アマヤドリ -225ページ目

雨の匂いのいちにち

レッスンに行きたかったのだけれど、バイト先の行事にどうしても、と参加。帰国して再びお世話になるのだから挨拶くらいはしないと…と。
でもやはり付き合いもほどほどにしなきゃなぁと思う。

楽しいしこの場所を大切に思うから、つい。

たくさん新入社員が入ってきた。普通の仕事をしながら教育までしなきゃいけないのはやっぱり大変で、「うちは幼稚園じゃねぇ」と上司がぼやく。
でも新入社員の方だって飲み会ではあちこちに気を遣ったり、お酒を一気飲みしてみせたりして苦労が多そうだ。

そんな子たちを時に気遣ってあげたり。

ああ、私もねえさんの仲間入りだなあ。



★    ★    ★


リハーサル。


カレンダーを見るともう本番まで2週間しかなくてさすがののんびり屋、出たとこ勝負屋、当たって砕けろが信条のレッスンさぼり魔も焦る。
カレンダーで見るとたったの2行で、しかも縦方向に見ると挟んでいるのは15日という一日しかないから余計に焦りは増す。


増してよいのかもしれない。


試しにあと360時間ほどだよ、とそっと計算してみるともっとどきどきする。


どきどきしてよいのかもしれない。



まだ深く突き詰めるところまで考える余裕がない。
でも振付家のことばとか、仲間たちの会話に耳を傾けて、練るのと身につけることとが同時に進行させられることはある意味では幸せなのかもしれないと思う。

うん、絶対に。
自分のなかでイメージを固定する前になんとかついていくためにつかもうとする。その過程が、ちゃんと私を育ててくれるといい。


そして舞台への、大きな力になれますように。


繰り返す夢

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会いたいひとを向こう岸に見かけたような気がして
全神経がそこにむかった

友達といることも忘れて

電車のなかだということも忘れて

ふらふらドアに近づいたことを
私を避けたひとの、その急激さで知る。


見覚えのある足のかたち、
見覚えのある、電話中の首のかしげかた、
あんな風にうろうろする、その間やスピード。


あれは、きっと。



でも暗い視界の私にはよくわからなかった。

はっといちだんかい、気づいた瞬間に

なにかをセーブした。

それで、
たぶんよかったのかな。


もし会いたいひとだったとしたら全部ほおりだして、
私はまた繰り返しちゃうから。





いつになったらあたしは、

探すことを忘れるのかな。


ゲーム、落雷忌避法、内山くん

夕飯のあと、寝るつもりじゃなかったのに寝ちゃった時の夢。



・ゲームをしている。ワイングラスのかたちの場面からどうしても謎がとけず次のステージへ行けない。
出口はわかっているのに。

・母とニュースを見ている。雷が鉄塔に当たり一瞬のうちにそれが飴のように根元付近から折れ、ふもとにいた小型の飛行機を包み込んでしまう。鉄塔は銀色なのに、溶けると金太郎飴みたいに色んな色が内部から出てくる。だから余計にああ恐い、と感じさせられた。
その衝撃のシーンは何度もリピートされるが私の希望が入り混じって何回目かにはその飛行機のひとは無事にそこから抜け出てこれるようになった。
番組はまさにその鉄塔の横で、雷の避け方講座のようなものに移る。
男の人が車で颯爽と現れドアを開くとそのドアの下側の端と手前側を両手で掴んでてこのようにうまく車全体を持ち上げ、引っ繰り返してしまう。
こうするとタイヤがゴムだから電気が通らないというのはもちろんのこと、車のお腹側に当たった雷は有毒な電波を生じないようになる、と説明していた。
なるほど、と思う夢の中の自分が哀しい。

・私が家の前(これは杉並区なかんじのどこか)でなかなか出てこないチューブゼリーのようなものを必死で食べているとそこに内山くん(まいう~♪に出ているタレントの内山くん)が両手にかき氷を持って登場する。内山くんはご近所なのだ。
挨拶をすると同時にゼリーを食べおわり、すると内山くんは「チューペット食べる?」と冷凍庫から葡萄味のものをだしてきてくれた。チューペットは冷凍庫にたくさん常備してあり、そのことを瞬時に見て取った私を内山くんはすばやく察し、「これからも好きなときに食べていいですよ」と言ってくれる。
内山くんはペンキを塗ったり養生をしたりする仕事をしているそうだ。(タレントじゃないのか?)
いつのまにか場面は内山くんちのダイニングに移り、私はM子ちゃん(今回一緒に舞台に出る)も内山くんに紹介している。
相変わらずチューペットは出てきにくくて早く食べたいのにおりてきてくれない。液状にならないかなぁともみもみしてもなかなか溶けてこない。
内山くんと電話番号を交換するが何故か内山くんの携帯には裏にテプラで「たかし」と書いてある。

不審に思うが、やっぱり一般人には本当の携帯番号なんて教えないのかも、と合点がいく。



はっと目覚めたら日焼けして目覚めた時みたいにはげしく喉が乾いていた。
だからあんなに必死でチューペットをがりがりしていたんだな。





草餅とみどり

小学校の最後の一年間と中学校の最初の一学期を福岡県で過ごした。
小さな山が見えて、住んでいた社宅のすぐ横を小さな川が流れている。5分も歩くと海につながるその川にはいつもかもめやうみねこが飛んできて、私は近所のパンやさんからもらってきたみみを投げたりしていた。


中学の時に同じクラスになった男の子がいた。
イトウくん(仮名)。
小学校の時は違うクラスだった。
私が福岡に転校して初めて声をかけてくれた他のクラスの男子がイトウくんグループだった。

声をかけてくれたと言っても
「お前、男?女?」
というなんともがっかりする言葉で、当時の私は怒ってその子を追い掛け回したと思う。名前は忘れてしまったけれど痩せて目のくりっとしたおかっぱの男の子だったからお前こそおかまだ、と廊下で出会うたびに喧嘩をした覚えがある。

今考えるとなんてしょうもない争いだろうか。
イトウくんはというとそのグループの一員ではあったのだけれど私に対してそんな失礼な口は聞かなかった。いつも物静かな感じでグループの一番後ろに爽やかにたたずんでいるようなひと。

あるお昼休み、私がいつものように男の子に混じってドッヂボールをやっているとその隣の組のやつらも混じってきた。
オトコオンナがいるぅ~!とかふざけるそいつと、おかまには負けねぇ!などと、もうオトコオンナと言われても仕方のないような口汚いセリフを放つ私。
そんな私だから当然誰も手加減などしてはくれず、ばかすかボールは飛んでくる。私もそれに応戦していた。
やがてイトウくんが投げた球が私に当たり、私はそれを受け損ねた。ああやられた…と外野に出ようとするとイトウくんが私のところに走ってくる。そして小さく、大丈夫?痛くなかった?とボールがぶつかったところをはたいてくれたのだ。
こんな女の子扱いを受けたことなど殆どなかった私にとってこれは衝撃だった。

それ以来、そのグループの中にイトウくんがいるかいつも探したと思う。


中学生になって同じクラス、隣の席になったイトウくんと私は仲良くなった。

その年ごろの男の子にありがちな女の子と話すことが恥ずかしい、みたいな部分が見えないイトウくんは、いつもやんちゃなひとばっかりを好きになる私に、一緒ににこにこ笑える男の子っていいな、と思わせた。

ちょっと大人のひとのようにたまに見える。

一緒にいるとのんびりできる。


じきに私は東京に戻ることになった。
私はイトウくんに何故だったか借りたドラゴンクエストのファミコンのカセットを返さぬまま、東京に引っ越してきてしまった。

ずいぶん長いこと、そのことがひっかかってイトウくんのことを覚えていた。



イトウくんに再会したのはそれから10年後。
私は自分の劇団に本名で書き物をしていた。イトウくんはその名前から劇団のホームページに辿り着き、メールをくれたのだった。私の本名はちょっと珍しいので。

なんで名前検索なんかしたんだよ、と最初はちょっと不審に思ったのだが…(今でもちょっと不審だけど)。
彼も今東京にいるということで会うことになった。

東京の公園をはしごしようか、ということで新宿御苑に。
長いながい話をした。
ドラクエ返さなくてごめんねと言ったらあれはわざと貸したんだよ、と言う。そうしたら東京からお手紙くれると思ったから、と。私はどういうわけかもう返せないな、と諦めちゃってたよ、と謝る。
どうしてかな。女の子の友達に対しては手紙やものを送っていたのに。
でも確かにイトウくんの目論みは半分くらい成功していたのだ。その後何作もドラクエが発売されるたびに私はイトウくんのことを思い出したのだから。

イトウくんはお母さんが作ったという草餅をふたつ、サランラップに包んで持ってきてくれていた。御苑の芝生に座っておひさまを浴びながらちょっとあたたまった草餅を食べた。

なんで草餅?

お母さんもなんで草餅よ?

と思わなくもなかったけれど(実際大笑いしちゃったけれど)、その微妙なズレ具合もおばあちゃんのようにしみじみとしていてよかった。
そんなに話すことがなくてもゆったり、ただ緑の景色を眺めるだけでなんだか平和な気持ちになった。

子供時代を知っているもの同士って不思議なものだ。

改めてイトウくんを見てみるとそこにはもう子供じゃない、お兄さんがいる。そのことが変に可笑しいよね、と笑う。

ドラクエを貸してくれた、あの川の橋が錆びて茶色だったこと。
校庭に引くあの白い粉の匂い。
遅く帰るともやもやした汽笛の音が聞こえたこと。

中学に入ってちょっとは女の子に見られようと思ったのに初日に元同級生に空手オンナと一緒だぜ、と叫ばれて夢は脆くも崩れ去ったこと。
体操部の先生がものすごく厳しくて、でもすごく可愛がってくれて、いつも遅くまで練習してたこと。

入部3日目に急に平均台の上でバック転をやらされて(しかも竹刀で脅されつつ)はんべそをかいたこと。

体操に専念しろ、エレクトーンはやめろ、とけんかをしたこと。

先生には実は空手もやってるんです、とは言えなかったこと。

通学路に松の木がいっぱい植わっていて春になると花粉が積もっていたこと。
上靴のゴムの匂い。


そのあと新宿中央公園に行ったり飲み屋さんに行ったり、その後も日をおいて何度か遊んだけれど今でも印象に残っているのはその草餅のひととき。草餅を包みからはがして、こっちが大きいよ、と差し出してくれた手がものすごく大きくて驚いたこと。




お互い忙しくていつの間にか連絡をとらなくなった。今も連絡先は変わっていないのかな、と思うこともあるけれどどういう訳か連絡せずにいる。

どんな特別な理由もないのだけれど。




ある時期にお互いの接点があって、また離れてもしかしたら再び近づくこともあるのかもしれない。

彗星みたいに。


それを望んだり待つわけでもなくて、

ちょっと、特別ななにかがないことが不思議だったりもしつつ、

でもただ、あの時とても緑が透明だったことを、たまに思い出す。




ピクニック日和だね、とぼやきつつ

バイト先の、書類提出日。

私には想像もできないくらいの金額の取引に関する書類作成だったので、みんなびりびりしていた。

ばたばたとパソコンを打って、計算して、無事終了。


このGW中は女の子が他に誰もいないから、掃除や洗い物、昨日みたいにおやつをお皿に乗っけて紅茶を入れてあげたりもする。

そんな風にかいがいしく働くことが、なぜ私生活でできないのだろうか。



お昼にほんのちょっとだけほっとできる時間があって、その時間に親分たちと久しぶりの激辛中華を食べに行った。

ここの麻婆豆腐は本当に辛い。辛いっていうか、熱くて痛い。

真っ赤を通り越して黒いんだもん。

でも味はすごく美味しくて病み付きになる。

でも私はいつも逃げで甘辛いピーナツと鶏肉の炒め物を食べることにしているんだけど。

じゃないとおなかが必ず痛くなるし、昼間になんか食べたら一日汗が止まらなくて困る。

私たちの団体はもう常連でいつも同じものを食べるから、お店の人も注文をほとんど聞かない。


とっても日差しが暖かくて、嬉しくなりながらぶらぶらとみんなのあとをついていった。

私は、いつもそう。

仕事の話をしている男の人たちの会話を聞いているのが好き。

普通の会話はなかなか続かないような、無骨なひとたち。

後ろをちょこちょこ歩きながら私は色んなものを眺める。

気まぐれなみつばちみたいに髪を温められながら。


こんな都会の喧騒の中にあるにも関わらずしんとした神社の緑や、太陽をサングラスのようにばっちり反射させている高いビル群、平らなアスファルト。


久しぶりの風景を眺めながら、つい一週間前まで歩いていたドイツの町並みのことを思い浮かべる。

何が、どうちがうのかな。

ごつごつした石畳は歩いていて膝の裏を痛めたっけ。


ああ。

ほんの一週間前なのに。

私にとってこの日本の風景は当たり前すぎて、ヨーロッパの風景を押しのけてすっかり馴染んでしまっている。

だから消えないように、反芻して思い浮かべる。

そして、やっぱり向こうに行きたい、と改めて思った。

日本のこと、好きなのだけれど。

帰ってこれるからこそそう思う。それは確かだ。




TUTAYAディスカスからDVDが来た。

観やすい、面白そうなハリウッド映画から、と思って、ええと、ダコタ・ファニングとトム・クルーズが宇宙人が戦うやつ(何とか戦争・・宇宙戦争?)と、あとはジョニー・デップのチョコレート工場の話を頼んでおいた。

何とか戦争は来たのだけれどもうひとつはチョコレート工場じゃないやつが、とばされて来た気がする。



今日はゆっくり映画を見て、明日はちゃんとレッスンに行こう・・・。

それからリハーサル。

どきどき。