アマヤドリ -313ページ目

地下室の冷えたプール

うたたねの夢。


私は膝の擦り傷について隣の水槽に足を浸している女の子に説明をしようとする。
なのになぜか関係ない、高校時代に水泳大会で溺れかけた話をしそうになってしまい誰かの目線を気にして懸命に話を曲げようとする。

話しおわり、私はそちらの水槽に移り、いつのまにか普通のプールの端っこのコースに変わっているそこをぐいぐい泳ぐ。
とてつもないスピードで泳いでいてみんなの注目を浴びていることを感じている。
泳ぎきるとクラスの泳げない男の子がもじもじプールサイドにいるから、「大丈夫だからはいってごらん?」と誘う。
そのころすでに私は年長者になっている。
なので男の子を後ろから支えてあげて、恐くないよ、と水に慣れさせようとする。
男の子は全く髪の毛が生えていなくて少しふにゃふにゃしていた。

水に慣れてきたみたいだったからうれしかったのに、自分が目覚めようとしていることを悟った。
無理矢理目を閉じていたけれどダメで、目覚めてしまった。

流れを断つ水色のたてもの

母が帰ってくる。
でも帰りまで夕飯は待てないので父ともそもそと若葉のお惣菜をつつく。おにぎりを食べてインスタントの味噌汁を飲んで変わりはるまきを食べて、ああ、オトコばかりのうちは虚しいなぁ、って、あたしは女じゃないか。また余計に虚しくなる。
いやほらね、今日も教えの仕事でへとへとでさ、帰りにはまたふらふらとcafeに行ってクールダウンしていたから。仕方ないさ。と、ココロの中で言い訳。
発表会まで1ヵ月なのに、まだ振りがあがってない。この忙しい時期に体験の子を放り込まれても困る。構ってる暇はないけど構わなきゃ可哀相じゃないか。考えてほしい。ただでさえみんな反抗期で日々戦いなのに。

教えに行く電車の途中から見える川原の草が気持ち良さそうだ。
あの中に分け入ってがばっと草を抱きたい。
高いところを通っている電車だから遠くまで空がよく見える。山の影とか、きっと雨がどこかで降ったのだろう、河が早いのとかを見ながらとぎれとぎれ顔を照らす夕日を感じる。

また今日も夜がきた。
この繰り返し。
なんだかすごいな。

シルエット

c27.jpg

なんだか海にいって、その日暮れ時みたいな気持ち。
陽ざしが斜めだなぁ。

畑の緑がとっても綺麗。隙間なくもさもさと生えた芝生も。近づいてそのぬかるみに足を踏み入れて匂いを嗅ぎたい。
オフィーリアみたいにこの流れに、変わってゆく空と匂いをかぎながら横たわりたい。

無理はすまいと思うけれどやはり無理はしたい。
よくわからなくても動きたいときには動いてしまいたい。
あさはかだろうか。
責任はとるから。
度胸だけはあってよかったとしみじみ思う。


★ ★ ★


いつのまにかこんな時間まで寝てしまった。
疲れていたのかな。




もがくことすらできない。

『弟オレステスの放浪と帰還』

200507142119000.jpg

『弟オレステスの放浪と帰還』

音楽監督・指揮 笠松泰洋
語り      篠井英介
ダンス     森山開次 *HP*
ソプラノ    飯田みち代
バリトン    成田博之
演出・台本   鈴木勝秀

(17日まで)



銀座王子ホール で『弟オレステスの放浪と帰還』を観た。

んー…やっぱりすごいカラダ。なんであんなにしなやかな軌跡を描けるのだろう…。静と動。動なのに無だったり。静なのに爆発してるみたいだったり。刀みたい。
この人は生まれたばかりで研かれる途中の日本刀みたいだ。

オレステスはギリシャ神話のエレクトラの弟。父を謀殺した母を殺し、国を追われ、神に助けられる話。いや、もっとちゃんとした話なんだけど。
ギリシャ神話は好きで昔読んだけれど血の繋がりが複雑すぎ、人間なんだか神様なんだかわからなくて疲れた覚えがある。
裏切られた苦しみと手を血に染めたことで狂うオレステスを森山開次さんが演じた。
あー、久しぶりに観にこれた。

トルコのギターや笛、それに合わせて微妙に外した調律をしたピアノ。歌手も平均律に則らない微妙な音程を出す。
こういうイスラム風のシャララ~ンって音が大好きだから音もすごく楽しんだ。面白い。この音の重なりはすごく微妙なところまで考えられてるのだろうか?それともプロの集まりだから即興や個性からだんだんミルフィーユみたいに重なってゆくの?どんな作業であの不思議な和音が生まれるんだろう。オーケストラのスコアを書く人って本当に計り知れないくらいに天才だと思っているけれど、今日のような微妙な重なりをつくることも想像を絶する。
ダンサーなんかカラダひとつだもんね。

オペラ風の歌もこんな風に生で聴いたのは久しぶりだったからその響きに驚いた。こんなに溶けるものなんだ。こんなにまっすぐ突き刺さるものなんだ。
ミュージカルが苦手なのと同じようにオペラも台詞がそのまま歌になると「…」という感じに冷めてしまうんだけれど、今日は最後には気にならなくなった。
語りもよかった。あの女形の方。朗読の仕方、声の出し方…すごいなぁ。芝居を真面目に勉強してみたかった。ダンサーとはまた違う存在感。動きと作り出す風が軽やかに涼やかに美しい。


開次さんの柔らかな手の表情が好きだ。なんだろう。形…やっぱり骨の形が美しいこともあるんだけど、包むような宿るようなてのひらの中。掘りぬかれてほっ、と残ったみたいに時に頼りなく優しく。
足先が今回あまり見えなかったけれど足も好きなんだ。
先端の綺麗な人。
背中の梁みたいな筋肉も好き。

たまに…それは意識なんだろうけどすごく動きが「和」っぽい。ぎこちない動きがたまにある。音楽に反発してるみたいな。もしかしたら私と音の感じ方が違うのかもしれないな。
はっとする瞬間、その不安を打ち消すように弧を描く。

また鳥みたいな坊主にしてくれないかな。色っぽくて今のもいいけど。シュッて後ろ髪が立ってるのは可愛くてよかった。


劇場を去る時懐かしい教え子(といっても年上の、東大の先生をやっていた方)を偶然見かけて声を掛けた。指揮者の方と知り合い(英語を教えてたんですよ~)らしい。へぇ…すごい人だったんだぁ…。踊りにもなんにでも生真面目で印象的な人だった。ああ、びっくりした。世界は狭い。



帰りに銀座をうろうろしてスープカレーの店に入った。
原宿で働いてた時に一度は行こうとしていけなかったスープカレー。
辛くて美味しかった。
今も胃袋が熱い。


★ ★ ★

写真は銀座で見かけた素敵なアパート



鎖骨フェチ

私は鎖骨フェチだ。


どうでもいいようなことだけれど、やっぱり人のからだを良く眺めている。骨の形のきれいな人は思わず見とれてしまうし重心が変なところにある体は見ていると居心地が悪くなる。

骨が好きみたいなのだがその中でも私はどうやら鎖骨が一番気になるみたいだ。
鎖骨が肩に消えていくラインの最後がこつっと盛り上がってるのが大好きみたい。
だからこの薄着の季節になるとつい(骨の)綺麗な人の肩と鎖骨の境目のそこを、じっと見てしまう。
変質者みたいかな。
勿論自分のだって見る。

あまり骨を感じるほど人と触れ合うことはないけれど、そんな機会のある時にはやはりその骨のかたちをたどる。
肩甲骨だなぁって。
それから背骨のひとつひとつをなぞる。
鎖骨もぐりぐり触る。
迷惑だろうな、骨を触られるとたいていはくすぐったいものだから。
だからよく自分の鎖骨を触っている。



やっぱり変質者みたいだよな。