アマヤドリ -216ページ目

むにゃむにゃ

何にも必要とされないんじゃないかとしょうもなく弱気になったり、
そうかと思うとほんの小さな誰かの言葉でふっと気持ちが軽くなったり。
5月はやはり、ゆらゆらする時期なのかなと思う。すごいなー、5月は。

そんな時は自分と一緒にぼけっと、のんびりしてみるしかない。単純な私は、それだけでそのうちしばらく経てば結構まぁいいか、って思えるから。
あぁ、でもこういうふうに必要以上に自分を簡単だと、鈍いと思い込もうとすることも遠回りなことなんだった。


ドイツに行って1ヵ月くらいした頃こんなふうになったかも。
たぶん、欲張りすぎたんだ。また。
色んなことが変わる気がしてそうあるべきだと思って、わくわくで自分のどこかを燃焼させすぎた。

…だけどそれもまたよい。
なんだってそう。体験や考えや、すべては私がつくりかえて取り込むこと。
繰り返して無尽蔵になれることも。


遊ばなきゃ。
働かなきゃ。
なにより、踊らなきゃ。

自分の中とばかり話をしようとしすぎる。だんだん見えなくなってくるの、当たり前だ。
お散歩したら素敵な振付けが降りてくるように、ちょっと目をそらしてにこにこしてみよう。



★   ★   ★



親分の誕生日会は楽しかった。
親分も楽しんでくれたかな。めずらしくとても酔っていた。

私はちょっと恥ずかしいくらいびっしりと言葉のつまったバースデーカードを送った。それから白いバラに青い小さな花を添えて。
帰り道、おっことしたりしちゃいませんように。


★   ★   ★


たぶんこんな変な気持ちになったのは、映画のためでもある。
ヨーロッパや、ああいう恋や、あんな芝居の妙や、それが全部懐かしくて、
懐かしいという気持ちは少し悲しかったり淋しかったり、が深いところで似ているから。
影響されやすい。



やさしい気持ちでいたいな。
今はただ。

ボスのバースデー

今からバイト先の親分の誕生日会。
いつも本当にお世話になってて、ドイツに行きたいからバイトを辞めなきゃいけないと言った私に「いつでも席を空けてるから戻ってこい」と言ってくれたひと。
オーディションに全部落ちて私が戻ってくるのが望みだ、と冗談ばっかり言ったけれど、ドイツに行く前に長い手紙をくれた。
嬉しくて。
私は行きの飛行機から親分に電話した。

そんなひとだから、
ドイツから帰ってきてしばらくはぼーっとしたかった私を帰国翌々日から働かせ(しかもGWなのに)、またドイツにいくかもしれないと言う私のことばはきいているのかきいていないのか…


でもなんだか大切な感じのおじさんです。
盛大に祝ってこよう。

それは私の背中を押し、

眠りを細切れにさせる。
そのたびに夢を見て、
起きるたびに色のない世界に次第に色がついてゆくのを見る。

なんども
今がいつなのか確かめる。
なにが本当なのか思い返す。

喉が乾いていることに気付く。
誰かが生きている音。


夜の樹には、


いつも囀っている鳥たちがいない。




うどん屋新幹線

電車の夢。

電車とうどん屋がセットになったようなもので、おいしいうどん屋に座ろうという目的で利用する、という感じ。
私はそこによい景色を見たいという目的も加わっているからなかなかお店選びが難しい。

みいちゃんという、もと生徒とお母さんに電車の入り口で逢う。みいちゃんは今も4歳のままでまだ私が両手で軽々と持ち上げることができた。甘えられることが嬉しくてなんだかくすぐったい。

みいちゃんは一番前の座席がお気に入りのようで、でも私は景色の見づらいその席を避けてきていたのでなんとなくがっかりする。うどんもあまり美味しくないことをしっているから。



運転席のガラスは流線型になっていて本当に景色が見づらい。

『ビフォア・サンセット』

ワーナー・ホーム・ビデオ
ビフォア・サンセット

2作目は1作目から9年後のお話。

主役の2人も実際9年分年をとっている。

見る側も9年経っている。

だから、面白い。

(…というのはお友達の言葉。)


私は一作目を見てから9年待つわけにはいかなかったから、9日、間を空けようかな?

と思っていた。
でも。やっぱり9日は待てなかった。見ちゃった。



1作目を見たときと同じように俳優が楽しそう。

9年ぶりの共演を楽しんでいるみたい。

人間として9年間生きてきたことも、楽しみながら戦わせているみたい。



パリの町が綺麗だった。

その町の風景に、前作よりちょっぴり深い色になったジュリー・デルピーの髪がきれい。

ジュリー・デルピーはもっと不思議な感覚の中で演じる女優さんかと思っていた。ふわふわ、透けるような。でもちょっと無垢なかんじとは違う…

そんなイメージ。


だけどこの作品を見て感じたのは、もっと人間っぽくて温度のあるひとなんだ、ということ。

すごく地に足が着いた女優さんだったんだ。



きりきりする台詞がたくさんあった。

なんだっけ。

書いておこうと思っていつも忘れてしまう。



あんな風に自分の心を表現しようとしてみたい。

あのくらいに的確に話せなくてもいいから、伝えたい意思を、あのくらい持ちたい。




…いっつも反省は同じ。




9年か。

どうしてももう一度会いたい人と、いつかは会えるのかな。

生きてさえいればあえるよ、とイーサン・ホークは言ったし私もそう思う。


望みとか、でも現実、とか、いろんな気持ちになって切ない映画でした。


掛け合いだけでこんな深みが出せるなんてすごい脚本。

ラストも素敵。


友達が薦めてくれたわけがとっても良く分かった。