刀と言ったらやはりこの人を思い出します。
「ほぅ…なかなか面白い話を聞いてきたようだな。確かに『反りが合わない』とは、刀の峰のそりと鞘の形が一致していないと収める事が出来ないと言うことから生まれた言葉だ。」
刀の手入れをしていた斎藤さんは刀身を静かに置き、私に真っ直ぐに向き合うように座り直し、言葉を続けました。
「雪村、『馬が合わない』という言葉を知っているか?」
「あっ…何気なく使っている言葉ですが、深く考えたことはなかったです。」
「『馬が合わない』には好みや考えが合わないと言う意味がある。要するにお互いの気持ちを汲み取る事が出来ない、合わせる事が出来ないという事だ。これは元々乗馬から生まれた言葉だ。馬に気持ちを合わせることが出来ず自分勝手に振る舞えば、馬に触る事さえ叶わぬ。人と人の様に口に出してものを言う事も出来ぬのだから、触れ合う事でその溝を埋めていくしかない。しかし人馬が一体となれば、互いの実力以上の力を発揮出来るやもしれぬ。刀もしかり。己の魂を宿し愛しむことで己の限界を超えることが出来る…故に刀は武士の命なのだ。」
【一君が刀の話をし始めたら、夜明けまで延々と…なんて日常だよ】
私の頭の中は、沖田さんの呆れた声と斎藤さんの話がごちゃ混ぜになり、言葉を整理するので精一杯になってしまいました。
「えっと…『馬が合わない』は『相性』の問題ということですね。ところで刀は自分で手に入れる以外に、贈られることもあります。そんな時もし馬が合わなかったらどうするのですか?」
斎藤さんは小さく頷きながら、言葉を続けます。
「その時は『己の物にする』までのこと。そして贈り手は相手の分にあった物を贈るのが筋というものだ。『骨喰藤四郎』『義元左文字』『鬼丸国綱』『へし切長谷部』…名刀は武将に贈られ、そして愛されてきた。刀は眺めている時が一番美しいのではない。良いか?雪村、名刀とは手にした瞬間に体に衝撃が走るのだ。そして刀を抜きひと振りすると閃光が走る。その閃光を目で追うと…」
「はぁ…」
増々頭が混乱する中、私は斎藤さんの言葉に相づちを打ち続けました。
「…ということだ。つまり人と刀が一体化することで、より美しさを増す。刀とは『武』そのもの。そして…」
「あっ…あの!」
「なんだ?」
刀の話から方向転換しようと、私は斎藤さんに問いかけました。
「相性が合わなくても、努力で埋めることは出来るってことですよね?では『そりが合わない』は何の問題なのでしょうか?」
「『器』であろう。刀に合わせた鞘でなくては意味がない。人に例えるなら…持って生まれた『性質』といったところか。大きな器の人間は小さな器を受け入れることは出来るが、小さな器の者は大きな器を受け入れることは出来ぬ。その反対もしかり。小さな器の中で大きな器の者は、自由には生きられぬ。」
「使い分けが難しいようで、理解出来たような…。」
「そうだな…人間間に当てはめると『馬が合わない』は同性同士に、『そりが合わない』は異性間で使う。例えば…副長と伊東参謀は…いや、これは聞かぬことに。雪村、誰かとそりが合わずに悩んでいるのか?総司の事なら案ずるな。局長以外には何時もあのような物言い、態度だ。それとも伊東参謀か?いや…けしてそりが合わぬようには見えぬが…」
「そうですね。伊東さんには良くしてもらっています。困ってしまう場面もあるけれど、けして嫌いではありません。」
「うむ。過去の事例からすると、伊東参謀はきゅうりが絡むと問題を起こすようだがな。しかし雪村にとってはさほど害のない人物なのだろう。」
私は当時のきゅうりを巡って起きた大騒ぎを思い出し、穴があったら入りたいくらい恥ずかしくなってしまいました。
「あー…あの時は斎藤さんには大変なご迷惑をおかけしました。」
「過去の話だ。問題ない。」
そう言う斎藤さんは少し笑っているように見えました。
「でも言葉って本当に不思議ですね。ふっと生まれてずっと生き続けるのですから。」
「そうだな。言葉の『言』は『事』と同じ意味がある。それは現実にもなりうる重い意味を持つ。故に現実を伴わない軽い意味を持たせるために『端』を加え『言端』とし、『端』はやがて『葉』となり『言葉』となった。」
以前土方さんに教えていただいた言葉が、ふと頭に浮かびました。
「『やまとうたは 人の心を種として 万の言葉とぞなれりける』」
「ほぅ…雪村はなかなか物知りだな。」
「いえ、たまたま土方さんに教えていただいただけで…斎藤さんの刀の知識の凄さには断然負けますよ。」
「自分の手にする物の知識が頭にあるのは常識であろう。良い機会だ。雪村の小太刀の手入れをしつつ、部位や仕組みを教えてやろう。知ればさらに愛着が湧き、持つ意味も増すだろう。」
と言うわけで、夕餉に呼ばれるまで、斎藤さんの刀談義は続いたのでした。
伊東さん絡みのきゅうりのお話はこちらから河童泥棒