アマヤドリ -229ページ目

はい、遊び過ぎ!!

遊び過ぎです。
朝帰りばっかり。


日本ではとてもとても真面目なのに。
ほんとうです。


でも、踊りに行ったりしてもう朝だ!
っていうときに食べるケバブは最高なのです。
飲みの帰りに食べるラーメンがおいしいみたいに。



でも。
もうすぐ帰ります。




今日、お部屋をシェアしていたお友達が日本に帰りました。
ほんとうに本当にお世話になったし彼女といるとすごく楽しかったので寂しかったけれど。
またすぐに会えるし。
この夏は、遊び友達ができた!


ひとり空港からバスで帰ってくるときに、今までどんなに彼女がヨーロッパの遠い場所にいても感じなかった気持ちがぐんぐん沸いてきて、一生懸命景色を見てました。




やっとドイツも緑が目立ってきました。
もうちょっとで咲くね、っていうつぼみがあちこちにあって。
枯れて白樺の集まりみたいに見えていた家の近くの林もいつのまにやら力強い緑が目立つようになって、コンタクトをきらしてしまった私の目には余計に、あたたかに飛び込んでくるのです。
旅行者も増えてきた。
きっとGWに日本人もいっぱいくるんだろうな。
そしてW杯もあるし。
工事、終わるのかなあ?
すごく不安な感じです。だって今更はつってるし!!




最後のオーディションのコンタクトが取れました。
が、私にとってはクラシックすぎて、受けないことに決めました。
自分のポアントワークがプロとして通用しないことはわかりきっているし、たぶん私が踊りたくて自分を広げられるものとは違うかもしれない、と思ったから。

ダイレクターはあの、ザールブリュッケンからの帰りの電車で出会った女性でとても素敵なひとなんだけれど、そして「私のカンパニーはクラシカルだけれど、私たちが出会うことでもっと素敵なクリエイトができるかもしれない」とも言ってくれたのだけれど。

そして決定的だったのは、カンパニーのメンバーがフリーランスであるということ。

私はビザがないので、固定のカンパニー契約以外でドイツで働くことはできないのです。

・・多分。そういうことだと思う。

残念。

でも、出会いがあってよかった。




なので。
飛行機のチケットが取れ次第、帰ります。

いくらかかるんだろ~?
怖いです。

箱庭

ヨーロッパにくるときに、
絶対自分は大きく変わると思って、来た。
変えたい色々があったし、もちろんそれが外国に行ったからといって簡単に変わるとは思っていなかったけれど、でもその変えたい色々を手探りするきっかけくらいにはなるはず、そんな風にわくわくしていた。


実際、どうだったかな。


本当に何かががらっと変わることはなかったけれど、
それはやっぱりそう簡単に、このかちこちに築いてきた自分の外壁をがしがし崩せるわけはなくて、
でも微妙に。

私はたくさんのことを感じて、つぶやいて、笑って、胸がきりきりしたりもして、
絶対に消えないなにかを得た、んじゃないかという気がする。

どこにいても。



しかし、私はやっぱりいろんなことを簡単に見くびっているなあ。
なぜこんなに観察力がないのか。
ものごとにもっとこだわろう。
葉いちまいの呼吸も見逃さないくらいに。




春だ。


朝、冷蔵庫に入れておいたひまわりの種やらなにやらの種がたくさん入ったパンをフライパンで温め、バターが溶けてゆくのをうっとりと眺める。
バターが本当に好きで、チーズのようにパンにのせてしまうのだけれど母がそれを怒るから私は一度バターを塗ったパンをオーブンで温めバターを溶かし、なにごともなかったようにまたバターを塗る、という手練れを覚えた。
くせでそれをやる。
ドイツの黒パンは本当においしい。
種たちをかみしめながら外を眺め、もう来たときのように景色が白くないことを確認する。
春の若い芽は、何故こんなに霧のように目に飛び込んでくるんだろう。
日本の桜もそうだ。
遠くから見ているから全くつぼみのひとつひとつは見えないはずなのに、樹はうっすらと若芽の色をオーラのように纏っている。
とても、不思議。




これからの可能性について考える。


本当は怖いものばかりだけれど、そうじゃないよ!と言える今ならば、
おっきなことを口走っていよう。
追いつけないくらい、たくさんのことを求めて。

一目惚れ

昔、どこで見たのだったかもう忘れてしまったのだけれど、惹きつけられてしまった絵があった。
アブラハムが神様に子孫繁栄を約束される代わりに自分の息子のイサクを生贄に捧げるというワンシーンなのだけれど。


自分から進んで生贄にされるそのイサクはアブラハムの手にしているおおきな鉈の下でまったく力を抜いている。諦めでもなくて犠牲の精神から自らを鎮めているわけでもなくて、ただただ静かに体のなかの時間を止めている。


その横顔のラインがとっても美しくてずうっと記憶に残っていた。



最初その絵を見たときに私はその絵の意味がわからなくて、どうしてこのおじさん(アブラハム)はためらっているんだろう。こんな怖い顔をして、すぐにでも首を落としてしまいそうにがっしり若者をつかんでいる。なのに、なんだかそこには違うものがあるみたい。
もしかして天使にこの若者を殺めることを止められているところなんだろうか。
と、いろいろ考えた。
でもそれにしては若者はあまりに静かすぎる。
気を失ってしまっている感じでもない。
もちろんもう死んじゃってるわけでもないし。
目隠しをされて静かに呼吸を続けている。
恐れもなくてとってもやわらかく身を任せていて、ごっつい刃物に今にも傷つけられようとしているひとの感情がまったく見受けられなかった。


おうちに帰って調べてみて、アブラハムのお話を知って、ああ、そうか。と、私は納得した。


目隠しの下に続く鼻のラインと、微笑んですらいないくちびるのラインと、白い頬を少し隠している黒髪と。


もう、一目惚れだあ!
と、思った。




ドレスデンでアルテ・マイスター美術館に行った。
そこはドレスデン歌劇場(ゼンパーオパー)と同じ、ゼンパーが設計したお城に入っている。


有名なのはラファエロの「システィーナのマドンナ」(天使が2人頬づえをついている有名な絵がその一部)なのだけれどその他にドラクロアの後期の作品やルーベンスの「レダと白鳥」、フェルメールの「手紙を読む婦人」とか、結構重めの作品がたくさんあった。私はそこらへんのひとたちが結構好きなので実物を見ることができたことが嬉しくて長い時間をかけてフロアーを回った。
私の知らない絵でもじっと見つめるといろんなものが見えてきて、あんまりにも大きい美術館だとひとつひとつに集中できないことがもったいないなあと思った。
発見する前にほかの絵に気を取られてしまうから。


いいなあ、と思う作品がいくつかあって、その画家はGiobanni Battista Piazzettaというひとのものだった。
バティスタってこんな絵を描く人だったんだ・・と思いつつじっくりと絵を眺め、フェルメールって写真のピンボケみたいな技法だなあ、とか、ドラクロアの光の捉え方は意外とやさしい、とか考えつつ回っていて、


その横顔を見つけた。


あ!

って静かな美術館のなかで思わず声をあげてしまったくらい。



再会したみたいな気持ちになって、ずっとその前に立っていた。


アブラハムのopfer、と書いてあって、電子辞書で調べたら「犠牲」とあった。

やっぱり私はこの横顔がとっても好きだ、と思った。
そのときまで前回をの横顔に惚れたことを忘れていたのだけれど。
ずっとずっと眺めた。
いい加減ほかの場所に・・と移動しても、やっぱり何度も戻ってきて見てしまった。


作家はGiobanni Battista Piazzettaだった。
・・多分。


ドイツ語だから、それが本当にその作品の作家の名前なのか、それともたとえばそういう門下のようなものなのか、ちょっとよくわからない。Giobanni Battistaなんとか、がいっぱいいたし。




いつまたあの横顔に会えるかな。

ドレスデン

昨日までドレスデンに遊びに行っていました。


イースターだったのですごい観光客!
ヨーロッパに来て、初めてあんな人ごみを見ました。



ドレスデンはとっても綺麗な街。
有名なドレスデン歌劇場で友達の友達たちの舞台を見たり、アルト・マイスター美術館で私の昔一目惚れした絵に出会ったり、楽しみました。

ドレスデンにはお友達のお友達がいたのでおうちに泊まらせてもらったのだけれど、とにかく毎日みんな遊ぶあそぶ。
昼はみんながおうちに集まってブランチをして、誕生日の子のためにバースデーケーキを作ってパーティーをして、夜はクラブに遊びに行って・・
毎日寝るのが朝でした。
お肌ぼろぼろ!
毎日ピザ生活!
タバコ吸いすぎ!
だけど、楽しかったです。



いろんなことを考えたドレスデン生活でした。


いろいろ。

プロの踊るひとたち、
友達と楽しく過ごすということ、
自分がどうあるかということ。



いろんなことを考えて、
感じて、

ちょっとなにか変わる気がした。


ドレスデンがとっても好きになりました。
素敵なまち。


また、遊びに行きたいな。

藍色の雨

屋根に沿って斜めについている窓に激しく雨があたるのをずっと見ていた。
夜中で真っ暗のはずなのにどうしてか水滴がよく見える。
きっと水はあらゆる光を吸い込んでしまうんだろう。
ひとつぶひとつぶが窓を洗い、外の壁に流れてゆくところを想像する。
やっと芽生えてきた細い芝生をつたって土に染み込み、みみずとか岩の裏に張り付いている小さな足のたくさんある虫しか見たことのないような太陽からも月からも隠れたどこかをじっくり流れてゆくところ。
この風ではきっと、落ちてくるまでに空気に混じってしまうものもあるんだろうな。
でもどこかできっと集まり、流れてゆく。
ワイパーみたい。


ガラスに指を触れると激しい風や雨粒のひとつひとつがたたきつけるのを感じることができる。
雨の匂いはしない。
窓を締め切っているのだから。



どきどきする。


どうして、昔から嵐が好きなんだろう。
雷や、耳をふさぎたくなるような豪雨や、折れちゃいそうにしなる大きな枝を見て。
世界の終わりみたいな不吉でもこもこ固そうな絶望色の雲を見て。


どきどきするのはちょっと怖いからなんだろうな。
怖いどきどきと、楽しいわくわくを、混同してしまうようなところがあるような気がする。
おんなじ心臓の鼓動だけれどそれが送る信号を読み違えているのかもしれない。



指先に感じる雨の圧力に、心臓が応えてる。




へんなの。
と、また布団に潜った。