アマヤドリ -227ページ目

いくつか目の、ただいま

日本の電車、混みすぎです。
間違って160円の切符買っちゃったし!
ユーロとかまだ財布に入ってて紛らわしいし!
初めて東京に出てきたみたいにきょろきょろしてしまいました。
いかに以前、感覚だけで動いていたかがよく分かった。



そして初出社。

みんながにこにこ迎えてくれた。
淋しかったよ~!とか。
私もずっとにこにこ。

現場の様子はすっかり縦に伸びて変わっているし新しいひとも増えているし。
でも本質は同じまま。
ああよかった。
だから息をするのも忘れるくらい、集中して働いてしまうのだ、ここでは。


幸い疲れもないし、今からリハーサル。
ううう。わくわく。
何としても遅れを取り戻さないといけない。気持ち良く踊るために。

明日から忙しく過ごす予定。
次のなにかまでに、ちょっとでもはりめぐらせておかなければ。

だからすれ違うことすら。

体のなかや頭の中が妙で、眠れない。
鮮やかでけだるくて。

やりたいことや行きたい場所がたくさんあってどきどきする。


遠い場所で、友達になったひとびとは今太陽のしたにいる。
夜はどうしてつくられたんだろう。

ぎゅっと街のひかりに焦点を合わせてまた少しゆるめる。何がほんとうなのかわからなくなるまで、自分を騙すみたいに。
聞き慣れた時計の針の進み。


きっと理由がある。
終わりなんかない。
そう信じたまま、もしそれが叶わないとしてもそれはそれでいいと、今はため息に変えないでおこう。
だとしたら、
それは無限とおなじことだ。
いつまでも夢を見るのとは違う。

それがたったひとつのちからだし、

守りあたためてきたものの中でもしかしたら一番やさしいたからものだから。

ここから腕をのばして触れられるものに限りがあるなんて、そんなこと信じない。
たとえ引き止めるだけの力も権利もないかもしれなくても。
立ち止まっちゃってどうしようもなくなったその瞬間も、刻まれればいい。
ちくちくすることよりもわくわくすることのほうが、
どれだけ多いか、もう知っているから。


ただ。
わたしはわたしを、点々と残してゆく。




やわらぐ記憶

帰ってきて、
父や母の顔を見たり部屋に戻ったりして、
そして一晩ここで過ごしてみて、
やっぱりこちらでずっと生きてきたことをちゃんと頭が思い出したみたいです。

ドイツのことが少し遠ざかりました。早くも。
といっても記憶や感覚が淋しく消えていっているわけではなくてちゃんと鮮やかです。ただ私のなかの別の場所、別の時間にぽん、と置かれてゆるいピンスポットが当たっている感じ。
いつまでも消えない夢みたいに…私はそこに自由に入っていって記憶を手に取り、好きなだけその輪郭に触れることもできる。重みや、遠いあたたかみを感じることが出来る。
ちゃんと独立してくれたからこそ。

これを消さないための努力もきっと必要なんだろうなと思う。すぐに何でも忘れてしまう方なので。
些末なことこそ、風にさらわれたくないと思う。


ここにいると私がじっと黙っていても分かる言葉が耳に飛び込んでくる。
そのことにまだ慣れることが出来ません。
私が本当にこの2カ月半話をすることが出来たのは一緒に住んでいた友達とごくたまに出会う日本人のみで、あとの時間は音楽か知らない言葉か雨の音か鳥の声を聴いていました。
その間中私の頭の中はじりじり音がしていたり音楽が流れていたり意味のない言葉が溢れたり、それから英語の文章を考えてみたり。
無音であるということがほとんどなかった。
いつも大気の圧力みたいなものを聴いていた。
思考のようなものはそれに押し潰されて奥の方に籠もってちぢこまっていたような気がする。


母が電話する音。
ニュース。
電話の向こうの祖母の声。

私の耳は、頭の皮は、リラックスしています。


でも流れだしちゃわないで。
追い縋るような気持ちもある。


早速明日からは日常に戻ります。
バイトをして、リハーサルに行って。

やりたいことたくさんあったっけ。
実行しなきゃ。

最後のフライト

ポツダムから帰ってひとり延々と帰国の支度をするがなかなか進まない。
ひとりきりだなあ、とそのことを噛み締める。
淋しいとか、だだっ広い感じとか、静けさや、ちょっとひとりで踊ってみたりとか(外から丸見えだから狂ってると思われないかちょっとわくわく)、今日の晩ご飯はどうしてこんなに不味い出来になっちゃったのか?とかそんなことを全てただ味わって噛むように、日暮れを見つめた。

幸いフィンエアーは預け荷物が30キロまでOKだった。
これで手荷物が減る!と思ったが甘かった。
どう考えてもトランクにものが入り切らない。
こんなにものがあったっけ?こんなに買い物した?
でも旅の思い出は捨てられないし。

全体重をかけてもダメ。蓋が閉まらない。
仕方がないから全て畳み直し、本やお土産を少しずつ足し引きしてやっと騙しだまし蓋をしめる。

それにしてもものすごい重さ…オーバーウェイトじゃないといいなぁ…とどきどき。もし空港で荷物を取り出すために開けたとしたらもう二度とこのトランクを閉めることはできない。


帰国当日29日は大家さんが風邪で熱があるにもかかわらず車でテーゲル空港まで送ってくれた。
どきどきしながら荷物預けカウンターへ。

29.8キロ。

ひやひや荷物を乗せた私の顔を見ていた係員のお姉さんに
exactly!(ぴったり!)」
と言われた。

私は行きの飛行機でも20キロ制限のところ19.9キロだったし、重さおしはかり能力が優れているのかも。



並んでいる時にフィンランドの男の人と話す。ひとりで旅をしているとたまにこうして話し掛けられるから面白い。
やっぱり知ってる英単語20個くらいの中でのみの会話なのだけれど。

オーロラはフィンランドではリボンなんとか、というらしい(5回くらい聞き返したが聞き取れず)。
国の全体の人口が500万人くらい。東京都の人口が1200万人くらいだからそれよりうんと少ないんだ…。
フィンエアーはもうすぐ潰れるから安いんだとか。
(これはもしかしたら私の英語理解違いかも)

話しているうちにそのひとがアートや文化の交流のようなことを仕事にしていてベルリンにはその会議で来ていたことが分かる。
私も実はダンサーなんです、と打ち明けるとそのひとは驚き、来年2月にダンスフェスティバルをフィンランドで開くから是非出演したらいい、と言ってくれる。
勿論出演するためには作品が審査に通らなければならないのだけれど、まあでも何にしろたまたま同じゲートの前後に興味の接点がかなり近い人間が並ぶということを面白く思う。
この手の偶然はとても多くて、行きの飛行機も隣がまさにバレリーナだったしザールブリュッケンで話し掛けた女の人がバレエカンパニーの監督さんだったり…細かいこともあげればキリがないくらい。
不思議。
それだけアートに携わる人が多いということなのかもしれないのだけれど。アートなんてこの世には氾濫していて言ったもの勝ちみたいなものもあるから…。
だけどそうして控え目に考えたとしても、やはりこういう出会いはあまりにも頻繁にありすぎだし、不思議には違いない。
きっとこれが縁とか磁力みたいなものなんだろうなぁと思う。


フィンランドから成田への飛行機を待っていると急に日本人を目にするようになる。
とっても変な感じ。
予行練習みたい、と可笑しくなった。
今まで見てきたのがガイジンばっかりだったから、日本に帰ってびっくりしないように。日本語をすんなり思い出せるように。
でも日本人、なんだかみんな中国のひとに見えた。その口から日本語が飛び出すとぎょっとして見てしまったくらい。ジャパニーズかよ?って。
でも逆に私も日本人だと思われないみたいで日本人にThank youと言われたり日本語で返事をすると目を見開かれたりもした。



帰りの飛行機も順調。
ほとんど雲がなくてずっとフィヨルドやシベリアのほうの凍土みたいなのとか曲がりくねった光る河とかが見えていた。
見上げると宇宙が近いから、空の青が濃い。


着陸の時に後ろに座っていたおばさんが「上手に着陸したわよね!ホントうまかった。ふんわり、衝撃もなくて。すごいわよね!よくまあ、あんなに上手に!」と何度も誉め讃えていた。無事に着陸できたことが嬉しかったのだろうな、と私も微笑んじゃった。


着陸で微笑んじゃったと言えばジュネーブに飛行機で行った時。
ジュネーブ空港に着陸した時パイロットが

「レディースアンドジェントルマン。私はただ今、今までのうち最も美しいランディングを果たしました」

と機内にアナウンスした。
乗客は拍手喝采で、私もにっこりしたのだった。


ありがとう飛行機くん。
子供っぽいかもしれないけれど私はフライトの前に「一緒に○○に元気に行こうね」って話し掛ける。
着陸したら猫のおでこを撫でるみたいに、ちゃんと窓枠をいいこいいこするし。
勿論誰にも分からないように。

帰国しました

無事に帰国しました!

ちょ~重いスーツケースを、血管キレそうになりながら運びました。

久々の日本、変な感じ!
みんなちっちゃい、細い!
そして日本語!


無事を祈ってくれてありがとうございました。
とりあえずご報告です★