こんばんは。

 

台風が各地にもたらした被害…。

 

今回も凄いですね。

 

関東はこれから台風が上陸します。

 

さて、そんな雨の中、今日は私の知り合いであるYURIさんがイベントを行うということであそびにいってきました。

 

YURIさんと出会ったのは3年前。

 

もちろん、まだお子さんもいませんでした。

 

しかし、3年後YURIさんは素敵なお母さんになっていました。

 

お母さんになって思ったこと。

 

それは、こうした子どもも参加できるライブが少なかったということ。

 

まらば、作ってしまえ!!

 

というわけで、

 

「子どもと音」

 

にかけて、

 

「子と音」というイベント名が決まりました。

 

第一部は、子どももお母さんも楽しめる形。

 

しかもワークショップ付き。

 

開演すると親子連れの方々が会場に集まり、すぐに満席に。

 

子どもが好きなおなじみの曲や、YURIさんの持ち歌をミックスに行われたライブ。

 

前方は子どものために敷かれたマットがあり、お母さんやお父さんと離れる事のできる子は、その上で、一緒に歌ったりはしゃいだり…子どもなりのライブの参加をしていました。

 

お母さんたちは、ライブを聞きながら、一緒に歌ったり子どもの様子を眺めたり…

 

会場で意気投合し仲良くなっていたお母さん同士もいて、

 

「トイレに行きたいからこどもみてて!」

 

「うん。いいよ。」

 

ちょっとしたことだけれど、自然にそんなやりとりも垣間見られたことが私としても嬉しかったです。

 

 

 

ライブの後半は、AYAさんのイングリッシュのワークショップ。

 

「キラキラ星」

 

「英語の歌」

 

を丁寧に子どもたちに指導。

 

子どもは、大人に比べて単語を聞き取る力が高いとか。周波数と関係しているようですが…

 

そんなこともあり、すぐに覚えて、AYAさんと歌っていました。

 

びっくり(笑)

 

AYAさんも、学童で英語の指導をしていたり、子ども向けにライブも行っているので、子どもに対しての接し方もプロでした。

 

 

「凄い楽しかったね。」

 

「子どもとこうした同じ空間で心地いい時間を共有できるの良いね。」

 

という声が、会場からも聞かれ、親子で満足できるイベントになっていることを感じました。

 

お父さんが率先して、子どもたちの面倒を見ているのが微笑ましかったなぁ…。

 

 

休憩を挟んで後半は、大人が楽しめるライブに。

 

こちらは子どもたちの参加はありませんでしたが、YURIさんAYAさんの歌声に皆さん酔いしれていました。

 

 

7月に私が参加したDJドラゴンさんのイベントも、先日伺ったDJHASEBEさんのリリースイベントもそして今回のイベントも…共通しているのは「親子で楽しめる」。そして、周りにいる大人が子どものありのままの姿を認めている。参加する中で、親だけでなく、関係ない大人と子どもとが共存するイベントがもっとあっても良いような気がしました。

 

そうしたら、「子ども」への関心は少しでも深まりそうな気がします。

 

いや、きっと深まるはず。

 

そして、そこから何かが生まれるでしょう。

 

まだまだ、子ども目線ではなく、大人目線のイベントが多い昨今。

 

これからもいっぱいこのようなイベントが増えると良いな。

 

次回の「子と音」は1月だそうです。

 

次回はどんな内容になるのか今から楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。

関東はチャーリーが近づきつつあり…

大変な空模様になっています。

さて、先日実家に帰省した時に見つけた写真。

父37歳。

私37歳。


あまりの顔の違いにびっくり。


父はこの時、すでに3児のパパ。


私は、未だに独身。


打ち合わせに行くと、必ずと言っていいほど…20代に間違わられ、『河西さんは、積み重ねてきた年齢やスキルが顔に現れないタイプ。』と過去に言われたことがあります。


申し訳ないけど、その辺でのほほんと暮らしてきた人よりも、労働環境は酷く、いつも損をしてきました。


酷い環境を立て直そうと先輩とぶつかり合い、疲弊して、心が折れたことだってありますし、頑張ってきたのに、『長いものに巻かれない奴が悪い』と陰口を叩かれ更に折れそうになったこともあります。


まあ、頑張ってきたから認めて欲しい!ってことではないのですが…。


でも、ここまで頑張れたのは父がいたからなんですよね。


古くから受け継がれてきた会社。


父はなりたかった職業に就けずかなり反抗したそうです。しかし、カースト制度のような日本。


自営をしている家でしたから、生まれながらに人生は決まっていたのでしょう。


自由なんて無かったはず。


『保育士をしたい。』



きっと、父は相当ショックだったのではないだろうかと思います。


しかし、気丈に振る舞い、働いていた保育園に長椅子を作り寄付をしてくれたこともありました。


地元の人に、息子のことでとやかく言われれば、全力で守ってくれたし、私の職場が変わり、他に移る時も、世話人役を務めてくれたご住職の方にも、


『せがれは夢がでかいんです。それを認めてあげるのが親なんですよ。』


と頭を下げてくれたことも。


子を守るって、メリハリがありますが、父はその塩梅が本当に上手かった気がします。


子どもが操作できない。


そう嘆く、保護者は最近、本当に多い。


でも、操作なんてしなくていいんです。


親は親。


子は子。


当たり前ですよね。


それを教えてくれたのも父でした。


『お前に、〇〇してやったんだから』と見返り求めることもなく…


辛い時は、母や姉を通していつも心配してくれました。


フリーで仕事をしている自分は、一般の人とは違い、


自分の生計は自分で立てなくてはならないんですよね。



保証もなければ、勿論、怪我や体調を崩せば、収入はなくなります。


会社に身を置けば、確かに安定した暮らしができるけど、身を置けば、私のやりたい事はきっとできないでしょう。


いや、きっとではなく、できないんです。


特に保育士は、副業禁止ですからね。


辞めてしまおうと気持ちが落ちる日も沢山あります。


弱気になっていると、



『お前には、帰る場所があるんだから、辛かったら帰ってこい。』


いつもそんな風に声をかけてくれ、やりたいことを認めてくれる父。


だから、頑張れるんですよね。


単純ですが。


私はそんな人間になれるだろうかと不安になることもありますが、父や母の教えは、確実に仕事の中でしっかり生きています。


子育てアドバイザーとして、いつまで頑張ることができるかわからないけれど…


背中を押してくれる人がいる限り頑張ろう。


嵐の日にそんな事を考えた朝でした。