まちうける
ここのところ朝日がきれいだ。
朝起きると北側にある部屋から橙色がたまっている居間に向かって歩く。
もさもさとしたままの足の裏がしっとり床となじんでくる。肺に冷えた新しい一日がすす、と入ってくる。
かごにかけてある布をめくってちゅんがくりっと目を開けていたら扉を開け放ってあげる。
鳥のくせに寝呆けた顔をしているから可笑しい。
一緒に野菜ジュースを飲む。
ほっぺたやもつれた髪や、少しさか立ったちゅんの襟元を照らすオレンジの光はきんと冴えていて、あたたかじゃない。
夕方のオレンジはもっと包み込むようなやさしさとあきらめがあるのだけれど。
それよりももっとまっすぐ前を向いてる感じ、かな。
ほら、おひさまだよ。
ちゅんはあまり外の世界をみない。
もし外の世界で生きられないのならその方がいくらかは幸せなのかな。
でも
やっぱり私だったら、たとえ手に入らないものでも、知りたい。
…か。
空だよ。
鳥だよ。
星と月だよ。
久しぶりかもしれない。
耳のところまでぱんぱん。
それはもちろん、悪い事ばっかりじゃなくて、だから心配はしていないんだけど。
昨日と今日の区別がつかなくなってきたから少し休憩。
てのひらを柔らかくやわらかく。
ひとつずつうなずいていけるよう。
掘り起こし、分散。
それにはどめをかけることなくするすると連ねることのできる瞬間。その瞬間をみのがさず、今だ!ってよけいに自分をほどいてしまわなければいけない。
ゆるくなってすかすかで、まんなかもなにもかも分からなくなって細かいつぶつぶ全部がさらされてはじめて、あれれ、って手のそばにあったことを知る。
逃げないように。
またぎゅっと収縮して隠してしまわないように。
さらさら、大事にそいつをさらってあげなきゃ。
ことばではつなぎとめておけないふんわかとしたにおいのような、温度のような、空気の肌ざわりのような、
そこに、こころはむかっている。
辛抱強く、注意深く、
だけどそれにはやっぱり、逆みたいに思えることこそ大切なんだろう、ということもはっきりしてきた。
具体的なこと。
実際的なこと。
形にしてみること。
両立させなきゃいけないということじゃなくておそらくまっすぐ、というところを選んでゆけばおのずとあちこちに積もってくれる。枝と根っこみたいに。
★ ★ ★
友達が送ってくれた、バレリーナの落書き。
『春にして君を想う』
私が老いを恐れるのは、それが未知だから。
そして、未知であるから湧き出るイメージ。生きてきた積み重ねを奪う終息に向かう道。風化とか、もろもろと崩れてゆくイメージ。
年を重ねると共に思いは重なってゆく。大事なものも失ったものも増える。
老いたからといってそれが薄れるわけじゃないのにもう何かを叶えるには遅すぎる…そんな「二度と取り返せない事」が私は恐くて仕方がない。
ひとをみてそう思うのではもちろんない。
今の私がこれからどうなってゆくのか。考えるのはそのことで、たとえば自分のおばあちゃんを見てこういうふうになるということに恐れを抱いてるわけでは全然ない。
幸いなことに私は素敵に年を重ねているひとをたくさん知っているから。
だから、たぶん、
見えない自分のこれからの時間や感情への恐れ。
だけどこの作品は私の時間の流れに対する恐れを和らげてくれた気がする。
ちょっと。だけど。
だってやっぱりその時にならないと私はなんにもわからないのだもの。
決して希望溢れる内容ではない。老人は大事なものを整理し、死の足音を孤独に聴く。
でも旅は死に場所を探す旅ではなかった。
故郷に立ったステラがなんと輝いて見えたことか。
時間をすごすことは光ににている。
一人残された主人公が出会ったのは多分天使だ(ブルーノ・ガンツだったし)。
体が朽ちても心は歩き続けるし、大事なのはそこだって、最近ちょっと本当に思えるようになった。
アイスランドの景色も美しかったな。
行ってみたい。
夢/森と湖
夢のメモから。
3人の調査隊みたいなものが、私の旅しているる諏訪湖に来る。
一人は女性で森の湿った空気を嗅ぎここまできたという。ちょっと不思議な能力をもっている。
私が土手を登り崖の下の遠くの森を指差す。そこにはこの世のものとは思えない美しい景色。
女性はもっと大きな湖の存在を感じるという。
なので崖ぎりぎりに行くと、知らなかった本当に大きな綺麗な湖が視界に入ってくる。
いつのまにか私はその3人のうちの一人の少女になっていてその景色にただただ涙する。
もう一人のお坊さんが私の肩を抱き「お前は私と同じ心をもっている」と言う。
本当にスゴイ景色だった。
濃い緑色の森がこんもりとあってその奧に底の見える透明な…感覚が狂うほどの大きさの湖が弧を描いて広がっている。山すら小さく見える。
私はいつまでも美しさに嗚咽した。
