こんにちは。

 

今日は、とても寒いですね。

 

私も寒さには勝てずとうとう、暖房デビューしました。

 

さて、皆さんにとって「普通」とは何でしょうか?

 

多数は?

 

少数派?

 

多数派の意見や、一般的な見解が「普通」とされるのかもしれません。

 

しかし、その概念は人によって様々。

 

私も良く、お悩みの中で

 

「普通は…」

 

と相談されることが多いのですが、自分の中で、普通の概念がないし、そもそも基準がわからないので、

 

「お母さん、普通という言葉に囚われていると、子どもが伸ばそうとしている大切な部分を奪ってしまうかもしれないですよ。」

 

とお話します。

 

昨日、私は星山麻木さんの講演会に参加してきました。

 

星山さんは音楽の先生で、支援学校で働いていたときに「魔王」をかけたことから、学生さんたちが蜘蛛の子を散らすようにクラスから出ていってしまったそう。

 

そこには、「ふつう」という言葉が先生の中には、まだ存在していて、

 

この学年であれば妥当だ。

 

という思いから、魔王を選曲したが、結果は…

 

よくよく、クラスの子に聞いてみると、学生さんたちは「チューリップ」の同様を選んだそうだ。

なぜチューリップ?

 

と疑問に感じていたが、学生さんたちがチューリップの曲に合わせて、表情豊かに歌ったり身体

 

を動かす様子を見て、

 

「あぁ。私は間違っていた。『普通はこのくらいが妥当』という考えは、とても小さな狭い世界

に子どもたちを押し込めて、育つ力を奪ってしまう。」

 

ということに気づき、そこから様々な転機が訪れ、今に至るそうです。

 

私も常々感じるのは「見えるものだけ認める価値」の話。

 

私達って、なんでも数値化しがちですよね。

 

「あの子は、何点だった。」

 

「この子は、こんな素晴らしい賞をもらっていた。」

 

などなど。

 

私自身は、幼い頃から本当に興味のあるものしか、本領を発揮できないタイプで、なおかつ不器用で、対人関係も上手く気づけ無い人間でした。(今もかもしれませんが)

 

なので、この「数字で表現する」「見えるもので価値を決める」のは今でも苦手です。

 

だって、人はそれぞれ本当に良いものを持って生まれてきているのに、そこを生かしてあげようとする大人が少ない。

 

多数派と言われる枠に、大人が操作をしたい気持ちから、閉じ込め、

 

「個性を大切に」

 

「一人ひとりに寄り添った…」

 

と言葉は掲げるけど、中身は集団で動けなければ、NG!とする大人が未だに多くてうんざりします。

子どもが立ち止まりたいときに、止まって共感したり、やりたいときにやりたいことをさせてあげる。

 

これが、個々の育ちを認め合う姿ではないのか?と。

 

未だに、保育士さんで

 

「〇〇ちゃん、今日もこれ出来なかったんです~」

なんて聞くと、

 

「えっ?」

 

と、その方の人格を疑ってしまうこともあります。

 

おっと、また私の話になってしまいましたね。

 

起動を修正して、そうです。

 

普通。これに囚われすぎてしまうのは、これから先の時代は、ナンセンス。

 

最近、大人に

 

「こどものいのちはこどものもの」同様に「こどものみらいはこどものもの」と話をしています。

確かに、育てるのは大人ですが、大人はあくまでもサポート。

 

「この子のために!」

 

「みんながこうしているから!」

 

は、主導が大人になってしまうような気がしますし、その価値観によって子供だけでなく、自分自身を苦しめてしまうことも…

 

 

「普通」という不確かな言葉に、悩み苦しみを持つ人が、本当に多いです。

 

 

その背景には、日本は島国であり、鎖国気味。そして、見かけが似た人が多く、見た目だけ同じなことから、みんなが同じ考えであるという間違った考え方も関係しているのかもしれません。

 

「既製服が似合う子ども」だなくてもいい。

 

「オーダー服が似合う子」でも良いのではないか?

 

この考えこそが

 

「発達多様性」

 

なのだと思います。

 

違いを認めて、伸ばしていってあげないと、その子は、「孤独」を抱え、引きこもりがちになったり、最悪なパターンで言えば、「誰も理解してくれない」という思いから、命を絶ってしまったり…。

 

これから花開こうと思っている子が、自分の良さを、社会から見れば適合していないという理由から、排除され、「個性=悪」になっているなんて、悲しくないですか?

 

絶対にあってはならないことだと先生のお話を聞いて感じました。

 

 

ありのままを受け止める。

 

そのありのままを受け止めるには、先ずは自分自身を知る。

 

そこから、本当に必要だったものは何だったのか、再確認する。

 

自分を知れば、人に対してどう接したり、声をかけたりすれば良いのかが分かる。

 

個性が強い子は、孤独になる。

 

確かに、私もそうでした。

 

人と違うことをして目立ちたいわけではないのに、なにかと目立ってしまう。

 

だから、排除をされる。

 

個性を隠すために普通を装う。

 

 

「こうしたい。」「ああしたい。」

 

そんな気持ちを抑えることがストレスになる。

 

幸いにも、私は、個性を認めてくれる仲間と出会えたことで、回避することは出来ましたが…

 

保育の現場にいたときも、子どものもつ個性は本当に大切にしました。

 

言葉が出にくい子。

 

人前で緊張してしまう子。

 

なんでも一番がいい子。

 

お母さんからは、女の子らしくと言われ、本来の持ち味を自らふさぎ込んでしまった子。

 

赤が好きだけど、お父さんから「赤は女の子の色」といわれ、絵を描くときに「赤」を選べない子…

 

本当にたくさんいましたが、その子達を大人の勝手な思いでふさぎ込んでしまった気持ちを、周りに理解してもらい、解き放たれるような声がけ対応をしてきました。

 

子どもは、「誰かに認めてもらえた」という体験をすると、本当にいろいろな部分で成長を見せてくれます。

 

人前で話せなかった子は、今では生徒会長に。

 

女の子らしく!と言われていた子は、陸上の選手に選ばれたそうです。

 

個々を認め合えば、子どもはこんなにも良い成長をするのです。

 

だから、私も麻木先生と一緒に、この発達の多様性を訴えていきたい。

 

それが、子どものためにも、枠にはめ込まなくてはならないと必死になる、保護者や教育者の為にも良い作用を生み出すと思うんです。

 

「違いは最大限の強み」

 

まさにこれですね。

 

合わせて、必要なのは何かに頼るということ。

 

これは、「合理的配慮」と言われるそうですが、法律でも義務化されるそうです。

 

この合理的配慮は、多数派と少数派の穴埋めをする役割があるそうで、

 

「もの・ひと」に頼ることで、楽になるのではなく、お互いに足りない部分を補い支えることができる。

 

周りにも、なんでも1人でやらなくてはいけない!

 

と思いこんでいる人が多いのですが、実は「HELP!」を出して、支え合うのって大切なんですよね。

働きながら子育てをしているママが、惣菜に頼ったっていいし。

(これ、なんで世間に認められてないの?って未だに思います。働きながら、家事もするなんて、Wワークですからね。)

 

保育士がICYに頼るのもいいと思います

(午睡チェックを手書きで、5分毎って本当に大変。ならば機械と人でWチェックすることが大切だし、今の時代は、機械の方が正確です。医療にも機械が導入されているのに、なんで保育業界は手書きにこだわるのか?そこに負荷かけるなら、もっと違うことに時間をかけるべき。家に洗濯機ありますか?洗濯板で洗っていますか?の次元の話ですよ) 

 

ということで、どんどん頼れるものには頼り、頼ることで余裕を生んで、その分子どもや自分のために時間を費やすのが大切なのかもしれませんね。

 

 

最後に、先生がYouTubeにて配信している

 

「星と虹色の子どもたち」を視聴。

 

 

 

 

先生自身、障がいのボーダーラインにいる子を、

 

「グレー」や「ブラック」とあたかも暗い印象を与える言葉で表現するのは嫌いとのこと。

 

確かに、私も嫌いで「あの子は、グレーなのよね。」などと話している保育士さんたちには違和感を感じます。

 

そこで考えついたのは、その子達を7色で表現すること。

 

レッドくん…正義の味方・一番が好き。

 

オレンジちゃん…すぐ忘れる・すぐなくす。

 

イエローくん…多動気味・感情が不安定。

 

グリーンちゃん…「助けて」が言えない。

 

アクアちゃん…才能がある・知覚過敏。

 

ブルーくん…ゆっくり・マイペース。

 

パープルちゃん…愛着障がい・甘えん坊・寂しがりや。

 

 

動画を見ましたが、あぁこんな子いるよなぁ…。

 

そうか、こんな子にはこういう対応しなきゃいけないんだ。

 

と、動画を通して学ぶことが出来ました。

実際に、先生の授業に参加する生徒さんの中には、自分が「そうかもしれない…」と思い、自ら医師に診断をしてもらう方もいるとのこと。

 

診断を受けて、

 

「先生、私自分が何やっても上手く行かなくて、自分を責めてばかりいたけれど、自分がそうだったと知って、自分の扱い方を知ることが出来ました!」

 

と前向きになり、自分自身を認める子が多くいるそうです。

 

 

自分自身を知りたいと思っても、本質的な部分で行き詰まってしまうことも多いはず。

 

そんなときに、専門的な機関を訪れて、自らを知り、知ることで、生き方が変わってくる。

 

 

自分というのは未知。

 

自分でもわからないんだから、他者が自分を理解しようだなんて本当に無理だろう。

 

だからこそ、違いを「認める」。

 

理解をするのではなく、その人を認めて知っていく。

 

それが大切なんだと先生の講演を聞いて感じました。

 

麻木先生、狛江市の皆様、貴重な学びをありがとうございました。

 

 

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今日は、 @djdragon_jp さんのイベントにお誘いいただき、渋谷へ。 子どもも参加できるイベントだったので、会場は子ども達で大にぎわい。 親子でライブに行けることって少ない。 私の周りのママさん達からも、親子で行けるイベントあったら良いなーと言う意見をよく聞きます。 そこをしっかりと反映させる Dragonさん凄いなぁ。 初めてライブに参戦しましたが、本当終始笑いが絶えない。 あっという間の2時間でした。 @ayumiiiinishiiii さん、いつも素敵なご縁をありがとうございます😊 @junsatoidea さん、お会いできて嬉しかったです! @wakanozawa さん、今日はお話できて光栄でした。 @tonmiyoga ちゃん、 @suzuno_123 さん、 @satokocreation さん、 @natsuko_hirata さん、お会いできてよかったです。 ありがとうございました😊 #blackjaxx#djdragon#武田真治ギフト#保育士 #子ども #子育て #親バカ部 #親バカ #育児 #ママ #ママカメラ #ママコーデ #ママモデル #hanakomama#ママガール #💁🏻 #幼稚園 #ママリ #ミキハウス#mamalife #ママファッション#保育園#男性保育士#ワーママ

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