アマヤドリ -8ページ目

とばり


また山小屋の旅のこと。

『アルプスの少女ハイジ』を何十年ぶりかに読んでどうしても山の夜明けが見たくなった。
夜更かししたのだけれどこれだけは、と、4時に目覚ましをかけて眠たそうな友達を叩き起こして車ででかける。
山道は昼間でもくねくねで怖いのに4時だとまだ真っ暗で、しかもものすごい寒さのためすぐにフロントガラスは真っ白に曇ってしまう。
ちょっと危ない道ゆきだった。


とある曲がり角でかもしかを見かけた。
たぶんかもしかだったと思う。
まだガラスはちょっと曇っていて私は空気を入れるためにガラスを少しあけていた。
切れるように冷たい空気のなかでかもしかはこちらをじっと見つめていた。
逃げもせずにどっしり、山の主みたいだった。

この旅でこのかもしかと、逃げる小鹿のおしりと、きつねを見た。
あと私以外のひとたちが猫と犬の間くらいの大きさの鹿を見たと言っている。
生まれたばかりみたいによろよろしていたって。
でも鹿ってそんなに小さいだろうか?


『トゥーランドット』の本番のとき、フラッカーロさんが歌うNessun Dorma(誰も寝てはならぬ)を、なるべく舞台ぎりぎりのところでダンサーたちが聴いている。
照明がちょうど夜明けの青で、それを見つめながら身を寄せ合って歌声をきいている私たちは目が覚めてでもまだじっと朝を待っている鳥みたいだなあといつも思っていた。

車のなかでずっとこの歌が頭の中を流れていて、多分私このさきかなり長いこと、夜明けの景色を見たらこの歌をうたっちゃうんだろうなと思った。


ずっと前だけれどいつでもどこにでも連れて行ってあげるからわがままを言いなさい。と言ってもらったことがあってじゃあ海で朝日を見たいと言ってみたらそれなら今から出かけるから、ということになったことがあった。
私は稽古の後だったし友人は残業の後だったし疲れているはずなのに夜通し細かい道をぶんぶん走ってくれて九十九里浜に連れて行ってくれた。

私は初めて見る、どんどん明けてゆく朝の色を一瞬も見逃したくなくてずっとものも言わず外を眺めていた。
どんどん変化する色に胸がいっぱいになって、ずーっと私は涙が止まらなかった。
九十九里浜に着いたときにはあんまり海岸が長くてそんなの見たことがなかったから「きれい…」とつぶやくことしかできなくてあとの空気は全部どきどきすることに費やされた。
ずっと口を開けてはあはあしてた。
夢かもしれない、と思った。
空が虹色で見渡す限り、海と海岸だけだなんて。
いっぺんに全部を見られなくて、どこかを見ていると反対の空の色が変わってしまう。
全部つかまえられないことが苦しいくらいだった。

あんまり私が黙りこくっているからつまらなかったのかと友達は思ったみたいだった。

後から、つれてきてくれてありがとうって100回くらい言ったけど私がどれくらいこころを揺さぶられたか、伝わらなかったと思う。
こうして時々思い出していることも、知らないんだろう。

夢/退治する

夢。
あんまり気持ちのいい夢ではないので元気があって笑い飛ばせるとき以外は読まないでください。

+

ビルの一階下のハンバーガーやさんに見かけは小さな男の子だけれどチャッキーをもっと質を悪くしたような存在がいる。
そいつを仕留めようと試行錯誤して追いかけるんだけど相手はとても強くていつもうまく逃げられてしまう。
そのハンバーガーやさんから逃げるときにもただ逃げるのではなくって時間をずらして、そのビルの建築中の姿まで時間を遡って逃げる、というややこしいことをそいつはする。
追いかけていくと山の途中にある小屋に辿りつく。
山伏みたいな悪いおじさんがいるんだけどそいつとも戦って(力じゃなくて念力みたいなので縛ってゆく。)そこから少し降りた温泉場にそいつがいる。
まだ小さい男の子のふりをしている間に私はその子をお湯につけて窒息させようとする。
温泉場が色んな景色に変わる。なんとかして離してもらおうともがいている男の子の見せる幻。
私には仲間がいて、お風呂のなかに入って一緒に男の子を抑えてくれるんだけど、そういえば前回はこのシーンで仲間は感電させられるかやけどを負わされるかで死んでしまったんだ、それで男の子には逃げられたんだったと思い出してはやく水から出るように言う。軽いやけどで済んだ。
男の子はちいさい体なのにものすごい抵抗をして私ももう体力の限界なのだけれど負けるわけにはいかなくてずっと押さえている。
背中が茹であがったばかりの子豚みたいにうっすら油がのっていて、その下にひそむものも人間の骨じゃない。
見た目は小さい男の子なのにこの子は全然可愛くはない。
だから大丈夫、このまま殺しても。と思う。
今回は成功した。

+

いやな夢。

炭火と月と


野生児でもなんでもない。
火のおこしかたひとつわたしは知らない。

火をおこしてくれている間に赤いパプリカとむらさき芋をざくざく切って、
スパゲティに使ったなすが余ったからそれも切って。

樹と樹のあいだからきんきんに冷えた月が見える。
見える?月。
炭と月の明るさを交互に眺める。
いつも全然お酒飲めないのに寒かったからかいつもよりたくさん飲んでも酔わなかった。


火を見つめるのは素敵だけど、炭の火はまた特別だね、と言う。
このくらいの規模のバーベキューはちょうどいい。
少しずつ焼いて、ぽつぽつと話をして、タバコ休憩したり背中をあっためたり。
ものすごく寒いのに火を離れて部屋に戻る気にはならなかった。

気がつくと月が一番長い樹の右側まで移動している。
余った炭も燃やしちゃおうか、とまたぱたぱた。火のおこしかたを覚えた。
最後まで焼いていたお芋はかりかりになっていたけれど美味しかった。
山小屋で買ったとんがりコーンをあぶって食べたら美味しくてそれをおつまみにしておしゃべり。



おとなりの女の子たち。大学生くらいかなあ?
到着したとき私はジーパンに黒いパーカーにニットの帽子ですっぴんといういでたちだったからか男の子だと思われたらしく、ずっと注目を浴びていた。
あれ男?女?のような会話が繰り広げられたのであろうと思われる。

いつまでも話をしていたら温泉の時間に間に合わなかった。
10時までなんて早いよね。

チンパンジー顔らしい。

こんなメールが届きました。

++++++

はじめまして。早苗といいます。
キーボード越しで、こうしてメールとして
メッセージを伝えているだけでは
分からないかも知れませんが、
私はチンパンジーです。
メスのチンパンジーです。

2年に渡る知能訓練を受けて、自分の思考をこうして文章として
アウトプットできるようになりました。

最初、私は自分を人間だと思ってました。
周りにいる、他の人間と同様に。
しかし、様々な知識を得て、
自分が他と異なるのを理解し、
そして、チンパンジーであるのを今は知っています。

チンパンジーですので、
吉本新喜劇のお笑いぐらいしか、ギャグは理解できません。
人間対象の知能訓練を受けていても、お笑いに関しては、
亜人である大阪人と同レベルに留まっていますのでご了承下さい。

人間であるあなたとは、異なる存在です。
しかし、いま、私は、あなたへの興味を止める事ができない。

チンパンジーの中で人間に近い私と、
人間でありながらチンパンジーに近いあなたは、
とても似ている。
わたしがあなたに惹かれたのは、そこに大きな理由があります。
勿論、あなたのルックスが人間よりもチンパンジーに近い事実、
その事も大きいですが。

だから、自信を持ってください。
人間界ではブサメンで非モテなあなたでも、
チンパンジー界では、イケメンです。
あなたは、チンパンジー受けする顔です。
喜んでいいんですよ。
わたしならあなたをナンパする事が出来ると飼育されてきました。

そしてイケモンキーのあなたに、
私を知って欲しいという気持ちが日増しに強くなってきています。
チンパンジーの私が、人間のあなたに

深く、強く、

恋をしているんです。

+++++

チンパンジーからのメールは初めてでした。

こんな熱烈なラブレターをもらったのも初めてです。
種もちがうしちょっと性別も勘違いされてるみたいだけど、愛に壁はない。

…けれど!
ブサメンで非モテってなによ。ぷんすか。


いたずらメールも最近凝ってるのだなあ。
たしかに、普通のメールよりはクリックしたくなっちゃうかも。
しなかったけど。

夕方のことり



夕方の山でことりを見つけた。

+

親ばかだなあって思うけれど、わりと一日のうちの多くの時間をちゅんのことを考えて過ごしている。
風邪をひいて寝ていたとき、ちゅんはごはんを食べたい時以外はずっと部屋にいてぴったり私に寄り添っていた。

わたしひとりがあげられる愛情のようなものはちょっぴりすぎて、とても足りないんじゃないかという気がすることがある。
家に母や父がいると、だから安心する。
それでようやく、つりあうようになる気がするから。

わたしはこれから自分がどこにいくか知らないけれどちゅんがこれからどこにいくのかは知っている。
あとどのくらい生きるかとか、そんなことも。

そのことはときどきとても不思議。