ピアノ教師として約30年間の経験と今年、自宅にサロンを持ったことから、30年ぶりに下手ながらも演奏を再開しました。
芸術を志すということは、さまざまな挫折を知り、孤独に追い込まれ、苦しみの中から光がさしてくるのかも知れない。とにかく諦めない、逃げないこと。そんな経験が人としての思考や感受性を育み、それがその人の個性となり演奏に反映されるのかな。
特にテクニカルな面と言うか演奏法上、正しいとされる演奏があると思う。確かにそれは正しいのかも知れない。でも、幸いにもその正しい演奏が魅力的であれば良いと思うが、必ずしもそうとは言えない場合がある。よく、正しけりゃいいというものでもないとは言うが、まさにその通りである。自分は正しいことをしているという思いが強過ぎ、全く魅力ない演奏に陥っていると すれば、それはもう正しいとは言えない。
オーストリアの冬は予想以上に寒く厳しい。マイナス18℃は凄かった。そして、シューベルトの何かがわかったような気がする。決して全てではないが。ヒントがたくさんある。
ペダル、つまりはダンパーペダルだが、私が子供の頃はレッスンに於いて、ショパンでさえ も最初はペダルなしで弾かなければならなかった。今から考えると信じられないことだと思う。
私が子供の時に使ったメトードローズは、なんと350円だった!!!
打鍵は身体の何処から使うのかをイメージするのは大切。第3関節?手首?人それぞれだと思う。ちなみに私は、肘の後ろの1点から打鍵している。
私も含め、一般的に鍵盤の底を狙って打鍵するよう教わってきた。しっかりとした良い音ととして。でもそれは大きな間違いであることに気付かされた。体育会系というか、香りある音からはほど遠い音になってしまい、今更ながらだが、音色の変化、いや、音色とも呼べない響きの無い音になってしまう。
鍵盤の深さはたったの1センチ。たかが1センチの中で表現が無限に存在する。なんと演奏とは恐ろしいものだろうとさえ思ってしまう。改めて1センチの可能性を思う。鍵盤のどの辺りに向かってコント ロールしながら打鍵するのかを真剣に考えてみるのをお勧めする。
良い響きになればなるほど、そのメッセージ性は強くなり、音楽の内容がより聴こえてくるようになる。不思議なことなのだが、今日それを改めて実感した。響きと音楽の結びつきを強く感じる。内容のある音楽を奏でたければ、響きを磨くことは必然である。
上手い演奏って、文句のつけようがない演奏だったりする。確かに上手いし、文句のつけようがないのは凄いことなのかもしれない。ふと思うのは、そんな演奏していたり、目指していて、楽しいのかな?と思う。多分、楽しくはないだろうな。もっと違う何かだろうな。そんな自分が好きなんだろうな。音楽やピアノよりも。
有名になれなくてもいい。お金持ちになれなくてもいい。とにかくピアノが好きだから頑張りたいという覚悟がある人がピアノの道に進むべきだ。純粋に。
いくら弾けるからと言っても、子供に弾かせて良い曲とそうではない曲があると思う。どうも最近は、そのことが曖昧というか、何か気に入らない。
今どき、チェルニーが好きという子供は少ないのかもしれない。まさに昭和のピアノのレッスンの象徴的存在だと思う。もし、今どき、そんな子供がいたら、なんだか嬉しいような気がする。今どき、チェルニーをバカにする教師は多いと思うが、私は立派な教材だと思う。なんて、古臭いのだろうか。
バッハは音楽の父と呼ばれている。なぜ?そう呼ばれるのかを知っていてバッハを弾かなくてはいけない。知らない方は調べて下さい。
ピアニストになりたいと思ってなれるものではない。お金持ちになりたいと思ってなれるものではない。なりたいものの、その先の何かを目指すことが大切だと思う。その先がなんなのかがわからなければ、その手前にも到達出来ないだろう。その先がわかれば、価値観が変わり、目指すものも違ってくるのかもしれない。それが人生なのかもしれない。
人は既成概念に縛られる。ピアノを弾く上で当たり前になっていること。実は違うということは多い。既成概念を疑うことは大切だと思う。
音量が出ない、音が小さいなどとコンプレックスを持つ人は多い。それよりも音が汚いというコンプレックスの方がましだと思う。
蛍光灯が苦手な私だが、特にピアノを弾く部屋の明かりはなるべく蛍光灯を点けないようにしている。なぜならば、その方が音に集中できるような気がするから。そもそも、留学した時に驚いたのは、一般的に住居に蛍光灯を使う習慣がない。日本人は照明に無頓着だと言われている。灯りはぼんやり灯りゃいい、という八代亜紀の歌の歌詞にもあるが、私もその方が落ち着く。
人生は予定通りには行かない。将来を夢見て、ああしてこうしてそれでこうなるんだ、などあり得ない。私自身の人生を振り返った結果そう思う。で、演奏も同じ。ここでああしてあそこでこうして、など計画を立てる。レッスンに於いて教師も示唆しがちだが、ある時から、そんなレッスンしても無駄だと思ってしまった。むしろ、予定通りに行かないのが演奏であり、予定など立てない方が、良い演奏になる可能性が高い。そんなものだと思う。
譜面を見ながら練習する時に少々困るが、譜面台は立てないないで寝かせたまま弾く方が良いと思う。譜面台を立てただけで、響きの50パーセントが聴こえなくなると感じるから。