また、ひとかわ
新所長のお祝い会は、大成功。
本当に私が来る事に気づかなかったらしい。実はその日の昼間打ち合わせをしている時に急に上司が「なんの話してるの?」と(人懐っこいひとなのだ)近づいてきて危うくばれそうになったがちゃんと小芝居をして事なきを得た。
場所は神楽坂の本当に民家の合間にある渋い料亭。二度とひとりではいけない。ちょっと趣のある小道をくねくね入った所にあるのだもの。
バラを手に私が入ってゆくと所長は目をまんまるにして驚いていた。すごく喜んでくれたみたいで、よかった。
しかし、ナゼ私が行く事でそんなに喜ぶのか。ただの冗談じゃなくて、本当に可愛がってくれているのかもしれないな。喜ばしい事だ。
ご飯も美味しくて、そうして、この新所長の人脈がとてもあたたかいことに改めて気づかされた。あなたについてゆきます!って思わせてくれる、穏やかで、おちゃめで、頑張り屋さん。うん、私ももっと力になりたいな。この人たちを直接手伝う事は出来なくても、働きやすい職場を作ることは出来るかもしれないのだもの。
このお祝いの場にいられたことが嬉しかった。私を思い出してサプライズゲストとして呼んでくれてありがとう、Wちゃん。
帰りはもう12時半だったのでタクシー。私ともうひとりの女の子と所長とで乗る。2人はすぐに寝てしまった。結構飲んでいたからな・・・私は飲めないからお目めぱっちりだけど。
すごい雨だった。前の車にはねが生えたみたいに、水しぶきがすごかった。高速では前のトラックが跳ね上げる水が濃い霧みたいになって視界が全くなく、怖かった。時々後輪ががりがり音を立てる(多分水の音)。叩きつける雨の音でエンジンの音が薄くなる。
私はなぜか電話をしたくなった。
本当に、その思いは切実だった。
ひとりで目覚めていて孤独を感じたのだろうか。揺れるタクシーが怖かったのだろうか。何度も通っているこの高速の風景が私のなにやらボタンを押したのだろうか。
・・・でも何を話すというのだ。こんな夜中に。
しかも二人を起こしちゃうし。
可笑しくなった。へーんな、私。
そして、やっぱりそんな風にあのひとを求めてる自分のこのどうしようもない気持ちが、ちょっとかなしかった。
ムーミンの故郷
ムーミンの作者、トーベ・ヤンソンの特集をTVで観た。
ムーミンは子供の時には実はあまり興味がなかったらしい。読んだこともなかったしアニメも観た覚えがないくらい。
大人になって文庫を読んで、その静かで少し淋しく閉ざされた世界に魅かれた。
その生きものたちのありのままの生き方やどこか哲学的なものの考え方に驚きを覚えるほど。
タルコフスキーにしてもそうだけれど私は北の方のひとの思考や観ている景色にとても興味があるみたいだ。
その白い風景のなかに淡く浮かぶ色を一緒にみたいと思う。
音も色も、空気も、自然の声も。なにもかも稀薄だからこそ体が感じて積もるものは圧縮されているのかもしれない。
目を細めて雪のなかの仔鹿を見定めるような。
なんだろ、あ、集中力に似ている…かもしれない。鋭い、混じり気のない。
じりじりと待っているその忍耐力みたいなもの。
トーベは晩年を孤島で過ごした、ということを聞いたことがあった。もっと世捨て人みたいになってしまったのかと思ったらそうでもなくて、それはまるでムーミンたちの別荘みたいに可愛い小屋だった。
トーベがいない間にはその不在を淋しがる何かがいそうな。
やさしくて純粋な世界を持ったひと。
私が好きなお話は嵐のなかのフィリフヨンカのお話なんだけれど、トーベはお父さんに夜の海のあらしをみにつれていってもらうことがあったようだ。
フィリフヨンカの感じた(そして読者である私が感じた)あの絶望の中のものすごい美しさ、嵐なのにまるで無音のような圧倒的な存在感。
あれはトーベが子供時代実際に感じたことだったんだなぁ…
色んな景色をみたいな。
そこからなにを感じるのか。そして私がどう変わるのか。
トーベのあの小屋へいつか行きたいな。
▼タンペレ市立美術館 ▼
この模型は、トーベ自身も製作に携わっている。めちゃめちゃかわいい!
TRACKBACK
▼SONNETTEさん の手元にはシベリウスのフィンランディア。
どんな曲だっけな?
北欧に興味が出たのは、の『サクリファイス』や『バベットの晩餐会』を見てから。
そしてこのムーミンでさらに興味がひろがったのだけれど。
でも知っている事は少ない。
村上春樹さんが北欧の言葉は難しい、と何かで書いていたのを覚えているけれど。
サプライズゲストをつとめる
サプライズゲストとして呼ばれたからには愛の薔薇でしょ!とお花屋さんを探すがなかなか見つからず。町のちいさな、おじさんがやってるお花屋さんしかなかった。
でも途中奥さんが戻ってきてラッピングをしてくれたからよかった。
私が考えたような超素敵なセンスよさげな一輪ではないかんじもしないではないけど(奥さん、ごめん。でもさ、クリスマス用の赤と緑のリボンは可愛すぎだって。さすがに止めたけど)まあ、いいか。
薔薇は渋く、ちょっとビロードのような暗い色。
薔薇ってたくさんのひとがたくさん改良して、もういろんなものがある。
なぜこんな美しい偶然みたいな重なりあいをしているのだろう…。すごいな。魅せられたひとの気持ち、わかる。
こうして会社に馴染んでいっている自分もまた楽しい。
今までどこか…いや、今だって少なからずそうなんだけれど私は“ここ以外のどこかで生きている”みたいに思われることがよくある。自分自身もそう見られていることを感じる。心の底からどっぷりそこに入り込めない自分がいるのも自覚してる。
全然そんなつもりはないけれどなかなか本気で話したり手の内を見せることができない。
一見人懐こいところもあるので親しみを持ってもらえることが多い。幸せなことだ。本当に嬉しくてヒヨコみたいに懐きたくなる。
なのにそれを嬉しく思えば思うほど、私の側からはちゃんと見せていないのではないかという不安が沸き上がる。勿論手抜きなんかしていないつもり。でも…踏み込めない自分がいる。警戒心を隠すためなのだな、この裏腹な人懐こさはきっと。
私はすごく薄情なのかもしれないと悲しくなる。臆病なのはいいけれど薄情なのは辛い。他ならぬこの自分なんだけど。
ちゃんと自分でいられる自信がないからシャットアウトする、というような。よそ行きの顔みたいな空気を纏ってしまう…のだろうなぁ。自分のことはわからない。踊りでもそうだけど。自分の色も見えないし。
淋しがりなのかな。なんだろ。
とにかくこれは弱さなんだ。体当たりできない弱さ。
それでも最近少しずつ解けていっている感じがする。
大丈夫なのかもなぁって。ゆっくり話して、知ったり知ってもらったりする時間があるよ、って安心しているのかもしれない。
この職場に入って1年。
慣れるのが遅すぎる。
まぁいつも時間に追われて必死だから仕方ないか。
今日は心からお祝いしよう。みなさんと楽しい時間をすごそう。頑張る。
うん、私にとってはすごい頑張りなのだ。
とっても変なのだけど。
一眼レフ
この子の笑顔が本当に好きだ。思わず一緒に微笑んじゃうぜ。
で、ふと、あ…うちのお父さんは一眼レフ持ってるじゃない!ってことに気が付いた。すごくでっかいカメラ、あれはまさしく一眼レフだよねぇ?
どうして気付かなかったんだろう。
記憶の落し穴みたいなところにぽとり、だった。
一眼レフ。
きいてみよ。
ハイジみたいに
うん、愚痴じゃなにも解決しない。なのでちゃんと帰りぎわに、解決するべくもうちょっとうまく仕事を進めるための提案をしてきた。もしかしてこれを実行すると私は大変になるのかもしれない。でも混乱は減る。一人で管理するほうが楽だし確実な事柄だから。
少しずつだけどまとめていこう。これから管理業者が何倍にも増えるんだし。
舞台終わったら少し楽になる。
楽に…?
バイトでの責任をあまり重くしてはいけない。こうして2足のワラジを履いていることは予定ではもっと短期間の筈だった。
教えや、舞台や、留学。
少し頭も気持ちも身もいろんな意味で軽くなってゼロに近づいた今、だから考えなきゃ。
強くなることと同じで、まっさらになるということは今まで抱えてきた色んなことがちゃんと体に染み込むかなにかで意識しないで支えられるようにることのような気がする。
だから“ゼロ”は波の谷間に落ち込んでしまったゼロじゃなくて、お山の頂上に上ったら頂上じゃなかった、のゼロだ。がっかりする必要はない。振り向けば私はもうずいぶんと高みに登っていて箱庭のような景色が広がっている。あんなに大きかった樹が芝生みたい。あの道の先にはあんな屋根のおうちが連なっていたんだ。って。
空気も結構薄いけど、もうちょっとで雲を突き抜けられそうだし、ってわくわくする。
たぶんこうして登っていって地上の景色の細かいところが見えなくなることはあると思う。けれどそこにはまた新しい植物があって、山の途中にマチュピチュみたいに町があって、ひとともすれ違って。
疲れたらひんやりする石に座って夕日を眺めたらいい。
別に、わーーーーって山から転がり降りてみてもいいんだし。
私のまわりの世界は私が認識してるから、在る。
そんなばらばらを誰かとたくさん共有しながら。
今日は可愛がってもらってる上司が職場の長になったのでお祝い。私はサプライズゲストなのだ。←使い方あってる?喜んでくれるかな。
仕事掛け持ちのうえそのパーティに行くとまた東京と埼玉を2往復半しなくてはならない。体は疲れるけれど、気持ちはにこにこだ。
一日頑張ろう。
