おばあちゃんと、おばちゃん
なんだか気持ちがきしきししている。
こんなときにこそ、やさしいものに触れなければ。
昨日おばあちゃんにカンボジアのお土産を渡した。
蓮の葉のお茶と、絹のショールと、色鉛筆。
おばあちゃんは最近お年寄りが集まるセンターみたいなところで絵を描くことが多くて、私はその絵がとてもいいなと思っている。
遊びにいくたびに絵が増えていっていて、そのたびにおばあちゃん絵が上手だね、と言うとうれしそうに「そう?そうだよねえ。上手だよねえ」とお調子に乗る。
お調子に乗ってるおばあちゃんはとても可愛らしいし幸せな気持ちになる。
うちでも描けばいいじゃないと言ったら「でも絵の具がないの」と言っていたので、色鉛筆をおくることにした。
絵の具だと後始末とか大変そうだから。
絵の具だからこそあの味が出ているのかなぁ…とも思うのだけれど…。
どんどん絵をかいてくれるといいな。
いつもお世話になっている近隣のおばちゃんにパンをいただいた。
お店に買い物にいくといつもなにかしらくれる。プリンとか芋羊羹とか、前はあったかいピロシキをくれた。
社員は男のひとばかりだから女同士の気やすさで、ふとした心情をつかむこともある。
別に情報をつかもうとして話をしているわけじゃない。
でもこんな小さなことが会社にもおばちゃんにもよいことを運ぶといいなぁとも思う。
朝掃除をしていて急にびしっと感じたんだけど、私はこの職場に愛情をかんじているんだなぁ。
誰に伝える必要もなくただ私のなかにそれがあることで完結している。
自分は薄情なところがあるようにずっと感じていたからびっくりした。
内にあるものをことばにして表現することは苦手だけれど、でもその存在には素直だしあけっぴろげだと考えていたのに。
ほんとうはちゃんと大切だったり淋しかったり苦しかったり好きだったりすることを、こんなにも秘めようとしているんだな。
なにかトラウマみたいなものがあるわけではもちろんない。
どこかで自分がつくった小さなルールたちが重なって、いつのまにかはじまりの地点が見通せなくなっていたんだろう。
