しですよ。

 

「熱中症」と「タバコ」関係あります?

 

「厚着」しようがしまいがそれは個人の自由でしょ?

 

ストレスで体温調整ができないのかもしれないですよね。


それか、代謝を上げるために自身のトレーニングの最中かもしれないし。

 

文章の途中で、お年寄りが声をかけようと近寄ったが挨拶もしない。

 

体調が回復して間もないし、プライベートに声かけて欲しくない人多いですよ。

 

本人が、「挨拶したくないんで」って言ったのでしょうか?

 

自分の主観をまず入れすぎですよね。

 

読み手に、親方に対してマイナスイメージをもたせるような書き方、これは言葉のハラスメントだなーと思いました。

 

タバコを吸おうが、酒を飲もうが、それは相手の自由。

 

タバコを吸う時に、ルールを守れない。

 

お酒を飲む時に、ルールを守れない。

 

それを守っているんだから、外野がとやかく言うのは違う気がします。

 

というように、記事がハラスメントにならないよう、「相手の立場に立つこと」は大事なのです。

 

しかし、ネットニュースにはメリットもあります。

 

それは、文字数関係なく、受け取りての人が気になれば掘り下げた内容を見ることができること。

 

私も今、まさに利用しましたが、ハイパーリンクがそれなんですよね。

 

紙面では、なかなかこのやり方は難しいですが、ネットニュースであれば、こうしたより掘り下げた文章や気になる内容を瞬時に閲覧することは可能です。

 

使い方で「味方」にもなるのですよね。

 

話の後半では、フェイクニュースに関してもお話されていました。

 

フェイクニュースが無くならないのは、私達がゴシップや噂が好きな性分をなくさないといけないことや、課金制度にも問題がある。

 

 

フェイクニュースと連携している業者。

 

発信している側は、この業者の課金で経営ができているわけです。

 

この、課金制度を改善していくことが問題に挙げられると思います。

 

例えば、業者とフェイクニュースの大本が契約をする時に、第三者が審議する。とかね。

 

もし、審査が通らなければ、フェイクニュースの大本に業者がつくことが出来ない。とか。

 

こうした措置が必要になってくると思います。

 

私も、真面目過ぎる性分故に…

 

「あなたの書いている記事や内容は真面目すぎて、つまらない」

 

とよく言わ落ち込むことがあります。

 

しかし、瀬尾さんが

 

「記事の質を上げて、社会に対しての良い影響を与える記事がこれからは生き残れる時代を作らないといけない。」

 

とお話されていたのを聞いて、過剰な装飾や発言をしないでも良いんだと認めてもらったことに安心感を感じました。

 

しかし、まだまだ取材に時間をかけた記事よりも、どうでもいいゴシップのほうが勝る世の中。

 

私達、大人が子どもたちに

 

「質のいい情報のあり方」

 

を教えていかなければならないと改めて感じました。

 

SNSが身近になり、誰しもが情報者になった昨今。

 

これだけは、気をつけましょう。

 

「記録とニュース」を一緒くたにしない。

 

世の中は、ニュースよりも記録に重きを置きがちです。

 

それを、変えていきましょう。

 

変えるのは、他人ではなく自分。

 

過剰な表現で、人を振り向かせる社会を減らしていきましょう。

 

減らすことで、より生きやすい世の中になるはずですから。

 

そして、たまたま同席だったスマイリーキクチさん。

 

御本人も、ネットで中傷被害に合われた方です。

 

根も葉もない事が独り歩きして、人の人生を狂わせます。

 

誤情報の第1発信者が借金をした人であれば、それをリツィートやリポストした人は、借金の保証人です。

 

この言葉は、本当に胸に刺さりました。

 

これくらい、情報は重要なんです。

 

 

投稿する前に、本当に投稿して良いのか?よく考えて。

 

投稿は一生取り消すことは出来ないのだから…

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは。

 

河西です。

 

本日は、毎日新聞社さんで開催された、第四回「毎日リテラシーラボ」に参加してきました。

 

前半は、下村さんの「情報に踊らされないための4つのハテナ」

 

後半は、瀬尾さんの「スマートメディア研究所(メディアをどう味方にしていくか)」

 

で進められました。

 

下村さんの授業では、4つのハテナ。

 

情報を得た時に、皆さんは一度その事実を立ち止まって考える余裕はありますか?

 

様々な体験や経験を積んできた私たちは、今はもしかすると立ち止まって考えているかもしれない。

 

しかし、自分が子ども時代に戻ったとして…

 

偽の情報を与えられたとしたら…

 

立ち止まってそのニュースが正しいか正しくないかもわからずに、周りにいる人に伝えてしまうかもしれません。

 

実際に、私も中学時代に父の会社が建設業で「○○会社」ではなく、「○○組」ということもあり、

 

「お前は、組長の息子なんだろ?」

 

と喧嘩をよく売られました。

 

名前だけで判断してしまう。

 

これも同じことです。

 

しかし、友人が

 

「いや、河西くんはの会社は、建設業で、建設の会社は○○組と表記することがあるんだよ!」

 

と訂正をしてくれたおかげで、次第にその噂もなくなりました。

 

ここで、彼が真実を知った上で訂正をしてくれなければ、きっと毎回喧嘩を売られていたことでしょう。

 

ここで大切なのは、みんなが「賛同」しないで、誰か一人だけでも「真実」を知り、伝えていくということ。

 

下村先生のお話の1つ目は、

 

「結論を即断するな!」

 

とありましたが、まさにこれですね。

 

何が本当なのかを決めつけるのは、後で良いのです。

 

「決めつけない力」を育てることは、今日からでも出来ます。

 

合言葉は、「決めつけない」なのです。

 

そして、2つ目は

 

「真実なのか?意見なのか?」

 

ということ。

 

「○○だったんだよね」

 

 

「○○だと思う」

 

では、意味がだいぶ異なります。

 

「〜だと思う」のは、意見です。(主観)

 

「〜だった」というのは、真実が多い。(言い切る・断言=真実)

 

古くからあることわざに

 

「百聞は一見に如かず」

 

とありますが。

 

聞くよりも先ずは、真実を見に行け!

 

なんです。

 

これを、ごちゃまぜにしてはならない。

 

「言葉の掃除が大切だ」とも話されていました。

 

実際に、掃除をすると…そこには中身のない内容だったり、反対に真実が見えてきたりもします。

 

ただ、世の中はどうしても踊らせたい人が多いんです。

 

実際に踊らせなきゃ稼げないから仕方は無いのでしょうが…

 

みなさんも、ゴシップやキャッチーな文言に弱い人が多いはずです。

 

しかし、そういった情報にも「要注意」なのです。

 

「踊るのは自由。ただ、周りをよく見て踊れ!そして、足元もしっかり見ろ!」

 

 

踊りながら、人にぶつかって危害を与えるのではなく、踊りながらも、自己をしっかりと持ち、足元を崩さない。自分だけが楽しむのであれば良い。他人を巻き込むな。

 

これが、大切な気がします。

 

ただ、真実にも3つの真実があり

 

間違った真実=勘違い思い込み

 

嘘の真実=情報の操作・捏造

 

本当の真実=本当なのだが、偏りが生じる

 

という柱があり、厄介なのが真実だが、真実は1つでは無いということ。

 

例えば、私の前にペットボトルがあります。

 

私は、ラベルがある前面から。

 

ラベルではなく、反対側に書かれている成分の部分をもう一人に見てもらうとする。

 

当たり前ですが、

 

見方によってそこにあるペットボトルの表記が異なるわけです。

 

しかし!

 

ペットボトルは存在するし、書かれていることも真実ですよね。

 

ただし、見方が違うわけです。

 

見方が違えば、真実も変わる。即ち、真実は1つじゃないんですよ。

 

事実だとしても「疑問」をもつ。

 

この人は、ある一面しか見ていないのかもしれない。

 

ならば、多面的に見てみよう。

 

そこから新しい真実を見つけ、自分の物にするのです。

 

実際に、私も何かを買う時は必ずリサーチします。

 

ネットだと操作されているかもしれない…そう感じた時は、とにかく店舗を歩き回ります。

 

そして、自分の足で情報を仕入れて手に入れることが多いです。

 

そこで感じるのは、やはりネットだけだと情報を得るのは難しいということ。

 

現場に行けば、実はその日だけセールをしていたり、傷がついいていたので安くなっていたり…この情報は、ネットでは出ていませんからね。

 

自分の足で調べることも大切だ!と身を持って感じれるわけです。

 

また、先生はここでも

 

「多面的に見ていく。自分と関係のないところにヒントが有る!」

 

と話されていました。

 

これは、私も常日頃から感じていること。

 

子育てアドバイザーをしていて、子どもに関わる仕事の人ばかりと付き合っていても、そこだけしか広がらないのですが、関係のない職業の人と仲良くしていると、そこにヒントが沢山あったりします。

 

それが、自分の道を広げることに繋がるわけです。

 

話の中で

 

「フィルターバブル」

 

という新しい言葉が出てきて、「何だ??」と思いながら聞いていたら、

 

このフィルターバブルとは、ネットで検索した物や事柄に似たような情報が、自分のテリトリーを埋め尽くし、関係ない情報は削除されていくというもの。

 

Siri(人工知能)に質問をしますよね。

 

すると、人工知能が主の趣味趣向を覚えて、会話を成立させるようになってくる。

 

それに近いものがあるのではないでしょうか?

 

情報の操作と考えると怖いものを感じます。

 

そして、3つ目のポイントは、「一つの見方に偏るな」です。

 

下村さんは、見る順番を変えていく事が大切だとも話されていました。

 

順番というよりか、話の前後をしっかりと見よう・知ろう。ということですね。

 

保育者離れの話で置き換えると、

 

保育者離れ=「保育士は賃金が低いから」のイメージ。

 

これは世間の方の見方。

 

しかし、実際は

 

保育者離れ=「保育者の人間関係や労働関係に問題がある」

 

なのですよね。

 

実は、「賃金」ばかりにスポットを当てすぎて、周りは見えているのか?

 

につながってくると思います。

 

賃金を上げた、しかし、離れは解決しなかった。

 

まさに、いま、この状況で、やっと労働環境にメスが入ったという感じです。

 

これも、多面的に見ていたら、もっと早く解決していたかもしれません。

 

そして、4つ目は「スポットライト」

 

これは、人の視覚的なもので、暗闇でライトを当てるとそこだけしか情報がなく、それだけを信じがちですが、実際は周りがどうなっているのか?スポットライトだけを真実だと思うなということでした。

 

その前後がどうなっているのかを想像する力を養い鍛えていくのが大切なんですよね。

 

「ナカだけでなく、ソトに気づける人になる」

 

最後に、クセを治す。

 

送りて手のクセは「起きたことだけを伝えがち」

 

受け取り手のクセは「見えているモノだけで全体を決めつけてしまう」

 

情報は、時に味方に。時に、敵にもなります。

 

だからこそ、気をつけ無くてはならない。

 

真実の中にも、見方を変えれば真実はいくつも存在する。

 

下村さんのお話は、保育園の子どもたちにもぜひ、聞かせていきたいと思いました。

 

もちろん、保護者や保育者にも。

 

そして、後半は、瀬尾さんのお話でしたが、長くなるので、また明日。

 

 

足りないものが今日はたくさん埋まった一日でした。