アマヤドリ -239ページ目

突然の涙

想いはひとそれぞれなのに、そんなことわかっているはずなのに、ちょっと言い過ぎちゃったかな…
私のこの長年の想いだって積み重ねられたものだけれど、彼女なりの、どうしてもそこには離れられない感情があるに決まっている。
それを、ちゃんと思いやることができなかった。
ごめんね。

ついあたしは、熱くなってしまったの。
あたしは、あたしは、って。

そんなんじゃダメだなあ。
それは本音を言える、ということとは違う。

もしかしたら私のようには背を向けられない彼女に。
あたしは、ずっと疑問を感じてもいた。


でもそこにはたぶん、もっともっと複雑な感情が交ざっていて

もしかしたらそれは、
私のこの想いよりもずっと、

やさしい。

ほおずきランプ

深夜帰宅が続いている。
レッスンがあって深夜に帰るのは慣れているけれどご飯を食べて…というのが続くとさすがにお腹が重たい。飲めないけどその分ずっと食べてるから。
でもこうして友達に会いたいって思えることも、会う時間を作ってもらえることもうれしいことだ。

昨日のお店は妖精をモチーフにしたお店だった。照明は可愛いし音楽もオルゴール。入り口も桃の皮みたいなやわらかなビロードでゴージャスに飾ってあった。
「あたしたち、どこに来ちゃったの~?!」っておおはしゃぎをした。
お姫さまのベッドみたいな天蓋の中でのお食事も美味しかった。
お餞別をもらったのだけれどちゃんと写真を撮っていないからまた改めて。

その場ではベイビーホルガで写真をたくさん撮ったけど、フラッシュもなくて覗き口もあいまいだからちゃんと撮れているかな…。
しかし、高かった。3人で2万円だった。食べ過ぎ。



今日はずっと一緒に踊ってきた仲間たちと新年会。
ちゃんとレッスンに行かなきゃ。
と、眠りたい体を無理矢理ベッドから引き剥がして支度をした。


空が青い。

また、春に。

『支えの詩』


もし負けると考えたら負けるだろう
もし挑戦しないと考えたら出来ないだろう
人生での戦いはすべて最強最速の人が勝つのではない
しかし遅かれ早かれ出来ると信じているものだけが勝利を握る

~ウォルター・ウィントル


大好きな美容師さんに今日贈っていただいたことば。


ほんとうの意味でこのことばの真意が理解できるそのときまで、時間がかかるかもしれない。
だいじにだいじに、こころに積もらせておこう。



★    ★    ★


またベリーショートになりました
でもとっても可愛い。(つもり)
外人ウケを狙って(?)ビターな髪色にしてもらったのだけれどとてもいい色に仕上げてもらいました。

しかし、こないだひさしぶりに会っただいじなひとに、「さる、さる!」と指を指して笑われました。

思いっきり、あたまをはたいてやった。



TRACKBACK

鈴夢さん が教えてくれた『ダレル・ロイヤルの手紙 』も、素敵。

 なんて力強い言葉なんだろう。

 うん、どんな困難にぶつかろうと、

 それを自分がどう受け止められるのか。

 どう、その事柄にぶつかって行けるのか。

 結局はすべてそれにかかっている。

 困難の種類や大きさじゃないんだよなあ。

 だからそれに立ち向かえるように心に栄養をためて、

 がおー!ってなれるようにちゃんと、

 乗り越えたいって思えるようにちゃんと、

 好きなことを見つめ続けるんだろう。

 

肉薄する視線

恵比寿の東京都写真美術館 に『写真展・岡本太郎の視線』を観にいった。

岡本太郎は有名な芸術家だし、いつかはみたいと思っていた。以前はその程度の意識だった。
本当に岡本太郎を見たい!と思ったのは私の今年の手帳にある彼の言葉に打たれたから。
ものを創ること、何かを表現するということの真実をこんなにがつんと心にぶつけてくれた言葉は久しぶりだったのかもしれない。

岡本太郎の写真はとっても面白かった。あの「芸術は爆発だ!」って言っているときの熱い瞳と、でっかい手のひらがそのまま被写体に迫っているのが見えるみたい。不思議だけれど、写っているものを見ていると写している岡本太郎を想像することが出来る。
でもはっと…写真ってそういうものだよな、と思う。当たり前のことだったかもしれないな。
踊りと同じ。踊りやストーリーや衣装や音楽を見せているように感じるけど、実はそれを演じる人間を見せているんだもの。



印象に残ったのはBrassaiの交差点の警官の写真。
フェリーニの『81/2』の冒頭シーンを思い出した。あの、私がずっとカラーだと信じてやまないあのシーン。
ちょっとドアノーに似ているかなあ、って思った。舞台写真も撮っているひとみたい。この人の写真、もっと見てみたいな。

それからロバート・キャパがアンリ・カルティエ・ブレッソンと友達なこと。

1930年頃からの恐慌の煽りを受けてフランスでは外国人は職に就くことが難しくなり、そこで自由職業であるカメラマンとして仕事をするひとが増えた。その時にはやったのがライカだということも知った。




「芸術家であるよりまず人間であるから、その瞬間瞬間に責任を持って答えを出さなければならない」

「写真とは偶然を偶然ととらえて必然化することだ」

「空気感を入れると綺麗で耽美だけれど、弱い」

ちょっとうろ覚えなのだけれどとても印象に残った言葉。



帰りに、ベイビーホルガを買ってしまった。


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岡本太郎の写真展は今月18日まで。

ドイツとボランティア

友達とメールをしていて、以前誘われた踊りを通してのボランティア活動の拠点がドイツにあったことを教えてもらった。
以前は本当にドイツにはあまり興味がなかったんだけど、こうして踊りにいくと決めた時から私のまわりにドイツが溢れてきて、とても不思議だと思う。


踊りでボランティア。
私は、もちろん私にできることなら何かをしたい気持ちはある。
でも自分に興味がありすぎてなのか…なかなか本気で遠くの苦しんでいるひとたちに手を貸そうというふうになれない。

このボランティアに誘われた時、それが踊ることで出来るという部分にとてもひかれもし、また考えもした。
何かのために踊ることって、今まで考えたことがなかったから。
ボランティアを目的としたものなら内容もそれなりのものにしなきゃいけないんだろうか、と考えた。実際やはり無関係のものでは困るらしい。ただ一時しのぎのお金集めではなく、意識を普及させたいというものだったから。
それは…とても難しい。
私はあまり作品に意味やストーリーを濃く与えたくないと思うほうだから。なんだか恥ずかしいかんじになっちゃうのがいやだ。ボランティアのためだから、って変な、自分の納得のいかない作品はやりたくないし。
だけどもしそんなふうじゃない、変に説教臭くないなにかをつくれたら。それをエンターテイメントとしてひとが楽しんでその結果がボランティア活動につながるのならば。
いいかなぁと思った。
そんな作品のアイデアが浮かばないかなぁと…一時模索していた。

まだ力不足でなかなか話が進まないうちにちょっとそのことからは遠ざかってしまったのだけれど。


ドイツはそういう国でもあったんだ。

見てくるものはいっぱいあるなぁ。