アマヤドリ -266ページ目

しぇいくすぴあと初稽古

昨日は残業をなんとかこなしてから振付けのためNさんの劇団へ合流。思ったより遅くなってしまった。
稽古場は児童館なのだがこういう雰囲気は本当に懐かしい。管理人のおじさんに挨拶。今でも無料なのかしら?ドアを開ける前から聞こえてくる稽古の声。
NさんとA実ちゃん、それから男の子2人に振付け。
ちょっと早めの曲を刻んで振付けしたので大丈夫かな、と思っていたけどなんとかなりそう。皆楽しそうに覚えようとしてくれてよかった。
お芝居している人で「踊りなんか」って思う人って結構いるから。私はとても勉強になるから訓練として取り入れて損にはならないと思うのだけれど。
とにかくよかった。A実ちゃんがわたわたしたり「できないよー」とかいいつつも必死で可愛い。

帰りにNさんと軽く食べて帰ることに。やはりもうお互い舞台に対する想いも勿論全てではないにしろわかっているし普段の想いも日記を読んでくれているし、変な感じだねーと言いつつ心をオープンにできる。
今回の舞台には相当な思い入れが含まれているのをひしひしと感じるので、私もそれを後押しできたらいいな。そしてよい勉強をさせてもらおうと思う。

ついほほえんじゃうんだけど、NさんのA実ちゃんの可愛がりっぷりったらない。
ゼロから育てた存在って本当に可愛いんだよな。わかるわかる。だからふふふ、っていつも見ている。


出来上がりが楽しみだな。

新しい深呼吸

妙な落ち込みが災いしてとても夜更かしをしてしまったせいで朝のレッスンにはいけず。ここで落ち込んでいたらこれぞ悪循環なのだけれど、夜のうちに立ち直ってから眠ることができたのでそんなこともなく。

のんびりと用意をして、チーズとバナナとハムのホットサンドと黒ごまを入れたヨーグルト、ココアと柿をおなかに入れて稽古に出かける。

バレエのほうは振りが上がったばかりなので念入りに復習。

今回はコッペリアの戦いを踊る。姫じゃないからちょっと残念。だってこういう踊りをやると、自分の得意の部分でやってしまうのだ。振付も私に合わせてか、かなり男性的で激しいし。

途中次のリハーサルまでの間に友達とご飯を食べる。ジョナサンでかに雑炊。

ちょっとだけ、色んなことを話してしまった。どうしてずうっとこなかったか、っていうこととか。

なんだか言い訳みたいで恥ずかしかったけれど、でも一緒にこうして舞台を経験してきた仲間だから、ふと、口をついて出てしまった。最近私は暴露ばっかりしているかもしれない。



今日からコンテンポラリーの方の振付はこないだまで一緒に舞台を頑張っていたYちゃんが担当する。

うん、やっぱりいい!やったことのない動きばかりだけれどもわくわくする。これはものすごく勉強になるだろうな。かっこよくできたらいいなあ。

Yちゃんの素敵な動きの秘密に少しでも近づきたい。



というわけで今日は肋骨の周りの筋肉が全部筋肉痛で、息が苦しい。

ありがとう、たーくさん。

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落ち込んでいたの。
ほんとうはかなり
理由もわからないまま、
落ち込んでいた。
気付かなかった。
自分が落ち込んでいたこと。
だって元気で前向きでいたいから。
がつがつ前に進んで風を受けて笑っていたいから。
でもなんか椅子に座って久しぶりにCDTVなんか見ていたら、
そのままお尻が椅子にめりこんでいっちゃって。
胸に重しがずしんとあることに気付いた。
やや、いかん、って大好きなピオーネを食べてでもやっぱり立ち上がれなくて、
大好きな豆乳鍋も食べたのになんで、と考えたら
やっぱりそれは、
はっきりと胸のいたみだった。
不安とか淋しさとか期待とか迫りくるタイムリミットとかあたしのだめなところすべて、
自分でどうにかするしかないぜーんぶを、
ただ頑張ってどうにかするよ!って笑って前向きに、
あたしは解決できると思っていた。

だけどこれはちゃんと壁なんだ。
もう全然前のわからない、ウルトラクイズのマットか泥かみたいな。

でもでも。
そうだ、ちょっとパソコンを開こうって自分のこの日記をみて、
お友達のコメントをみた。

そしたらそれがものすごい。
たったのひとことなのにさ。肯定の文字にするとたったのふたつや、うなずきやにこにこ、ただそれだけなのに。

びっくりだよー。
元気をもらった。
それからなんかちょっと涙がでそうになった。


すごいなぁ。

で、
ただ楽しく歩いてゆくんだ!って言ってないで、
あたしはもっと泥にまみれないといけないと気付いた。
ばかばか。
甘えん坊。
もっと苦しんじゃえ。
だって。

大好きな踊りのことだし、
大切な自分のこれからのことなんだもん。

ちょこっとくらい胸がくるしくたって当たり前!
あたしには。

たくさんの味方がいる。
どろどろにもがいてあー、ダメだぁってへのじ口をしても、
ぴしぴしお尻をたたいたり
ふんわり抱き起こしてくれたり
遠くから「早くきな!」って手招きしてくれるひとがいる。

顔も知らない私にさ。

にこにこだけしている私なのに。


あたしは、むくむくふくらんでいくぞって、
いま思っています。

永遠はなにとにているか

あのひとを本当に好きだと知ってね、わたしは変わったの。



その手紙はそんなふうに始まる。何度こうやって開いただろう。はじめのこの文句はもう手紙を開く前から浮かぶくらいだ。
あの雨の日の水溜まりに落ちたせいで少しインクが滲んだ文字。黒いインクなのに滲んだところは藍色になるんだ、ともう乾いたその跡を指で辿る。丸まった紙の端は汚れていてぱりぱりする。あたしは紙をこんなふうにくしゃくしゃにするくせがある。昔から。
…昔から?
…うん、もうずっと長いこと。
指にこの紙の尖った感触を確かめながらでないと文字なんか読みすすめられない。特にこんな。
どうしてこの手紙をあたしはこんな風に持っているんだろう。汚れているのにどうしてあの日、握り締めたままにしていたのかな。



何度も繰り返し反芻して自分を苦しくさせることしかできなかったの。もともとわたしは誰かを好きで居続けることが自分にできるのか…それだけが不安でね、いつもそうじゃないかもしれない気持ちをちょっぴりでも見つけるともう悲しくて祈るみたいだった。
なのにね、たぶんその時は反対だったんだと思う。がむしゃらに自分があのひとを追い掛けてみて、でもいつもちゃんと第3者みたいにそれを分析していた。こんなことしてどうなるの?何がしたいんだろう、わたし、って。
でもそういうもんなんだって。わたしにもそういう種類の感情があったんだ、って、もうずいぶん経ってしまってから気付いた。



しじみは、とあたしは手紙を丸めて左へつづくまあるく切り取られた暗やみを見つめた。
遠いその先からアナウンスより前にオレンジの光が近づいてくるのを見るのが、あたしは好きだった。目玉だ。からっぽの視線。
しじみ。
しじみは…
しじみは、この手紙を読んだことがないのだ。何度もこれを手にとっているのに。じいっと透けるくらい、この封筒ばかり見ているのだ。
なんて愚かなんだろう。この宛名の先に、何かがあると思っている。



わたしは、感情にはもっときちんとした仕切りみたいなものがあると思っていたのね。ことばにすることの難しさはかねてから感じていたけれど、このこころの混沌の中ではひとつひとつが独立して泳いでいるって。ことばにできないのはそれを掬うことがただ困難なせいだと思っていたの。
だからこのこと…今回のこのことはわたしにとって大きな発見だった。もしかしたら生まれてからたくさんの変化や進化をしてきたその全く気付かなかった一連のものごとを、折り返しみたいに気付き直したくらいに…ううん、わからないな。たぶんこんなふうには言えない。
混沌の中を泳いでいるのはまた混沌なんだってこと、それはね、そのたった一部なの。



あたしがこの手紙の文句を覚えているのはこの手紙が素敵だからでもなんでもない。ほかになにもないからだ。
…もうくびが疲れた。待っていてもそれがこないことはわかっている。
でもあたしはしじみのおおきな生温い手が肘を遠慮がちにつかむまで、こうして深いどこかへつづく暗やみを見ている。ジェットコースターのようにそれがあらわれる瞬間を。

小指の思い出

この季節になるとふと思い出すこと。


以前友達が先生をしている小学校の運動会の振り付けをさせてもらったことがある。
練習のために何度も通ったし一緒に給食を食べたりして子供たちとはとても仲良くなった。
とても素直で元気でよい子たち。

運動会当日はもちろん本番を観にいく予定だったがその日、まだこいびとではなかったこいびとの車で出掛け、インターに入ったところで事故。
原因は後ろの車の不注意で私たちには全く責任はないという判断だった。誰にも少しのケガもなかったからよかったのだけれど。(その車には赤ちゃんが乗っていて、ぶつかられた直後は怒っていた彼も赤ちゃんを見たとたん青ざめた。赤ちゃんはすうすう眠っていました。)

車もかなりべこべこになってしまったし事故処理もあるし…でどうしても運動会に間に合わず、そのことを友達にメールで告げ友達は子供たちにそのことを伝えてくれた。


後日小学校に遊びに行った時、(遊びに、が許されちゃうからよくわからないけれど)ごめんね、と謝る私を、子供たちはケガをしたんじゃないかと思っていたらしくすごく心配してくれた。
元気だよってちゃんと友達も伝えてくれていたらしいけど子供にとって事故=ケガなのだろう。

その中に双子の男の子がいたんだけどかたわれくんは「ケガ大丈夫?」としきりと私の手を見る。この子にとってケガって手のケガなのかしら、と微笑ましくて、どこもケガはないよ、誰にもケガはなくて車のケガももうすぐ治るしね、と安心させた。


その日子供たちと別れるとき、さっきの双子のもうひとりの方が私に「また遊びにくる?」と話し掛けてきた。うん、と私が笑うとその子は自分の半分もない小指を「ほら!」とみせてくれた。
何かの事故でなくしたのだろう。事故に遭った私に親近感を覚えたのか双子だけどここがちがうよって見せてくれたのか。別段いつも隠している様子もないし、にこにこと名誉の負傷をしたんだとばかりに。


その時に私はああ、と、かたわれくんの行為の真相に気付くことができた。

きっとこの子の指が切れちゃった時、ご両親やまわりはやはり悲しんだりしたんだろうな。本人よりも、きっとまわりのその騒ぎや悲しみのそのイメージをかたわれくんはよく覚えているんだ。

私が事故に遭ったと聞いたときに真っ先に頭の中がそれと直結したに違いない。
ホント、さりげなかった。
あの私の手をとり、覗き込む仕草。

本人たちにとっては別にすぎちゃったことだしトラウマとかそんな重いことではないんだろう。私もそういうふうに…かわいそうにって感じたわけじゃなくて、子供の心ってなんて敏感で、色んなものが根強く残るんだろう、ということだった。


元気かな。
またみんなにあいたい。