アマヤドリ -221ページ目

チョコレート工場の謎



住んでいたおうちのすぐ近くにはチョコレート工場があって、ときどき良いにおいを漂わせていた。


本当にときどきしか匂いがしないので、ちゃんと働いてるのかねえ?といつもひとごとながら心配した。

あ、いや、ひとごとじゃないや。

チョコレートはドイツにいるときの最大の楽しみのひとつだったから(最大なのか…?)、チョコレート工場が働いてくれなくては困る。

とにかく、私たちの中で「今日チョコレート工場はまじめに働いているのか」ということは重要な関心事でありそのことが話題にのぼらない日はなかった…かもしれない。


毎朝お家を出て林のでこぼこ道を歩くときに、でこぼこに足をとられまいと神経を集中させるのとともに、くんくんと鼻をきかせるのが日課だった。



チョコレート工場はにおう時には大抵、チョコレート以外のにおいもさせていた。

そのことから、きっとそこは純粋なチョコレートを作っているだけじゃなくて、チョコレート製品も担っているんだろうという結論が出された。

ちょっとパンのにおいが混じっている気がするときには「今日はコロネだね」と話し合い、ちょっと苦めなにおいのときは「ブラウニーに違いない」と予想する。

今日はハーシーだよね、とかだんだん感覚も鋭くなってきた気すらしていた。


匂いのしないときは今日は焼きの日じゃないね、チョコレートの生地を寝かしているんだ、と納得した。

そうすればにおいのない日のことも理解できる。

もしかしたらパン生地、遅いね、って他の材料の入荷を待ったり、出荷のため今日は焼きの人員も手を止めて全員でラッピングをしているのかもしれない。




ある時、チョコレート工場からとっても焦げ臭いにおいがしていたことがあって、友達とチョコレート工場が火事になったと大騒ぎをした。

しかも、もくもく煙が出ている部屋から金属くずみたいなものをどんどん運び出していて、私たちは、ああ、もしかしてチョコレートが全滅したばかりかチョコレートをつくる機械まであんなに壊れちゃったんじゃないか。と心配した。

するとしばらくチョコレートを作ることができない。

ドイツ国内からチョコレートが姿を消す消す日も近いかもしれない。

これは…たくさんチョコレートを買っておかなければ。


せこいおばちゃんみたいに、私たちはしょうもないことをずっと話していた。



結局次の日、早い時間にオーディションに行った友達によると、日の出より前に工場の人々は出勤してきていたとのこと。多分、火事になって作れなかった、本来なら作るべきだったチョコレートの数に追いつくために時間外勤務を強いられているんだよ、あんな日の出前からねえ、と同情した。

同情するとともに、ドイツ人、たまには勤勉じゃん!とほめてみたり。

(だってドイツ人、イメージよりも全然勤勉じゃなかったから)





もちろん、工場は火事になんてなっていないし実際チョコレート工場はどれだったのか(その金属くずの工場は多分チョコレート工場ではない。色んな工場があった)、どうしてたまにしかにおわなかったのかその真意、どうしてたまにチョコレートではあり得ないにおいがしたのか、そんなことも全部謎です。



工場見学にいけばよかった。



★    ★    ★



そういえば、私はずっと北新宿に住んでいたのだけれど、お隣の駅、新大久保駅にはロッテの工場があってそこから風向きによってはチョコレートやガムのにおいが漂ってきていた。


縁があるのかもしれない。



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新旧

とても夢見が悪かった。
別の新しい夢を見たくて何度も二度寝してしまった。

気になっていることを何度もなんども夢に見てしまう。そして気になっているんだということを自覚させられる。
たぶん、それが整理を付けるための第一歩なのだろう。


夢といえばまだ今回の舞台の夢を見ていないな…。いつもは振付けもついていない時期からみはじめて、どうしよう!私ここの振り知らないよ!それどころかひとつも振り覚えてないよ!という感じで本番を全部即興で踊るのだけれど。
今回は不安になる暇もなかったということかもしれない。

舞台への気持ちは少しかわった。
どきどきやわくわくや、うれしくて仕方のない想いは同じだけれど。
何か変わった感触がある。

見る目。

ドリームペッツ、というものを、plus+さんのお部屋で知った。

ほんとは、ちょっと前から知ってたけど(この日記にもリンクしているカワイイもの好きな人々。 にて)

実際に写真を色々見たのは初めてだった。


そして衝撃!!



★    ★    ★




私が持っていた小さい人形で、とっても変な顔のものがあった。

間延びした顔の黄土色の犬の人形。

全然可愛くないし(と、子供の私は思っていた)、誰にもらったんだろう、こんな人形…

とずっと疑問に思っていて、いつだったかお母さんにそのことを聞いた。

すると、

「それ、あんたが赤ちゃんのとき、スーパーから帰ったらいつの間にか手に握ってたのよ。

その変な顔が気に入ったんじゃない。」



…私か!

この人形を選んだのは、私だったのか!


人生初万引きがこの人形。

へんな顔の。


……というか、返そうよおかあさん。




よりによってどうしてこんな顔のものを気に入っちゃったんだろうな、とずうっと思っていた。

どんなセンスなんだよ、と。


そしたら!


変な犬


←こいつ。


このまんまのこいつじゃないけれどすごく似てる。

確か、もっとまぶたがたれていたし、黄土色とか茶色とかが多かったし胸のマークも星のかたちだったけれど、


たしかにこんなやつだった。


…ドリームペッツだったんだ…



可愛いじゃん…

いいもの選んだじゃん、私。


あんまり大きな声では言えないんだけど。




山下 哲
ドリームペッツ図鑑

『クラリモンド』

火曜日にミュージカルを観に行った。

ミュージカルはちょっと苦手なのでどうしても敬遠してきたのだけれど、とても好きなダンサーが出るので楽しみでした。

しかも、H.R.カオスの大島さんの振り付けだったので期待は増すばかり。

さらに!高校の先輩が出演するじゃないか!

ということで、もりだくさんでした。


内容は…

うん、芝居はさすがにうまい。(心の声のような二人)

歌いながら踊るなんてすごい。

…でも、やっぱり日本語で台詞をそのまんま歌われると…。


台詞よりも歌は聞き取りづらいから単純な言葉にしているんだろうと思うのだけれど、やっぱり、もうちょっとなんとかならないものなのかとも思う。

でもこれはただの好みの問題なんだろう。

もっと、見てみないとわからないものかもしれない。



踊りは素敵だった。

大島さんの振り付けはとても激しくて身体が壊れちゃうみたいに見える。

大道具を使った踊りも、らしくって良かった。



オランダで見たGaliliの舞台を思い出した。

あれ、本当に面白かった。

モジモジ君の、「か」とか字を作るような、棒の飛び出た壁で、その棒を使って激しく踊っていた。

手すりにぶら下がったり、その棒に寄りかかって身体を振り子みたいに使ったり。

凄い訓練が必要なんだろう。



私の好きなダンサーもMさんは以前より少し痩せて、ちょっと色気があったと思う。

役作りのために痩せたのかな。

もっと無垢なイメージが強い人(無垢な白の中に色気がある感じはもともとあった)だったのが、ちょっと変わった。

お芝居とか他のことに接することでさらに幅が広がった感じがする。

自分の踊りにしている。

でも、ああ、Mさんらしいなあ、という部分ももちろんあって。




舞台は地方にも飛ぶので、東京に帰ってきたらまたレッスンを受けたいな。

私も、変わらなきゃ。




高校の先輩は、相変わらず妖艶だった。

昔の漫画の貴族みたい。

身体が前よりしっかりした感じ。

もう少し華奢だったのにな。

すごい。


タップの面白さは、このKさんに目を開かされたのだけれど(以前見に行った舞台で)、今回も面白かった。

色んな音がでるんだなあ、って、素人の感想なんだけど。

どきどきした。


くらりもんど  




 

■出演/安寿ミラ・貴水博之・谷田歩
      舘形比呂一・森山開次・熊谷和徳
●原作/テオフィル・ゴーチェ
●企画・台本/笹部博司
●構成・演出/栗田芳宏
●演出・振付/大島早紀子
●音楽/宮川彬良

ベルリン大聖堂 2

ろうそく ドームの中に、きらきら光る場所があった。

近寄るとそれはたくさんのろうそくの光。

50セントほどのお金を入れてろうそくを手に取り、火をもらう。

しんとした気持ちになる。


もう火が消えてしまっているろうそくにも、こんなふうにひとつひとつ儀式があったのだと思うとおいそれと台からはずせない。


じっと炎を見ていたらどんどん時間が経ってしまいそうだ。


ふと気づくと、ちょっと変わった身なりの女性が一生懸命、消えてしまったろうそくをひとつひとつ燭台から拾い重ねている。

そのひとを、見つめた。



ドームは上のうえまで登ることができる。

とっても寒かったのだけれどT子ちゃんと話しながら迷宮みたいな狭い階段を登ってゆく。

どこの教会もそうだったのだけれど、あまり表示がちゃんとなくて(もしかしたら言葉がわかっていないから目に飛び込んでこなかっただけかもしれないけど)、どういう順番で見たらいいのか、どこがルートなのか、わかりにくい。

でももちろんそんなことどうでもいいんだけど。

だって見せるために建てたものじゃないものね。

当たり前のことなのに、観光地の見せ物的なものに慣れてしまっている自分に気づく。

ここは、ただの生活の場所なんだ。

って。



ドームの下から見るとたくさんの神様や英雄、天使や神話の登場人物が壁に張り付いてひとびとを見下ろしている。

その様はちょっと恐いくらいだ。

足がへなへなしちゃうかんじ。

こういう装飾は神さまに向けてだけじゃなくて、市民に力を見せ付けるため、でもあるんだろうな。


でもこうしてドームに登り神さまを後ろから眺めると、またちょっと感じが違う。


ドームからシュプレー河が見えた。

ベルリンは大都市なのに、高い建物がそんなにない。

ひゅっと高いのは、必ず教会の尖塔。

あっちにもこっちにも、細いとんがった建物が見える。


寒いし、足下は隙間のある板でちょっと恐いし、

(おまけにT子ちゃんはこのあとロンドンへ旅立つから重たい荷物を持っていた)

でもじっくり見てからドームを後にした。




★    ★    ★



この見えている橋にはいつもアコーディオンを弾いている人がいた。

アコーディオンって音が素敵だし、何を弾いても哀愁漂う感じで好きなんだけど、

ある時ここの橋をわたり切ったときにもやっぱりもう一人アコーディオンの人がいて、その人はまるでアコーディオンが弾けていなかった。橋の上のひとの音楽を耳で聴きながら真似している感じ。

へたくそだからあんまり儲かっている様子もない。

へたくそだから、橋から追いやられちゃっているのかもしれない。


大変だな、と思った。



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