自分に喝
いつもは終わったあとすぐ淋しくてどうしようもない気持ちになるのにさすがに今回は次もあるし目的もあるし、空虚な感じはしない。
ただぼんやり。…というかぼけている。
仕事もちょっとぼけ気味。終始眠たいのは相変わらずだし。
まぁ息抜きをしているということで今週いっぱいは大目に見よう。←自分に甘い
ドイツ行きが楽しみで、figaroのドイツ特集のバックナンバーを取り寄せしてもらった。だって私が滞在しようとしているベルリン特集なのだ。
あぁ、まだなんにも具体的には決まってないのに。気楽な私。
3月に子供の発表会をやるかもしれないとスタジオから言われている。
まだ全然本決まりじゃないから決まる前にちゃんと言わないと…1ヵ月の間誰に代行してもらおう?Aちゃんはバレエだし…Kちゃんは子供には厳しすぎるかな…?
1ヵ月だけ、という考えは捨てて色んなことを処理してゆかなくてはならないなぁ…じゃないと迷惑をかけてもいけないから。かといって戻ってきた時に居場所がなくなる…というか生活手段がなくなってもいけないし。
うまく、正直に私のやりたいことを伝えなきゃ。
まわりから見たらこれは私のわがままだし、でもそれを通したいのだからそれだけの誠意をもたなきゃいけない。
失うことを恐れて守ることはしな くていい。
それだけの価値のあることにすればいいだけのことだ。
藍色の空の下の四角い灯りたち
なぜ疲れたかと言うと一日中ぼんやりさぼりすぎたから。いかん。
とても素敵な色の空。
ちょっとくすんだ、ぽっかり胸をふきはらうような。
なにかひとつ物事を待つと、それ以外のことが全部保留の上での思考に変わる。私のいけない癖。
それまでの時間だって基調なんだからね、とちゃんと自分に言い聞かせる。
青山円形劇場で明日からやっているドイツのコンテンポラリーの舞台。観にゆきたいけれど恐らく稽古の様子によっては無理。
今のうちに色々観ておいて、参考にしたいなぁ。
インターネットで色んな踊る人や舞台のことを観ているうちに、なんて自分は小さいんだろう、と思う。
なんにもできない。
なんにももっていない。
私のよいところはたぶんまだまだ真っ白でなにもかも吸収できそうだということだけなのだけれど、果たしてそんなもの、この年令の私に誰が求めるのか?
あーあ。
でも弱気になってるわけじゃない。
まあたとえ弱気でもいいんだけど。
やってみようって決めたんだしやりたいなら多少の困難や不可能の壁も覚悟のするしかないんだから。
不安はあっても、図太いから楽しみのほうがずっと大きいんだ!
楽天的でありながら、ちゃんと努力もしておこう。
…なんだか当たり前なことばかり。
目の前に座る男の子はグミみたいのを噛みながら、ずうっと私の顔を見ている。
なんか面白いかい?
寝癖とか、ついてる?
私はきみの洋服が面白くて見ているんだ。なんだか炬燵のふとんみたいだね。
お母さんの愛と一緒に、きっとぬくぬくなんだろう。
ちいさなしあわせは体温のなかに
お友達のtogoさんのところ
に書き込みをしたあとに考えたこと。
冬の楽しみってなんだろう?
私はわりと秋と冬も好き。…夏も好きだけれど。あまり好きを意識しないのはさくらの季節が終わった春くらいかな。
つまり、四季を感じる事が好きみたい。
冬は星空が綺麗だから好き。
寒い日ほど、見上げる夜空は澄んでいて星がたくさん見える。ずっとみていると目玉がひんやり冷えちゃって、宇宙の寒さがうつったみたい。
ずっと見上げながら歩いていると不意にからからになった葉っぱをぱり、って踏んだり。
朝寒さで目覚めてもう一度布団にくるまる瞬間とか、白い息がいつもより濃くてもくもくだったり、お気に入りのマグカップを両手で包んだ時のじんわり滲む熱さ。
冬の幸せってとてもささやかで良い。
夏って、楽しさがどばーんと大胆にやってくる。
目に飛び込む世界の色も濃いし、じわじわ鳴く蝉の声やきぃんと冷たいかき氷。
全部、強い。鮮やかで強烈に神経をかきならす。
だから夏がとても好き。
その激しさがいつのまにか息をひそめて透明になってしまう秋。とおい記憶みたいに、高い空に夏が吸い込まれてしまう。
そしてほんのちいさなことも見逃さない冬がやってきて…
私たちもそのなかに、ちいさな幸せを発見する。
自分のなかの景色に気付くのが冬なのかもしれないな。
『バレエカンパニー』
- エスピーオー
- バレエ・カンパニー
ロバート・アルトマン監督。
★ ★ ★
以前見た『エトワール』のイメージがあったので、考えていたよりもずっとお話として作られているなあというのが印象的だった。
記憶もあいまいで、ABTの話だと思って途中まで観てしまった。
ネーヴ・キャンベルはなかなかいい踊りをするなあと思った(辛口の評価をしているひともいたこれど)。ポアントでの踊りはよくわからないけれど嵐のシーンはとても素敵だった。芯があって、しっとりしている。でもちゃんと情熱みたいなものが見えて私は好き。
バレエ映画としてはなんだか少しだけ中途半端な感じもした。『エトワール』みたいな完全なドキュメンタリーはとても面白かったからつい比較をしてしまう。バレエのひとじゃなくても楽しめるというところはよかったんだけれど、それには作品としての厚みがちょっと…うーん、カンパニー内の色恋沙汰を混ぜたり、アキレス腱を切るダンサーがいたり、ちょっとありがちすぎたかなあという気がしたから。もちろん、バレエ団にはそういうことがちゃんと(?)日常茶飯事であってそれを描いているんだからいいんだけれど。
カンパニーのディレクター役のおじちゃんを見たことあるなあってずっときになっていたんだけれど、マルコム・マクウェルだった。『時計仕掛けのオレンジ』大好きだったのに、分からなかった。年取ったなあ。
踊りを職業とするのは本当に大変だ。今のこのときだから、色んな気持ちになった。
あれだけバレエを叩き込まれた体だから出来る動き。私にはそれはもう無理だ。これは、もうどうしてもしかたのないこと。バレエばっかりはちゃんと時間を掛けて叩き込んだものがないと踊れない。
私がなしえなかったものについて、なんだか呆然と考える。
いや、もちろん仕方ない事だし、ただ本当にぼおっと考えただけだけど。
今からできることはちゃんと他にあるって信じているし、自分が手に入れてきたものもあるって分かっているから大丈夫なんだけど。
バレエが出来ないぶん、選択肢が少ないのも承知だし。
でもそんなちょっと湿った考えよりも、うん、やっぱりレッスンをしたくなった。バレエのレッスンしなきゃな。一時期より随分バレエをサボっているから。体をつくりこむ作業をきちんとして、もうちょっと変わりたい。
映画の中の作品は面白かったけれどちょっと古さも感じた。特に最初のリボンの踊りは技術的にはほお、って感心させられた。でも、なんだか古臭い。昔の作品なのかしらって思うくらい。
それとも、今それが斬新なの?アメリカだから?(あ、カナダだっけ?)
アルトマンの『ニューヨーカーの青い鳥』の頃みたいな、70年代みたいな匂いを感じた。
やっぱり私はエトワールが好きだったな。ヨーロッパの匂いなのだろうか。
- ジェネオン エンタテインメント
- エトワール デラックス版
映るのは微笑み
友達って本当に素敵かもしれない。
素敵な夜空に感謝するような気持ちにも似た。朝の通勤電車から思わぬ素敵な色合いを見つけた時みたいな。
友達は心をうるうるにしてくれる。
優しい気持ちになれるってなんて、素敵なんだろう。
必ずしも求めればすべてが手に入るわけではない。
でも時にはそれ以上のものが降ってくるし…これは巡り合わせとばかりはいえない気がする。
求心力のような。
今日はバイト先の子が、昨日偉い人にいただいたジャムから思いついてヨーグルトケーキを作ってきてくれた。
いい子だな、と思う。
にこにこ食べながら、この職場を離れがたく思った。
なんだー!
感傷的なの?
1ヵ月で懲りるかもしれないのに。
あたしはおもいっきり、夢をみるんだ。
まわりのだいすきなひとたちを巻き込んで。
