顔面移植(HIROのくだらない話 2021.5.21) | HIROのホリスティックヘルス探究記

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人を「本当の健康」に導きたい!大きすぎる人生目標がある。人は十人十色。みんなみんな違うのに「この方法なら大丈夫」なんてのがあるわけない。どうすればいい?まだまだ探究中。そんな私の探究記録です。

2年ほど前だと思います。
その時、ナショナルジオグラフィックの英語版と日本語版を年間購読していました。
ある号の表紙を飾っていたのがこの右側の写真。

 

 

目が釘付け。
びっくりとしか表現できませんでした。
なに?何が起こったの?
すぐに本文を確認しましたが、ナショナルジオグラフィックは「洗練された人が読む」雑誌なので、その時の私には難しい英語ばかりで、半分くらい状況を把握したものの、全部を理解することなく終わっていました。
それから数ヶ月は、日本語版にも同じ記事が載るのではないかと探していましたが、見つけることはできませんでした。
ナショナルジオグラフィックを定期購読した理由は単純すぎて、「洗練された人が読む」という謳い文句に引かれ、私も洗練されたい!と思ったから、それだけです。
結果は明らか。

購読を申し込んだ位では、洗練される訳もなかったです。

 

ところがつい先日、同じ写真をYouTubeで見かけ、再度見ずにはいられませんでした。

今でもナショナルジオグラフィックの英語版は定期購読していて、正直申しますと、英語を読むのではなく、それこそ美しく洗練された写真の数々を見て、感心しているだけ、というのが真実なのですが…

この記事は今までに一番記憶に強く残っていた記事でした。なので、是非皆さんにシェアしたいなと思います。

日本語訳は無いので、内容を簡単に下に要約しておきます。

上に添付したものが一つ目のBBCニュースの動画です。ご覧になってみてください。

(要約)

ケィティはその日、高校生活を終え、今後大人として大学生になっていくことに不安を抱いていました。彼女は決めたことを常に決めた通りに行う性格だったのですが、18歳の頃は特にそうでした。その頃は人や物事に対して葛藤があり、自分をコントロールすることが難しくなっていました。

2014年3月25日

失恋で精神が錯乱し、学校を早退し、兄の家に行き、兄の銃でトイレで自らに向かって発砲しました。

ケィティは、自殺するつもりではなく、一時の衝動でしかなかった、と振り返っています。

銃弾はケィティの顔を突き抜けましたが、脳からは外れていました。

手術により顔の一部を再建できましたが、飲食や会話も出来ない植物人間状態になるだろうと医師からは告げられました。

(次の動画の病院に移り)

2017年5月3日

ケィティの顔の再建手術が31時間を掛けて行われました。

ドナーは薬物の過剰摂取で亡くなったアドレアでした。

ケィティは最後にこう語っています。

大学にいきたい。仕事もしたい。 何かを教えたり、できたらカウンセリングをしたい。そして沢山の人に会いたい。結婚もしたいし家庭も持ちたい。

命は尊いです

命はとても、とても素晴らしい贈り物です。」

 

次の動画も同じケィティのものですが、2度目の顔面再建をした病院の動画なので、ちょっとコマーシャライズされているかな、とは思いますが、日本にはない技術とチームワークです。口腔外科だった歯科医として、ワクチンをうちに行く気は満々なのに、ち~っともそのプロセスについて連絡が来ない日本の行政と医療界とは違いますね~(イヤミです・・・)

同様に内容の要約を下につけておきます。

 

(要約)

ケィティは面倒見の良い兄姉に囲まれていたので、好奇心が強く、頭がよく、大人っぽい子供でした。

が、上記のような事件が起こり、テネシー州メンフィスにあるトラウマセンターに搬送され、緊急オペを受けました。

銃弾は顎の下から入り眉間に抜け、脳には影響はなかったものの、トラウマセンターの医師が経験してきた中では、今までで一番悪いケースでした。ケィティの家族は、トラウマセンターでは顔の表面の移植は経験が無いので、唯一の彼女の人生を取り戻す方法として、クリーフブランドクリニック に行くことを勧めました。

クリーフブランドクリニックでも、どのようにこの困難な顔面頭蓋を再建するのか?救うことが出来るのか?全てが未知でした。

各分野のエキスパートを集め、チームアプローチがとられ、一般的な再建方法から、機能的により良いと思われる方法まで、あらゆる方向から何か月もかけて計画が練られました。

6070人のチームメンバーで何度もミーティングを開きました。移植外科医、移植コーディネーター、内分泌科医、腎臓専門医、麻酔科医、そしてICUスタッフが全てそこにはそろっていました。いつ行われるのか分から無いその手術のために、ただ準備を整える日々だったようです。

そして、初めての受診から約3年後 2017年5月3日についにその日を迎えました。

 

最後のお父さんの言葉をそのまま載せておきます。

Life is not about the absence of difficulty or absence of troubles, but it's a part of the fablic of what any of us go through.

生きていれば困難なことはつきものだ。しかしそれは人生の一部にしか過ぎない。

Katie was asked a question the other day, "How would you summarize?"

She said that "life is precious and it's beautiful. "

ケィティは言っていました。

「命は尊く、美しいものです」

 

 

生きていれば、良いときもそうでない時も誰しもありますよね。

人はみな、自分が一番大変で、自分が一番忙しく、自分が一番頑張っている、と、思っています。誰もがそう、思ってます。

でも、ほんの一握り、「人ってそう思うものなんだよね。自分もそういう時期があった。」と、そのレベルを乗り越えた人もいます。

ケィティのお父さんが言うように、どの地点も通過点にしか過ぎないのに、そこにどっぷりつかってしまう事が多々あるんですよね。

楽したい、とか、自分の気分が良くなることだけが起きれば良いのに

と、思いがちですが、そのためには、なにもせず待っていてもダメで、情熱を持てるものを見つけてみないと難しいですね。

誰でも、時間を忘れて夢中に何かをやっていた幼少期、あったのではないでしょうか?

 

人はいつかは死にます。

人は1人で死ぬんです。

やりたいこと思い切りやってから死んでも、遅くないんじゃないでしょうか?