投影の先
あたしを恐れないでほしいな
なにも確認せずに
なにも触れずに
それはただのあなたの影でほんとうのあたしじゃない
こんなにこんなに
あたしはあたしの影と対話をしてる
すべてをもしかしたらそこに映して、
いったん形をかえてしか飲み込めないのかもしれない
ただそこにあるそのままを
ただシンプルにそのまんま
ほほえむようにうけとれたらいいのに
だからあたしは、
いろんなことを心配しちゃうんだ
騒めく空
帰り道に今日はたくさん鳥が飛んでいるなぁと思った。
群れが二つに別れてまた出会い、また一瞬離れる。どちらについてゆくか、そこにはどんなルールがあるんだろうと思いながらみていた。
すると駅に着くとすごい騒ぎ。
しゃわしゃわ、蝉の声のように聞こえるのはたくさんの鳥のさえずりだ。線路をまたいで電線にも、駅前の木にもいっぱい群がっている。
思わず足を止めてしまった。
どうしたの?
駅前の木は10本ほどある。なのにそのうち7本くらいはもうとまるところがないくらいに埋めつくされて枝が撓んでいる。
騒ぎながら飛び、また戻ってくる。
でもそれを気にしている人はほとんどいなかった。
私も胸騒ぎは感じない。
だから心配はしていないのだけれど…
でもなんだろう。
まだあの鳥たちのさんざめきが耳の奥に残っているような気がする。
電車をおりたときに少し雨のにおい。
夕立がくるのかな?
それとも…
今日は新しい敵がきただけかな。
★ ★ ★
このあとおうちに帰る途中、鈴虫たちも声をそろえてないているように思えた。
なんなの?
なんなの、どうしたの?
って。
胸の中で問い掛けた。
でも、
きっと私の気持ちがその光景とシンクロしただけなのかもしれない。
あの太陽の影響を抜けて、とりのこされたソラが色を変える、その時間の中で。
でもあの鳥たちはなんだったんだろう。
渡り鳥だったのかな。
休憩地点に遭遇しちゃったんだろうか。
ほんのひとことで。
でも余計に寝たおかげですっかり元気になった。
しかし最近バイト先に長くいないせいか勘が働かない。すごく鈍くてたまに焦る。
ダメだなぁ…
溜まった仕事は明日片付けちゃわなきゃ。
明日は職場の女の子はみんなお休みみたいなので私ひとり。はかどるぞ~。
今日はこれから教え。
今回は長い振付けをしているのだけれどその方が子供は楽しいみたい。
なかなか覚えられない子、もっと長く振付けしてよーと生意気言う子。色々いる。
でもそういうちょっとの違いなんて本当は全然問題じゃない。
お母さんやその子自身、たぶん他の子と比べて色んなことを思うのだろうけど、本当に大切なのはそんなことじゃない。
特に子供の頃は。
レッスンでちょっとずつそういうことを言ってあげよう。
そして自分にも。
この、自分のできることを少しずつ伸ばしたり修正したり。
それが大事。
焦らずに。
ちゃんと見つめて。
午後のさえずり
いつだったか…いつのものようにお昼休みに本屋さんで立ち読みをした際に『ピアノと平均律の謎』という本を見つけた。ふと惹かれてぱらぱらと捲ると、そこにはピアノという特殊な楽器と、それを調律することの奥深さがひろがっていた。
本当にさわりしか読めなかったけれどその、ただの調律の専門的な説明書ではなく音と接することに対する愛情と、なにか物語がちりばめられているようなその語り口にどきどきした。
欲しいな、ちゃんと読んでみたい。
そう思っていた時にちょうどある方の日記にめぐり逢った。
新しいピアノのことに関する記事。そのピアノに対する温かくてまろやかな視線。
美しい弦の写真と、猫が得意げになって鍵盤を押さえている写真に惹かれ、声をかけた。
そのひとは奏でるようにこの調律に関すること、ピアノの音の不思議について、語ってくれた。
そうして、もっと知りたくなった。
今日のお昼休みにこの本を買ってからまだ開いていない。こうして仕事をしている私の視線のぎりぎりのところに小鳥みたいにすっと静かに立っている。
どんな、新しい感覚が待っているんだろう。
多分新しい空気がそこに待っている。
そんな予感がひしひしとその閉じた本からは漂ってきていて、胸がはやる。
…あまり私には理解できない専門的な内容もあるかもしれないけれど。それはそれでいい。想像したりして補うから。
音の不思議。
踊っていると私に染み込んでくれる、あの音にはどんな謎が隠されているのかな。
- アニタ・T.サリヴァン, 岡田 作彦
- ピアノと平均律の謎―調律師が見た音の世界
琴線
昨日父がお風呂からあがって、私に「お風呂いいよ」と声をかけてくれたあと、居間の方から私の部屋の方向に風が吹いていて父が頭に塗っている薬用なんとか(もう遅いって!という家族全員のことばは聞こえていないようだ)の匂いがしてきた。
その時に、
何だかすごく悲しくなった。
まただ。
私は父がいなくなったら、たぶん今のこの場面、この匂いを思い出すんだろうなって。
母のときは唐揚げの匂いだった。
ろくに家族と顔もあわせず殆ど寝に帰るようなものだった。踊りや仲間たちといることが楽しくて。でも家族に負担をかけていることもわかっていた。もし私がお母さんだったら…私みたいな娘にがっかりするだろうな、って。だって一緒にでかけたりおしゃれしたりお手伝いしたり…そんな普通の娘との夢みたいなものが、私では何も叶えてあげられていないから。
ある日もう12時を過ぎて家に帰ると、暗くて静かなダイニングに夕飯の唐揚げの匂いだけが残っていた。
お母さんがいなくなった時に、私は今日のこの匂いを思い出すんだろう。
ふと強烈にその思いに教われ、私は泣いてとまらなくなった。
夜中なのに彼に電話をしてしまったほど。
昨日感じたことはそれほど強烈ではなかったけれどとても胸がぎゅうっとなった。
夕飯の時にお母さんへの電話にお月さまのことひ話していた父。
自分と同じものを見て嬉しそうにしている父を、ひっそりと微笑んだ私。
いつかそれを懐かしく、切なく思い出すのだろうか...って。
どうしたんだろう。
ちょっとしたことが今とても胸にささる。
前兆だろうか。
幻の死を身近に想像してきっとかなしみを遠ざけようとしているのだ。
★ ★ ★
写真は以前お友達にいただいたもの。
深い森で、こんな湖にであったら…
私はお月様がのぼるまで、ずうっとそこにいてしまうかもしれない。

