奥多摩小旅行 その壱
10時に池袋に待ち合わせ、奥多摩小旅行開始。
“鍾乳洞にいこう”ということの他には何も計画を持たずにでかけたのでちょっと不安になり、中央線の中で雑誌をひっぱりだし予習。お昼ご飯を食べる場所を決める。
奥多摩に行くと決めたのに高尾の方のおほうとうのお店が気になって仕方なかったけど…。それは次回ということにして。
行きの電車ではAちゃんが観て恐かったという外国版『呪怨』のストーリーにひたすら耳を傾ける。
恐すぎる。
恐い映画なんてちっとも観てないなぁ。『エクソシスト』の新しいやつを観に行ったのが最後だからずいぶん前。
日本の恐いものは本当に恐い。お化け屋敷でも西洋のものならビクビクしつつも入れるけど、日本のものは無理。入り口に立ってる着物姿のお岩さんをみるだけでしっぽが丸まって後退りしてしまう。凍り付かせるような威力があるんだよ、日本の恐いものの描き方は。
『呪怨』は多分、この外国人から見た日本、ていうのが余計に恐いんだろうな。薄暗くて表情ものっぺりしていて得体が知れない、日本。
ちょっと興味が出た。
立川で青梅線に、青梅で奥多摩行きに乗り換え。
奥多摩への電車は渓谷を眺めやすいように座席が全て進行方向左側に向いている。広告はなく代わりに奥多摩線を描いた子供たちの絵。ちょっとこの線に愛情を感じた。
一緒にたくさんの子供たちが乗っていたのだけれど近くのちょっと子ゴリラちゃんみたいなくりくりした瞳の男の子にずっと注目していた。可愛くて。軽く七三分けにしてるその髪型も可愛い。
彼は亀を2匹連れていた。きっと水浴びを一緒にするのだろう。それは勿論いいんだけど、うわぁ、と景色を観て身を乗り出す度に亀の匂いが増してゆくので可笑しくて仕方なかった。しょうがないよね、密封するわけにはいかないもの。
奥多摩の一つ前の白丸駅で降りる。ここに“ずり出しうどん”を食べさせてくれるお店があるから。
白丸駅には人がいず、suicaのチャージもできず、乗越しの料金箱はあったものの料金表もなく、仕方なく一時キセル。この年になってキセルなんかしたくないから奥多摩に行った時に事情を話して払おうね、と話しつつ。
でも結局この駅はとても地域に対し開かれているようで、お昼を食べた後違うルートで戻ってきたら改札も通っていないのにいつのまにかホームにいた。乗り降り自由なのだ、きっと。だから罪も帳消し…でいいよね?
お昼は「鴨足草(ゆきのした、と読む)」といううどん屋さんへ。
かなりちゃんとした、広い店にも拘らずホールのおばちゃんが2人しかいなくて(内ひとりはものすごーく要領が悪い感じだし)とても待たされた。
でも待った甲斐はあって、沢を臨むベランダで食べられたしうどんや山菜、鮎のてんぷらや刺身こんにゃくはとても美味しかった。うどんのコシもすごくよかったけどつけ汁が薬味いっぱいでさわやかで…満足。
せみの声や鳥の声。
川のさらさらいう音。
浅瀬の岩に流れが当たり、水面を八の字に乱していくその線。
見上げればもう大きさがよくわからないくらいの霞んだ山。
奥多摩小旅行 その弐
奥多摩駅で東京からの料金を払い、外へ。
鍾乳洞へのバスの時間を見ると何とあと1時間以上も待たなきゃいけない。「もしかしたらバスは30分に1本くらいしかないかもなぁ」と厳しく見通しをたてていたつもりだったがとんでもない。直通バスは一日に6、7本出てる程度だった。
すごいな。
観光地のようでいて、このもったいぶりよう。
でもまあ鍾乳洞だもの、そのくらい秘してくれないとね。
偽わさびソフトクリームを食べつつ(普通のソフトクリームに、おじいちゃんがわさび味のジャムをよろよろかけただけ)1時間待つしかないよねぇ、と話しながら一応駅前の観光案内所へ立ち寄る。
話を聞いてそのバスを待っても帰りには駅直通のバスに間に合わないらしいことが分かる。山道を30分歩かなきゃバスの来るところまでは戻ってこれない…と言うのだ。
そんな無計画な。と自らを棚に上げて思う。行け、あとは知らん。てそういうことかな。さすが大自然。獅子のようだ。
山道を30分…しかもきっと帰りは暗いよね。
あ、それに。そこの看板に“山には熊が出没します”とか書いてあるじゃない。鈴とか、持ってないよ。私たちダンサーだからきっと程良く美味しいし。
半身になって帰ってくるのは嫌なので行きはタクシーを使うことにした。
さすがいきあたりばったりの旅だなぁ。これも醍醐味、醍醐味。
止まっていた京王タクシーに乗せてもらう。何故京王なのか分からないけど。高尾なら分かるんだけど奥多摩なのに。
日原鍾乳洞に着くとその付近の滝や切り立った灰色の山肌に圧倒される。大きさにめまいがするほど。空間に対し自分の小ささが変で、うまくバランスが取れない。
人間の創るものって一体なんなんだ。私はあの削りだされた岩の欠片と、どうちがくて、そしてどんな重みがあるんだろう。意味は?
子供みたいにとりとめもない思考が流れる。
鍾乳洞はもう入り口からしゅわーっと冷気と霧が出ていてわくわくが止まらない。
入ると寒くて上着を着た。冒険みたいだね、と笑う。
気温10度、湿度85%。思ったより岩の壁は濡れていない。腕の太さくらいの巨大みみずが這い出てきそうな穴とか、もさもさの緑の苔とか(何故この暗闇で緑なんだろう)、直線的に削れた岩とか。
思いがけなく大ホールみたいな空間に出て驚いたり、流れる水の澄んだのを触ったり。
水琴窟というものがあって、この世のものとは思えないような音をさせていた。夢のような、ホント、神様のお部屋に奏でられているような。
体の中から響いて聞こえるのかと思うくらいのかすかな、澄んだ音。
TVで知ってはいたけれど(その時は鍾乳洞じゃなくて庭園のようなところにあった)この日原鍾乳洞にもあるとは知らなかった。うわぁ、よかった。
どっかに心がいっちゃいそう。
Aちゃんが話した『呪怨』のことが急に思い出されて恐かったり、どんなに目を凝らしてもカメラのフラッシュをたいても底の見えない闇の前ではやみくろを思ったり、恐い気持ちも味わった。
でも何といっても一番恐かったのは洞窟が縦にものびていたこと。すごく急な階段を登らなきゃいけない(そして降りなきゃいけない)箇所があった。
いつまで続くのか、手を離したら途端に転げ落ちそうな削れて斜めになった足場。天井も低い。
Aちゃんは高所恐怖症だ。そして私は閉所がちょっと恐い(特に上下方向)。
いつ終わるとも分からないその階段の手摺りを掴みながら、Aちゃんがガクガク震えてるのを感じながら、失敗したなぁ、と少し思った。地面からこんなに離れるとは思わなかったんだ。まさに『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』じゃないか。…あそこまで過酷じゃないけれど。
もしAちゃんが立ち止まってしまっても私にはそれをどうにかしてあげられる余裕もスペースもない。「あとちょっと」と励ましつつ、延々と階段を伝い降りた。
力が抜けて、おひさまの下によろよろ出てきた時の気持ち。
もうただ大きいこの山や水や緑を窒息するくらい胸に吸い込んで詰め込んだ。
たくさんの音や、匂いや、肌に触れる霧の感覚も。全部。
ほっとして一枚。白いのは湯気じゃなくて鍾乳洞からの霧。
階段にてこずったけれど帰りのバスには間に合って、居眠りの頭をばしばしガラスにぶつけながら奥多摩駅へ帰った。
いきあたりばったりの小旅行
稽古が早めに終わらなかったらどうするつもりだったんだろ、私。
雑誌を買ってパラパラめくると“鍾乳洞”の文字が。これだ!と、即決し、友達へメール。
お嬢さんのAちゃんだから「鍾乳洞なんてひとりで行け」って言われるかなぁと少し心配もあったけど、逆にちゃんとワクワクしてくれた。
鍾乳洞。
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』という村上春樹の小説が大好きなのだけれど、それに洞窟のような鍾乳洞のような場所を延々と歩く場面がある。その描写が大好きで、読むたびに自分がそこを歩いているところを生々しく想像することができる。
だけどそれを読んでから実際に洞窟を歩いてみたことがなかったから(子供の頃に秋吉台には行ったことあるんだけど。そういえば秋吉台に新しい洞窟が見つかったみたい。余計行きたい)、鍾乳洞いつか行くぞと思っていた。
今日それが叶う。…はず。何しろ無計画だから…。
わくわくするな。
山道、バスに酔いませんように。
…という か、その前にバスがありますように。
プロ意識って
会社が始まる前に、へっちゃらにしないとな。こんな風にぎこぎこ動くわけにはいかない。
昨日は稽古が少し早く終わった。ソロパートのダメ出しがあったから。少しその動きを見ていて複雑な気持ちになる。自分だったらどんな風に踊るか…それを頭で辿る。
今までずっと中心で踊ってきた。こうして食らい付いてゆくことができる環境に身を置くことができるのはいいこと。
だけど、やっぱり“その他”じゃない踊りを踊りたい。
それは別にソロパートをもらわなくてもできること。舞台のどこにいても素敵な踊りを踊るのは自分だから。
すごいなぁ。だから楽しい。
ハードな稽古をたった2日続けただけで体が変わった。反応が早い。とにかく、これだけは私の強みだな。
あぁ、でもだから油断にも繋がるんだけど。
今度という今度は努力なしには輝けない。
夜は両親と待ち合わせをして池袋パルコの「ぱいかじ」という沖縄料理屋さんへ。前友達と来ておいしかったから。
海ぶどうの入ったサラダ、島らっきょうや紫芋やお魚のてんぷら盛り合わせ、ソーメンチャンプルー、お好み焼きみたいの、ミヌダル、ミミガー。それから泡盛のカクテル。
母は肉が苦手で豚肉ばかり使ってある印象の沖縄料理を気に入るかが心配だったみたいだけど、美味しく食べられたみたいでよかった。
でも、こんなこと書くのも嫌なんだけと、お店の質ががた落ちしていた。7時に行ったのに品切れのものばかりだしお料理は前回の半分の量しかない。大げさでなく本当。
だっててんぷらも、前はゴーヤの分厚い半月切りが揚げてあったのに、昨日は揚げ粉の中に超薄切りのゴーヤが味付け程度に入ってるだけ。
ミヌダルも、前はサラダがついてきたし厚みもあって満足できた。今回は細いかりんとうがでてきたのと思った。ひどい。
すべてそんな感じだった。味はいいんだけどこの落差にはがっかり。
ほんとにがっかり。
勇気と親切心があったら店長を呼び出したかったくらい。これじゃお客さんいなくなっちゃうよ、って。
でも胸にしまう(しまってないじゃん)。
もうあそこには行かない。
こんな風に感じたお店は久しぶりだなぁ。お盆で材料がなかったからなのかな。魚のフライも、チップスみたいだったし。だめだよ。信用をなくすようなやり方はいけない。
でも初の沖縄を楽しんでもらえてよかった。
















