ベルリン大聖堂 1
Alexの駅から散歩したとき
に見えた、青銅色のお屋根の、ベルリン大聖堂の中。
これは一人の時じゃなくて同居人T子ちゃんと行った時。
T子ちゃんもドイツ語がわからなかったから、二人して、本当にここに入っていいのか?ということがわからず、最初はちょっとおろおろ。
大きな扉の前にはいかついおじさんがいて(そのころにはまだ、すべてのひとがいかつく見えた)入れない人もいたから。
だからこれは、入れなそう!と思ったときに扉の隙間からこそっと、すばやく撮った一枚。
でも結局このドームの中には入ることができた。
隠し撮りの意味なし。
そればかりか、合唱団の練習のようなものの時間にちょうどあたって、その風景を見ることもできた。
ドームの中に響く少年少女たちの歌声は本当に綺麗で、いつものように、天井を見上げているだけでどうしても涙が出てきた。
ああ~!
T子ちゃんに泣いてるところを見られたくない!
でもどうしてだろう。
こんなにすごいものを、ひとは創れるんだなあ。
神さまの力ってすごい。
神さまを想う力が、すごい。
教会の天井を見上げるとき、いつもそう想う。
神さまのために創られたいろいろなもののことを想う。
だけどこのベルリン大聖堂も第二次世界大戦でかなり壊れてしまって1996年に復旧工事が終わったばかりだそうだ。
Zoo駅の目の前にある建物も、ドレスデンの街の真ん中にある教会も。
ドイツも、戦争の跡がたくさんある。
あらゆるところに。
私は、なんにも知らないな。
教会の天井にはいつも聖人たちがいる。
その聖人たちの頭の上にはかならず一人ずつ天使がいて、
『ベルリン・天使の詩 』をやっぱり思い出す。
★ ★ ★
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アレキサンダープラッツをお散歩
初めてひとりぶらぶらと長くあるいたのは、Alexanderの駅から博物館島まで。
この日、友達がふたりともオーディションに行っちゃったから、ならばこの機会に逞しくなるか!というわけのわからない意気込みで出かけた。
←前日の夜にドイツ人の大家さんが散歩するならここが良いんじゃない、っていうポイントを教えてくれて(ちゃんと地図まで書いてくれた)
その頃はとくに、一人きりで歩くことがとても緊張とわくわくの連続だった。
途中でトイレに行きたくなってもトイレの場所はわからないし、もし迷子になったら最寄の駅を探せるだろうか、歩きすぎて日が暮れちゃったらあの林の道を穴にはまらずに帰れるだろうか…とか、いろいろ。
なるべくわかりやすいところで…ということで美術館島を選んだ。
遠くからでもよく目立つから。
この頃は寒かった!
私は日本から出発するときにどういうわけか(どういうわけ、って、完全に直前まで準備をしてなかったからという以外に理由はないのだけれど)マフラーを忘れてしまって、この頃はまだマフラーがなかった。
だからコートの、首の隙間からぴゅうぴゅう風が入ってきてとても寒かったのを覚えてる。
日本から持っていったコートは母のもので、すごくあったかいんだけれど形はあんまり可愛くないしサイズはでっかいし(母は私より小さいのに)、いやだなあって思っていた。けれどあのコートがなかったら私はあんなにあちこち、歩けなかったに違いない。
実際このコートは旅が終わる頃には真っ黒になっていて、まるで作業着だった。
まあ…もしかして他の女の子が着ていたらあそこまで真っ黒になることはなかったのかもしれないけれど、私は服を汚しやすいみたいなんだけど、とにかく。何処に行くにも一緒だった。
Alexの駅からずんずん歩いていくと、犬を連れながらバスケをしている人とか、乳母車を押している綺麗なお母さんとか、お散歩しているおじいちゃんとおばあちゃんとかとすれ違った。
わくわくをいつものごとく隠しながら、そんなひとびととか建物をいっこいっこじっくり見る。
美術館に行くまでもなく街の建物はどれも全部可愛くて、それがあんなに溢れているからどんどん飽和してくる。
自分だけが、不思議に浮き立っている感じがする。
この風景にちゃんとなじんでないのは私だけなんじゃないかなあって。
昔の、まだへたくそなSF映画の特撮みたいに、私と風景の間にはちょびっと違和感があるみたいだった。
その日はぶらぶら歩きの準備をしてなかったから地図も持っていなかったので、この赤い建物もなんだかわからなかった。電子辞書を持っていたから表示を調べたかったのだけれど、この旗と、門のところにいかめしく立っているおじさんの硬い表情を見て、あんまりのんきにその前に立っているのも悪い気がして。
後で調べたらこれは1864年に建てられたものなのだそうです。ここらへんは旧東ベルリン地域なのですが、社会主義の赤と煉瓦の赤をかけて「赤い市庁舎」と呼ばれるそう。今のベルリン市長はここで執務をとっているらしいです。
私の住んでいた場所が旧東ベルリンにあったというのもあって、旧東ドイツにいたんだ、という感覚がとても強い。
帰って来てからああ、あそこも東だったのか、と気づくこともあって、ベルリンにいる時の大半を旧東側で過ごしたんだなあという実感を今更感じている。
あんなに近く思えたこのドームも歩いてみると結構な距離でちょっと疲れた。
シュプレー川沿いをずうっと歩いて大家さんの書いてくれた地図のことを考えた。
女の人は地図がかけないというけれど(本当にその通り)、だけど大家さんは地図が上手だった。
旅の終わりのほうでベルリンの壁の話を聞いたとき、地図を開いて説明してくれたときにも思ったけれど、この人は男性脳なんだなあ、という気がした。
歯医者さんだし、お家の電気とか全部自分でいじっちゃうし、そりゃそうか。
シュプレー川沿いに可愛いCafeがあるんだよ、って教えてもらったのだけれど工事現場が続いていて見つけられなかった。
しかもこの頃は、Cafeに入ることすら緊張していた。
値段は大丈夫かな、トイレはあるかな、頼めるのは、カプチーノくらいだったし。
といっても旅を通してずっと、緊張とかどきどきは続いたのだけれど。
そんな中で見たものごとだからこそ、不思議に身体に染みているんだろうな。
★ ★ ★
VOLVOだ!
と、つい写してしまった。
バイト先のひとに見せてあげたら喜ぶと思って。
でもこんなの珍しくなかった。
当たり前だけれど、工事車両や資材を運ぶトラックがベンツだったりすることは普通のことだったから。
なあんだ…
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せせらぎ
何故かわからない。
もともと体の仕組みとか科学っぽいことが好きだからというのもあるのだけれど、あんまりこれという理由はなくてなんだかひかれた、というのが本当のところだろうという感じ。だから特別深く考えず興味のままにちらちら眺めてみようかなと思う。
ドイツに行って、帰ってきて、一番変わったと思うところ。
それは自分の心とこの足でしっかり立つことをただの憧れや目標としてじゃなく認識したこと。
踊りにしてもそう。
友達との関係にしてもそう。
生活のことにしてもそう。
今まで言葉にしていた、自分があるから世界があって、世界を感じるのは私にとってはまさに私だけだということ、そのことを、「もっとよくわかった」とかじゃなくて別の感じ方で捉えるようになった…気がする。
やはりまだうまく言えないな。
でもこういう風に認識できたのは昨日バイトの友達でありシンガーであるKちゃんに、向こうに行って何が変わったか、と訊かれて心のままに話してみた結果だと思う。
来た、難しい質問。と思ったのだけれど結構、すらっと出てきて自分でも驚いた。
だけどやはり、真意を伝えることは難しい。言葉が足りないというよりかはたぶん、私は感じたままをストレートにぶつけようとしすぎなのだ。ちゃんとそこには翻訳作業がないといけないのかもしれない。
これを身につけるのは訓練なのか、それともセンスなのか。
中身が問題であって言葉尻は問題じゃないとも思うけれどもう少し微妙な部分まですっと通じたらいいのにな。
…うん。
いいのにな、じゃなくて、そうしたい。そうしよう。
もしかしたら、だけれど私のなかのいろんなところがほぐれようとしている。
フェルデンクライスを受け入れたいとふと、もしかしたらいつもの気紛れかもしれなくても思ったり、こうして力を抜きつつ何かが通じたり。
この手応えを覚えておかなきゃ。
右脳・左脳診断テスト
ありゃ!?さんに教えてもらった右脳・左脳診断テスト をやってみました。
私はぜーったいに左脳が死んでいると思ったのだけれど…
結果は、
「素晴らしい!右脳と左脳がうまくかみ合っています。あなたが考えたことを誰にでも納得させる力があります。なぜなら、あなたは右脳で全体を捉えることが出来、しかもこれを誰にでも分かるように理論付けできるからです。
まるで、あのアインシュタイン博士のようだ! 」
だって。
嬉しかったからつい、日記に書いてみます。
診断途中で、自分をよく見せすぎちゃったかもしれない。
でも、区画テストみたいなのは満点でした。
3つくらいヤマカンだったけど。(ヤマカン、って、今あんまり聞かないなあ)
そこはやっぱり右脳なのかな。
でも映像でしかものごとを覚えられなくて困る。
学校のテストのとき、教科書の、あのときめくったこの左手のここに書いてあった!
っていうのはわかるから集中してその映像を頭に浮かべて、ズームアップして文字を読み取ろうとするんだけど、ズームアップする倍率にあわせて文字がぼやけて、結局答えがわからない、ということがよくありました。
だから、映像でもちゃんと覚えられてないってことなんだろう。
困る。









