アマヤドリ -42ページ目

視線の先



あんなに着てあつくないのか。

おばあちゃんと、おばちゃん


なんだか気持ちがきしきししている。
こんなときにこそ、やさしいものに触れなければ。

昨日おばあちゃんにカンボジアのお土産を渡した。
蓮の葉のお茶と、絹のショールと、色鉛筆。

おばあちゃんは最近お年寄りが集まるセンターみたいなところで絵を描くことが多くて、私はその絵がとてもいいなと思っている。
遊びにいくたびに絵が増えていっていて、そのたびにおばあちゃん絵が上手だね、と言うとうれしそうに「そう?そうだよねえ。上手だよねえ」とお調子に乗る。
お調子に乗ってるおばあちゃんはとても可愛らしいし幸せな気持ちになる。
うちでも描けばいいじゃないと言ったら「でも絵の具がないの」と言っていたので、色鉛筆をおくることにした。
絵の具だと後始末とか大変そうだから。
絵の具だからこそあの味が出ているのかなぁ…とも思うのだけれど…。
どんどん絵をかいてくれるといいな。


いつもお世話になっている近隣のおばちゃんにパンをいただいた。
お店に買い物にいくといつもなにかしらくれる。プリンとか芋羊羹とか、前はあったかいピロシキをくれた。
社員は男のひとばかりだから女同士の気やすさで、ふとした心情をつかむこともある。
別に情報をつかもうとして話をしているわけじゃない。
でもこんな小さなことが会社にもおばちゃんにもよいことを運ぶといいなぁとも思う。


朝掃除をしていて急にびしっと感じたんだけど、私はこの職場に愛情をかんじているんだなぁ。
誰に伝える必要もなくただ私のなかにそれがあることで完結している。
自分は薄情なところがあるようにずっと感じていたからびっくりした。

内にあるものをことばにして表現することは苦手だけれど、でもその存在には素直だしあけっぴろげだと考えていたのに。
ほんとうはちゃんと大切だったり淋しかったり苦しかったり好きだったりすることを、こんなにも秘めようとしているんだな。
なにかトラウマみたいなものがあるわけではもちろんない。
どこかで自分がつくった小さなルールたちが重なって、いつのまにかはじまりの地点が見通せなくなっていたんだろう。

コーラの販売機


懐かしい!
…といいたいけれどよく考えたら私はこの販売機知らないや。

けれど昔のものって、見たことがなくても懐かしい気がするのは何故だろう。

花が好きすぎて



出たり入ったりしにくい。

かおり

帰りのちいさな道でふわっとお線香のかおりがした。
職場のまわりには古くからある小さなお店やおうちが立ち並んでいて、そこではいろんな匂いをかぐことができる。
猫みたいなにおいがしたり、揚げもののにおいがしたり、そして私は顔をあげて空の色を見る。
懐かしいすべてでからだを満たすみたいに、電線ごと青むらさき色を吸い込む。
とりわけ今日のお線香は昭和のかおりがした。
おばあちゃんに逢いたくなったから、いってこよう。

職場の、もう60歳をすぎているひとと長く話をした。
なぜかこのひとには警戒することなく話ができる。
実家にずっといること、結婚のこと、弟が病気なこと、おじいちゃんのお墓のこと。
ちゃんとひとと話をしていないなぁと思った。
なんでもない話を、していない。
別にそれでなにかが固まっていたわけじゃないからなんでもないことなんだけど。

気になっていた金木犀の香水のサンプルをもらった。
すごくやさしいかおり。
淡い輪郭の女の子になれそうな気がする。
たぶんひっぱたかれるけど。


昨日から、夕方から夜にかけて、なんだか泣きたい気持ち。
かなしいことはなにもない。
つらいこともない。
幸せすぎて泣きたいのとも違う。
たぶん世界がわたしにはたらきかけることすべてをうまく整理することができなくて、あふれそうなんだろう。