ピアノ教師として約30年間の経験と今年、自宅にサロンを持ったことから、30年ぶりに下手ながらも演奏を再開しました。
進藤さん。圧巻でしたね!!!
2次予選の角野さん、素晴らしかったですね。特にマズルカ風ロンドは聴かせたな!
進藤さん。モスクワ中央音楽学校の生徒さん。これぞ、ロシアピアニズムという演奏ですね!伝統の継承者です!
一見、演奏する上で同じことを行なっていても、そもそものエネルギーの源が違ってしまうと、それはもう違う演奏になってしまう。もちろん違っていいのだが、レッスンに於いては、問題を多々感じる。真の共感は得られない。難しい事だとつくづく思う。
その後も少しだけショパンコンクールを観たが、どうしても違和感を感じてしまう演奏というものがある。とてもうまいのだけれど、そして音楽的にもいいのだけれど、演奏者がショパンの上に立っている、立とうとしているような演奏だ。そういうことは戒めるべきこと。なんだが嫌な気持ちになってしまう。
ちょっとだけ覗いてみた。牛田さん別格でした!!!
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うん、ニコラーエワやホロヴィッツは凄まじかった。もう2人とも故人で生では聴くことができないのは残念。今の若い人達が聴いたら腰を抜かすんじゃないかな。この私の耳には何年経ても残っている。ということを私は、これみよがしに生徒達に自慢している。財産だ。
ネットの動画で演奏を観るのは手っ取り早いのだが、それで曲のことや演奏家のことをわかった気になってしまうのは大変危険なこと。やはり音は生で聴かなくては本当のところはわからない。いかにネットが発達しても限界はある。所詮パソコンはパソコン。ある程度以上のオーディオで聴くほうが、生に近い演奏を聴くことが出来ると思う。せめて生でなければオーディオで聴こう!
ピアノは突き詰めるほど奥が深い。知れば知るほど、世界中を見渡すとびっくりさせられる。井の中の蛙大海を知らずではないけど、若い人達は、例えば、学校の中で競い合ったりするが、小さい!小さい!と言ってやりたくなる。実はとても広い世界が存在し、自分がいかにちっぽけな存在で、視野が狭いことを知ってほしいなあ。
人生を楽しむ、謳歌することはとても大切。誰しもがそう思っていると思うが、本当にそうだろうかと立ち止まって考えて見てほしい。私からみれ ば、ある生徒は楽しむことを知らない演奏をしていると感じる。どんなに弾けていても、楽しまないなど、なんと勿体無いと心から思う。もっともっと自分を解き放してほしいと思う。
優秀なことはいいことなのだろうか。と誰しもが思うに違いないが、本当にそう思うようになった。そんな自分の変わりように少々驚きもする。確かに優秀な生徒は教え易い。でも、そうでもないからダメかと訊かれれば、そんなこともない。何か魅力があれば、その生徒の存在は大きくなる。凸凹していた方が面白かったりもする。
留学して思い知ったことの一つに休止符の件がある。厳格な先生のレッスンだからかも知れないが、それまでの自分がいかに休止符を蔑ろにしていたか。わかってはいたつもりだが、わかっていなかったんだなあと思い知らされた。
思えば遠くに来たもんだ!という言葉があるが、知らない間に、それもあっという間に、現在の年齢になった。その間、目まぐるしく私の音楽感、人生観、立場などが変化した。10年前に10年後の今を想像できなかった。うん。人生はあっという間に過ぎ去り、思ってもいなかった方向に進んで行く。演奏も同様で、30分の曲を弾くとして、その時間もあっという間で、予想がつかない。人生そのものだ。
画家や音楽家になるなんて、食べていけないからやめた方がいいという考えを持つ人の方が一般的には多いのかも知れない。それで諦めるのも人生だし、諦めずに突き進むのも人生。そういう運命は生まれながらに決まっているように思う。自然な流れに身を任せてみると、思いもよらない出会いやことが生じる。期待にワクワクしながら日々過ごすのが楽しいと思う。自分の思い通りに行かないのが人生のようだ。
若い時、私は劣等感でいっぱいだった。同じ門下生を見渡しても優秀な人がゴロゴロいた。でも、その劣等感があったことは、今から思えば良かったのかも知れない。その劣等感が私を叱咤激励し、這い上がら せてくれたような気がする。
芸術を志すということは、さまざまな挫折を知り、孤独に追い込まれ、苦しみの中から光がさしてくるのかも知れない。とにかく諦めない、逃げないこと。そんな経験が人としての思考や感受性を育み、それがその人の個性となり演奏に反映されるのかな。
特にテクニカルな面と言うか演奏法上、正しいとされる演奏があると思う。確かにそれは正しいのかも知れない。でも、幸いにもその正しい演奏が魅力的であれば良いと思うが、必ずしもそうとは言えない場合がある。よく、正しけりゃいいというものでもないとは言うが、まさにその通りである。自分は正しいことをしているという思いが強過ぎ、全く魅力ない演奏に陥っているとすれば、それはもう正しいとは言えない。
オーストリアの冬は予想以上に寒く厳しい。マイナス18℃は凄かった。そして、シューベルトの何かがわかったような気がする。決して全てではないが。ヒントがたくさんある。
ペダル、つまりはダンパーペダルだが、私が子供の頃はレッスンに於いて、ショパンでさえも最初はペダルなしで弾かなければならなかった。今から考えると信じられないことだと思う。