ノートを忘れた日
おとといはおもしろい夢をみた。目を覚まして携帯にメモした。朝起きて携帯を見たらメモがなかった。起きてメモをしたのも夢のなかだったみたいだ。だからせっかく面白かった夢も、すべて消えてしまった。頭のなかのひきだしのどこかへ。
どうしてこんなに当たり前のように、手のひらにのせて見せてくれるんだろう。
にこにこと、なんでもないように笑いながら。
うなずくこともできないくらい打たれて、小さく口を開けたままその時間にとどまる。
そんなことが多すぎてひとつずつの詳細を忘れてしまった。
じわじわとだけれど核心に近づいている。
クリアになっている感触はそんなにない。
整頓されぬまま積まれている、または、灰色の雲。
潜行のさきには何かがある。焦らなくてもいい。
とはいえ大切なものごとと置いておいてもいいか、ということとは見極めたい。
memo/cafe、絵本、エリオット、横尾忠則、岡本太郎
■ハルノワルダクミ
~5月11日 @全国の57のカフェにて
全国各地のカフェで個性あるイベントが予定されているそう。
それにしてもこのHPに載っているカフェのロゴたちは可愛らしい。
→CAFE WEEK
http://www.cafeweek.com/
■「海の向こうのふる0 い絵本」展 -ヴィンテージ絵本の魅力-
4/18(金)~30(水) @ロゴスギャラリー(TOKYO)
時代を遡ること50年余り、海の向うの異国から届けられた1930年代以降の絵本。
子どもの未来のため、平和な世界を願う子どもたちのため、たくさんの絵本作家が力を尽くして作った作品。
今では絶版になり時代に忘れられてしまった作品や有名作家の作品など、思い入れたっぷりの絵本を紹介している。
→「海の向こうのふる~い絵本」展
http://www.parco-art.com/web/logos/old-picturebook0804/
■内なる愛 エリオット・アーウィット展
04/18(金)~5/18(日) @何必館・京都現代美術館(KYOTO)
京都現代美術館が所蔵するエリオット・アーウィットの作品130点のオリジナル・プリントの中から、恋人、家族、海辺、街路、犬、美術館をテーマに構成し、厳選された作品を展覧。
あこがれの何必館…関西方面にお住いの方、是非。
→何必館・京都現代美術館
http://www.kahitsukan.or.jp/
■冒険王・横尾忠則
4/18(金)~5/20(火) @世田谷美術館(TOKYO)
初公開の60年代グラフィック原画から冒険的物語がテーマの最新作まで、約700点が全館に展開する。
→世田谷美術館
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/
■「岡本太郎 立体に挑む 造形のなぞにせまる 」展
4/19(土)~7/6(日) @川崎市岡本太郎美術館(TOKYO)
1952年にはじめての立体作品を制作した岡本太郎が生涯にわたり実現させようとしてきた世界。
→川崎市岡本太郎美術館
http://www.taromuseum.jp/
~5月11日 @全国の57のカフェにて
全国各地のカフェで個性あるイベントが予定されているそう。
それにしてもこのHPに載っているカフェのロゴたちは可愛らしい。
→CAFE WEEK
http://www.cafeweek.com/
■「海の向こうのふる0 い絵本」展 -ヴィンテージ絵本の魅力-
4/18(金)~30(水) @ロゴスギャラリー(TOKYO)
時代を遡ること50年余り、海の向うの異国から届けられた1930年代以降の絵本。
子どもの未来のため、平和な世界を願う子どもたちのため、たくさんの絵本作家が力を尽くして作った作品。
今では絶版になり時代に忘れられてしまった作品や有名作家の作品など、思い入れたっぷりの絵本を紹介している。
→「海の向こうのふる~い絵本」展
http://www.parco-art.com/web/logos/old-picturebook0804/
■内なる愛 エリオット・アーウィット展
04/18(金)~5/18(日) @何必館・京都現代美術館(KYOTO)
京都現代美術館が所蔵するエリオット・アーウィットの作品130点のオリジナル・プリントの中から、恋人、家族、海辺、街路、犬、美術館をテーマに構成し、厳選された作品を展覧。
あこがれの何必館…関西方面にお住いの方、是非。
→何必館・京都現代美術館
http://www.kahitsukan.or.jp/
■冒険王・横尾忠則
4/18(金)~5/20(火) @世田谷美術館(TOKYO)
初公開の60年代グラフィック原画から冒険的物語がテーマの最新作まで、約700点が全館に展開する。
→世田谷美術館
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/
■「岡本太郎 立体に挑む 造形のなぞにせまる 」展
4/19(土)~7/6(日) @川崎市岡本太郎美術館(TOKYO)
1952年にはじめての立体作品を制作した岡本太郎が生涯にわたり実現させようとしてきた世界。
→川崎市岡本太郎美術館
http://www.taromuseum.jp/
きりん
きりんが好きなのはきりんが月に首をのばしてシーンを写真かなにかで見たからだと思っていたけど、実際にはもっと意識を深く潜ったところにある。
その写真にはお母さんとお揃いのタイガーリリーみたいなインディアンぽいキャミソールワンピースを着たおんなのこ(ワンピースを着ているからたぶん)が写っている。
近くにはきりんがいて、おんなのこの持つオレンジシャーベットみたいな色の風船にくちびるを近付けている。
そこで私の記憶がつながる。
このおんなのこもどきはわたしだ。
私、小さいときに記憶と風船のキャッチボールをしたんだった!というふうに。
たぶんあの時から私はきりんが好きなのだ。
きりんとチーターが好き。
毛が渋い金色だから。
ぶちの模様も好き(とらねこよりもきじとらねこのほうがより好き)。
まつげが好き。
しなやかな筋肉。
赤ちゃんきりんがいた。
もう閉園間近だったから運動場にはでていなかった。
薄暗い小屋に入れられたきりんはその肌がよりくすんだベージュみたいに見えて、とてもきれいだった。
私には気付かないみたいだった。
だからずっと眺めていた。
***
たぶんこの写真の母は26歳くらいのはずだ。
なのにあんなインディアンみたいなワンピースを着るなんて(しかも自作)、勇気ある。
だって日曜のピクニックみたいな元気で鮮やかなプリントなんだよ。
たそがれどきに
こんな夕方にときどきなぜかどきどきして、どういうわけかさみしいことがある。
赤ちゃんや動物みたいに。
たてものを染める夕日の色のせいかもしれないし止まっている機械たちを眺めたからかもしれない。
過ぎ行く一日と自分のまわりや内部の全てがこうしてくりかえしこぼれてゆくことを惜しんでいるのかもしれない。
こんな気持ちのときにはなにかを生みたくなる。
でもなにを、と問うと、わからない。
何かを創るというプロセスのあいだにこの靄みたいな感触は消えうせてしまうような気もする。
こうして文章を書くことでその感触をしるし、宥めるしかない。
やみくもに何かを感じようとやっきになって目を見開く時期では、今はないのかもしれない。ゆっくり自分のなかの核に降りていって少しでも手に残るものをさがすべきなのかもしれない。
ふと思い立ってちょっと前の日記を開いてみる。
そこにはその時の感情や景色が流れている。
確かに自分のものなのに、自分のことばにときどきびっくりする。こんな表しかたを私はしていたんだ、と新鮮な気持ちになる。
まるで忘れてしまっていた夢を咀嚼するような。
だけど、こんなに毎日変化して、毎日忘れて、たった今のほんの前後だけでしかものごとを掴めていないのだとも感じる。
それでもいいのかもしれないけれどそれだけではいけない気もする。
私の皮や骨はこんなに確かにここに存在していてなかなか思うようにあっちこっちに動いたり変化してくれないのに、それを支配するその他すべては、こんなに不確かで拡散していて混沌と広がっている。
この空気のような記憶のようなにおいのような自分を、私はどうしたいのだろう。
どうにかしたいという衝動こそがすべてを生むのだから、このことを厭うわけではない。
もうちょっとはっきりさせたいだけ。



