アマヤドリ -286ページ目

セナカアワセ

遠くをみつめすぎた。
なんだか。
なんだかね。

遠くをみつめているふりかもしれない。
それでほほえんでるふり。
から元気でもいいって自分をだましたり。

なんでもものごとには悪い面とよい面があって、だから今の私のもしかしたら失敗のこのごまかしにもちゃんともたらしてくれるヨイコトがあるのはわかっている。
だから平気なんだ。


でも。
ヨイコトと信じていてもね。

いつのまにか錆びて隙間ができてしまったサイダーの缶を音もなく通り過ぎる風。
かなしげなヒューっていう音が鳴ってくれたらまだいいのに。
砂がたまるまで気付かない。
砂でぎっしりになっても、なんだかからっぽのようなかんじがして進むのだろうか。ぎしぎし、深いふかい足跡をつけて。

その足跡からはすいかずらの蔓がのびて、ちゃんとちっちゃな花が咲く。思い出したように虫もよってくる。
だから絶望なんかじゃないんだけど。
ちっともくらい気持ちになってるわけでもないんだけど。
だけど、
このからっぽなかんじ。


諦めることがたくさん。
でもそれを選びとるのも自分。

でもどうしようもないことがあるというのも自分だからって。前向きに。前をむくしかないもの。そういう意味ではすごくすごく、私はリアリストなのかな。
自分と、それから大事な人にだけ。



振り向いてその砂漠に、ずっと地平線まで足跡のつづくその砂漠に目をこらすと、あちこちにものがおちているのが見える。
まだみずみずしいふたばもあれば、
かたちだけ残ってもう音のでないラジオもある。
風化してなんだかわからなくなったものもあれば、
風化しているけれど私のなかに何かを呼び覚まして(それはちくりとした感覚だったりじんわりと波紋を広げるぬくみだったり)吹き抜けてゆくものも。

瞬間に砂の波は海になって、耳のなかが水の音で満たされる。
光は遠く。
揺らいで不確かな。


わからなくなっているんだろうか。
なにが?

なにがだろうね。



溺れながら、乾いている。

white sky

昨日は12時くらいにきっぱり携帯を手放して眠った。だからすっきり。
それに今日から空も気温もすっかり秋だしね。
なんて気持ちいいんだろ。

秋。
秋っていうだけで深呼吸をしたくなる。
やさしい季節だな。


10月だっけな?
大好きな写真を撮るひとの展覧会が静岡で、ある。
ロベール・ドアノー。
観にいけるかなぁ。
リハーサル中だったらちょっと無理だな…。

なんだかふらっと旅みたいなことをしたくて、それをかねて観にいけたら最高なんだけど。



人生にはいっぱい、つめこみたいことがあるな。

今日のもやっぽい空でさえ。

待ち伏せの並木

今日は一日優しくいられた。

自分の感情はめまぐるしく変わるしたまに暴れ馬みたいに感じることがある。ひとから見て私はちゃんとひとつの人格に見えているのだろうか。
たまにそう心配する。

気分屋で自分を恐いなぁと思うことがあるから。たまに。
こんなふうに優しくいられた時は特に。



きっと今これを頑張ったら。
なにかがくるっと変わるのかもしれない。
息を詰めていたことに気付いて肩を下げられるのかもしれない。

このことをちゃんと見つめて。

ああ、夜だな。
秋の夜。


表参道を歩きたい。
今年もひぐらしの声が夕焼けに溶けているのだろうか。

空に蓋された朝

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不思議だけどちゃんと自分を開いているときはそれがひとにもわかるみたい。そういうときはきっと自然にいろんな事ができるし、微笑んでいるんだろうな。

なかなかうまくいかなくて落ち込んで、でも開き直った時…というかくよくよしても仕方ない、って吹っ切った時、私は強いみたいだ。
土壇場で妙に冴えざえとして、不思議とまわりからも救われる。
なんでもぎりぎりにならないと力を発揮できないタイプみたいで。

舞台でもそう。
それだけはわかっているからちゃんと自分をいつも追い込むことにしている。自分にプレッシャーをかけるのは、好き。大きければ大きいほどファイトが湧く。
そんな時私って強いなぁ、って思って自信を深めることにしているんだけど、でもこれって舞台が私の生き死ににかかわるほどの大きなことじゃないから、なのかもしれないな。

でもとにかく、プレッシャーに負けたり自信がないって弱音を吐くことだけは考えられない。
だって好きなんだもん。
好きだから、やるだけ。
自信がつくまで努力するだけ。
すごくシンプルだ。

もちろんいつもうまくいくわけではなくてやはり失敗することもあるし後悔が多少残ることもある。でも別にくよくよしないですむのは自分がちゃんと努力したことを知っているから。しかも楽しく。
だから反省はどっさりあっても、次につながることばかり。


ああやっぱり私はすごく楽天家なのかもな。
そしてもしかしたらもっと繊細に悩んだり後悔できたほうが伸びる部分もあるのだろう。
これがいいとことわるいとこの表裏一体なところで…
でもそれをわかっていればいいか。

と、また楽天的。



自分に甘い、部分もあるのかもな。

でも誉められて伸びる部分とたたかれて伸びる部分、両方もっているからこれでいいのかもしれない。

『アメリ』のお部屋

ミヒャエル・ゾーヴァ, 那須田 淳, 木本 栄
ミヒャエル・ゾーヴァの世界

ちょっと気になった本。

ミヒャエル・ゾーヴァは、映画『アメリ』の中でアメリの部屋に飾ってあるエリザベス・カラーをした犬の絵をかいているひと。


(こんな絵)


舞台にも携わっているそうだ。


作品に対するこだわりや、絵への想いを知りたい。