Chipapa の備忘録 -16ページ目

Chipapa の備忘録

忘却は、人間の味方であり敵であり。。忘れたくない珠玉の思い出達を書いていこう♪

盗作疑惑から一転、岡本真夜さんの『そのままの君でいて』が5月1日開幕の上海万博の公式曲に決定。

おめでとうございますクラッカー

リリースは1997年。
私はまだ社会人になって間もない頃で、帰省するとき頭の中で流れていた。

今回久しぶりに聞いてみたけど、やっぱり良い曲ね音譜

三十路半ばを過ぎても、あんまり変わらないのね、人ってニコニコ

あの頃と決定的に違うのは、母親になったことくらいかしら。

「私も夢が、遠くなるときがあるよ。だけど君も、がんばっているから、負けないよ」っていうところで、娘の仲良しのお友達から届いた年賀状を思い出した。

縄跳びやかけっこで競い合っているお友達。
お互い4歳の頃からの付き合いで、小学校1、2年を同じクラスで過ごした。

七五三の可愛い振袖姿の写真のわきに、「なわとび、まけないぞ~~!!」って書いてある。

とってもキュートな気迫満点の挑戦状。
その挑戦状どおり、冬中一緒に縄跳びに明け暮れて、二重とびは彼女が勝って、はやぶさは娘が勝った、って言ってたかな。

小学校、中学校、と一緒に過ごして、「ずっと心に、そっとその胸に、みんなで過ごしたこの街を忘れないでね」ってお互い言えるような、素敵な時を共有できるといいねラブラブ
初めて「自宅から通えるところに異動させて欲しい」という希望を口にしてから、気分スッキリ♪

支店長にも自分で陳情した。
上司も言ってくれたけど、ニュアンスや重要性はやっぱり本人が言うのが一番迫力があるから。

手元の書類をパラパラとめくりながら、「Chipapaさんがそういう希望を持っていても、後任のこともあるし、私としてはまだここで一緒に働いて欲しいけどね」と言う支店長。

っていうか、そういう問題じゃないんだ。

後任も決まらないのにすぐに異動させて欲しいと主張しているわけじゃない。
社交辞令ではあってもここで一緒に働いて欲しいと言っていただけるのは、ありがたい。

でも、そういう問題じゃなくて、もっと、ご自分の身を置き換えて捉えてください、支店長、って言っちゃった。

金曜日の夜帰宅したら、前日までに提出しなければならない子供の学校への書類があった。先生に「かくかくしかじかで、申し訳ありません」と連絡帳に書いて、翌週明けに子供に持たせる。

土曜日の朝、歯医者に子供達を連れて行って、その後は夕方まで子供達の習い事など。平日両親に子供達を見てもらっている分、土日まで平日と同じような負担をかけられないし、私自身だって、子供達の姿を見られるだけ見たい。だから、その貴重な土曜日の午前中に自分の貧血検査にクリニックになんていってられない。

日曜日は、朝から子供達の勉強や学校と幼稚園の持ち物をチェックして、なんてこまごましたことをやっていると、あっという間にお昼過ぎ。夕方には赴任先に戻らなければならず、なんで、一緒にいられる親が一人しかいない子供達の母親を取り上げて、遠くに赴任させるのか、そんなの人間としておかしくないですか?シングルで、小さな子供がいるということは、会社だって承知の上で雇っているのに。

単身赴任を始めてからのこの3ヶ月、本当にきつかった。
生活がきついっていうよりも、身体がきついっていうよりも、心が本当にきつかった。

何で私が?
自宅から通える支店だって、複数店あるのに。
子育て期の職員は配慮する、って書いてあるのに。「適材適所で決めた」って何よ。群馬から北海道や沖縄ってわけじゃないから良いでしょ、ってことなの?

小さな子供のいるシングルマザーを自宅から通えないところに配属して単身赴任を余儀なくさせるなんて、普通の感覚じゃないと思うし、そんなことをするなんて、組織として恥ずべきことではないかという疑問が、自分の中でグルグル回っていた。でも、誰に言っても埒が明かない。自分のことじゃないと、誰も動いてはくれない。グチを言えば言うだけ自分が惨めになる。だから、誰にも何も言えなくなっていた。誰からも何も聞きたくなくなっていた。

実は随分前に、支店長に「希望を出すルートはないんですか?」と聞いたことがある。「まぁ、そんなこと言わずにがんばってよ。今度飲みにでも行こうか」と言われた。失望した。

だから、今回支店長に改めて陳情するときも、分かってもらえるかは疑問だった。

やっぱり、分かってもらえなかった・・・

って、最初の支店長の一声で思ったけど、想定していたし、なんといっても今回は、お墨付きがある。

そのお墨付きは、産業医の先生からの言葉。
「小さな子供がいる女性を単身赴任させる人事は、客観的に見てひどい」
「広域異動について子育て期の職員については配慮するという規定があるのなら、そうしなければならない」

産業医の先生に言われたんです、だから、私、言わなきゃって思ったんです。
産業医の先生の前で、1時間、泣いてたんです。
それで気付いたんです、私、このままじゃ、壊れちゃう。
心が壊れたら、なかなか戻せない、だから、心が壊れる前に、言うことにしたんです。
支店長が思うほど、軽くなくて、本当に深刻な問題なんです、って。

あー、言ったらスッキリした~~♪♪

だって、支店長の表情がみるみる変わっていったもの。

「気付かなかったのは、私の管理責任でもある」って、支店長。カッコ良いじゃん。

当面は、変形労働時間や有給休暇などでカバーしていくよう直属の上司にも言ってくれたし、すぐに異動は無理でも継続して本部に希望を上げていくと約束してくれた。

支店長に「一人で抱え込まないで、言ってよ」って言われた。
直属の上司にも「何でも言って」って言われた。
副支店長にも「何かあれば気楽に言ってくださいね」って言われた。
仲良しの同僚にも「聞くことしかできなくてごめん。でも、今度ご飯に行こう。色々語ろう」って言われた。

私ってば、恵まれているなぁラブラブ!
なんて、素敵な人たちに囲まれて生きているんだろ音譜
人生、捨てたもんじゃないね。

家族はいる、可愛い子供達は元気。
仕事もある。
仲間もいる。
なんて、幸せなんだろ。ってこの上なく明るい気分ニコニコ

私の周りの皆様、本当にどうもありがとうございますラブラブ

まだ、いつ終わるか分からない単身赴任は続いていますが、でも、希望があるから、元気です音譜
日曜日の昼下がり、昼食の片付けをしていたら、外で遊んでいた息子@5歳が「絵本、絵本・・」と言って家に飛び込んできた。

「ねえねえが、読んであげるから好きな絵本を持って来ていいよって言うんだ」

お外で読むの?って聞いたら、「うん、お外。森で読むの!」

家にある小さな裏山にちょうど良いところを見つけたと言い、弟は2冊の絵本、お姉ちゃんは座るとプープー鳴る豆椅子を2脚持ち、二人とも足にケガをしないようにと長靴を履いて準備万端。

きょうだい仲良く読書旅行に出かける子供達に、りんごを持たせてあげた。

こっそり覗いたら、なんとま、微笑ましいのラブラブ

$Chipapa の備忘録-森で本読み♪

二人とも、一緒に遊べるきょうだいがいて、良かったね音譜

ケンカも多いけど、こうやって仲良く遊んでいると、ハハもとっても幸せなんですよニコニコ

ありがと、子供達。
子供達のスイミングの間は、子供達のクラスが始まると外に出てこまごました用事を済ませたりしていているから、子供達が泳ぐ姿を見ることは余りない。

だけど今日は、このところスランプ気味の息子@5歳が、出掛けに「スイミング、いやだ」と泣きべそをかき、プールに着いてもワァワァ泣いている。休ませようとも思ったが、プールサイドの先生の所まで私が連れて行けば泳ぐというので、プールサイドまで連れて行った。先生に、かくかくしかじかで、どうぞよろしくお願いします、と息子を預けた。こんな日くらい、子供達の泳ぐのを見てみるか、とガラス越しに初級クラスの息子達が見える長いすに陣取った。

バタ足から始めて、足から飛び込んだり、ブクブクっと顔を水につけてパッと上げたり、先生に支えてもらって仰向けで浮かんだり。あんなに泣いていたのに、結構ちゃんとやってるじゃん。私がジーッと見ているのに気付いた息子に「がんばって」と口だけで言ったら「うん!」って頼もしくうなずく。そうして、足から元気に飛び込んで、得意そうな顔をして上がってきた。

大丈夫ね、安心、安心。

次は、プールの真ん中コースにいる娘@8歳のクラスに目をやってみる。
先生の形どおりに真似をして、背泳ぎをする娘。
いつの間にか、あんなにキレイなフォームで背泳ぎできるようになったのねぇ。しかも、ちゃんと、まっすぐ進んでいるじゃん。自分の足でバタ足をして、自分の手で水をかいて、指先で水を切って、ズンズンズンズンと。

こちらも大丈夫ね、安心、安心。もっとも、娘はスイミングが大好き。冬休みや春休みの短期特別水泳教室にも自分から参加するほど、スイミングにやる気満々なんである。

そんな子供達を見ていたら、あぁそういえば、私もこのプールで、クロールも背泳ぎも平泳ぎもバタフライも習ったんだ、なんて思い出した。正確には、スイミングスクールを1回変わっているけれど、でも、私が通ったスイミングスクールといえば、今、子供達が通っているこのスイミングスクール。

3年前の夏に家族旅行で行ったハトヤのプールで泳ぐ私にビックリして、ハハみたいに泳げるようになりたいと言う6歳の娘をこのスイミングスクールに見学に連れてきて、すぐ入会を決めたんだっけ。自分が通っていたスイミングスクールに、自分の子供が通うことになるなんて想像もしていなかったから、当の本人の娘より、私の方がはしゃいでた。

娘がスイミングを始めて半年程たった頃、スランプに陥ってしまった。その時は、思い切ってスイミングを1ヶ月お休みして、週末、近所の温泉施設併設の温水プールで、親子で特訓。25mプールを何回も何回も、ジャンプしながら往復したっけ。その頃息子はまだまだ小さくて、プールでお漏らししちゃわないかとヒヤヒヤしてた(笑)プールの後は、3人で大きな温泉に入って、お昼を食べて帰ったんだっけ。

どこにでもある、日常の、ちっぽけな思い出なんだけど。
そんな思い出を心の中から取り出して、しみじみ愛でることが出来るようになっただけで、大きな進歩かな。
人間として、当たり前のことだと思っていたけど。

「異動させて欲しい」という希望を口に出すまでのこの数週間、気持ちをしまいこむのに慣れてしまっていた。そうしたら日常の小さな感動も取り出せなくなってきていて、ヤバイと思っていたんだなぁ。このままじゃ、無感情人間になっちゃうじゃん、って。

だってさ、何言ったって、奇異なんだもん。例えば、子供達のPTA関係の連絡で、「スミマセン、単身赴任しているもので、週末しかこちらにいなくて・・」なんて言うと、「え、パパが?」「いやいや、私が。実は私、シングルなんで・・・かくかくしかじか・・」って言うと、大概相手の方は驚くわけで。そういうのを何回か繰り返すと、驚かれるのも、本当は感謝しなくちゃいけないのに、励ましてもらうのすら面倒になっちゃって、誰にも何も言いたくなくなっていた。誰からも、何も聞きたくなくなっていた。


今回、子供達の泳ぐ姿を眺めながら、もっと肩の力を抜いて、スーッと息を吸ってハーッと吐いて、ゆっくりしてみようと、しみじみ思った。不覚にも、ポロポロと涙まで出てきちゃって。知り合いのパパに見られちゃったし。かなり変な人だっただろうなぁと思うけど。

ま、いいや。

気持ちの振り子がちゃんと正常に稼動するように、大事な気持ちをしまいこむことに慣れてしまわないように、壊れちゃいそうオーラを出さないように、もう少しノンビリといくこととしようニコニコ
単身赴任開始から4ヶ月目。この生活にも慣れたなぁと思っていたけれど。

どうやら、慣れるというよりは、受忍していたのかな。

産業医の先生に健康診断結果について聞く機会があり、貧血と言われたが、病院に行く時間がない。自分の身体のことをきちんとしなければならないのは分かっているけれど、わずかに過ごせる子供達と一緒の週末を自分の病院に行く時間にまで使えない。そんなことを話していたら、置かれた環境に対するやり場のない気持ちが溢れてきて、気付いたら、3人の子供がいて子育てと仕事の両立のために大学病院勤務を辞めたという女性産業医の先生の前で、ボロボロ泣いていた。

「子育て期にある社員の広域異動は配慮する」という規定があるのに飛ばされて、配慮したのか聞いたら、「適材適所で決めました」と言われたこと。この組織の適材適所って何なのよ、と不満はあるけれど、辞令が出たら従わなければならないのが、サラリーマンの哀しい性。だから、うまく希望を言えなくて、最近は、誰に何を言われても気遣いすらも棘のように刺さるように感じてしまい、異常な状況とは分かっているものの、自嘲して割り切って、この環境を受忍して、孤独は自分を裏切らない、いつかはまた子供達と一緒にいられるんだから、今は辛抱と、多分、気持ちをいっぱいいっぱいに突っ張ってきたけれど、先生曰くに、「Chipapaさん、入ってきた瞬間に分かりましたよ、この人は何かを抱えているって」と。

あららぁ。
そんなネガティブオーラを発して生きていたのね、この頃の私。

って思ったら、やっぱり、希望を言おうって思った。

先生から「子供が小さいうちに敢えて単身赴任させるのは普通の感覚ではない、酷い」「子育て期にある社員の広域異動は考慮するという規定があるのなら、そうあるべき」と言われたことにも背中を押され、その日のうちに、意を決して上司に言った。

「この3ヶ月、会社の命令だからと従って単身赴任を続けてきたけれど、やはり、きつい。機会があれば、自宅から通えるところに異動させて欲しい。ともすると、こういう希望はわがままにも取れるから、うまく言えなくて、自分の気持ちの中に押し込んできたけれど、やっぱり、きついです」

幸い、上司も「わがままとは思いませんよ。子持ちの女性を敢えて飛ばすのは酷いと思っていました。自宅から通える職場だってあるのに。お子さん達だって、寂しいでしょう。希望がすぐ叶うかは分からないけれど、本部の方に伝えておけば、Chipapaさんの自宅から通えるところに欠員が出たりした場合などにまわしてもらうチャンスもあるかしれないし」

なんか、ほっとした。
言ってみたら、スッキリした音譜

気持ちを伝えるのって、難しいけれど、大丈夫そうなフリをして、感情の振り子が振れないように、0の位置にピッタリと押さえたまんま生きて行く様な強い生き方は、私にはちょっと無理みたいだな。0の位置からいきなり振り切って壊れちゃう前に言ってよかった。

どうなるかは分からないけれど、まずは希望を言ってみた。
だから、なんとかなる気がする。

背中を押してくれた女医さんと、親身に話を聞いてくれた上司に大感謝ニコニコ
牛、豚などの産業動物の獣医師を目指す獣医学部の学生さんへ、耳寄り情報です。

我が故郷、群馬県が、産業動物の獣医師を目指す獣医学部学生の奨学生を募集中ですビックリマーク

支給金額は、奨学生に採用された年の4月から獣医師国家試験受験資格取得時まで、国公立大生なら毎月10万円、私立大生なら月額12万円です。
大きな額ですね~¥

実は、群馬県は、知る人ぞ知る畜産大国。一応首都圏(って、ニュースで言ってた・・ニコニコ )にありながら、豚は全国4位、乳牛が全国5位、採卵鶏は全国7位、肉用牛は全国11位。
(古くて申し訳ないが、平成15年の統計より。)

なのに、産業動物に携わる獣医師は年々減って群馬県内に50数名しかいないとか。

卒業後、一定期間を群馬県内の産業動物関連の獣医療業務に従事するという条件はありますが、群馬は、良いところです。新幹線も関越道もあり都内への交通も便利だし、山もあるし、温泉もあるし音譜

それに何より、きっと、産業動物獣医師として活躍できる場が沢山あると思います。

ちなみに、私の両親は獣医師ですが、還暦を迎え小動物に転向した父は、獣医師になってからずっと産業動物専門でした。動物は生き物なので、お産や急患など、切羽詰ったときは待った無しでしたが、農家の皆さんに頼りにされて、時に野菜や絞りたての牛乳をいただいたり、地域に根付いた豊かな働き方だったなぁと、獣医師の娘という間接的な立場ではありますが、振り返ってみて思います。

というわけで、志ある全国の獣医学部の学生さんビックリマーク

応募は、2010年4月23日(金)までです。

ちょっとでもご興味があれば、是非、コチラの群馬県庁サイトで、詳細をご確認ください。

そして、ドシドシご応募を!!

でもって、産業獣医師として群馬に来て、産業動物獣医師としての腕を磨き、群馬の畜産業ひいては日本の畜産業に貢献する立派な獣医師になって、大活躍してくださいニコニコ

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募集の概要をコピペします。

■応募資格
 大学において、獣医学を履修する過程に在学し、卒業後に獣医師として群馬県内の産業動物獣医療業務等に従事しようとする学生(学年は問いません)の皆さんが対象です。

(1)心身健全で産業動物獣医師として就労するのに問題のないこと。

(2)獣医師免許取得後、原則6ヵ月以内に、群馬県内に本店のある農業協同組合、同連合会、農業共済組合、同連合会等の開設する家畜診療所や群馬県に勤務するなど、産業動物の診療・家畜衛生指導等の獣医療業務に従事する意思を有している学生であること。

(3)社団法人中央畜産会と修学資金に関する契約を取り交わせること。

■修学資金の内容
(1)給付期間:奨学生に採用された学年の4月から獣医師国家試験受験資格取得時まで(但し、休学・停学・留年等の期間は給付停止)とし、給付期間は最長6年間とする。

(2)給付月額:国公立大生10万円/人、私立大生12万円/人

(3)給付方法:原則として、毎月、修学資金の給付を受ける者(以下、奨学生)が指定する口座に社団法人中央畜産会から毎月振り込まれます。

■応募手続き   
(1)募集人数:5人以内

(2)募集期間:平成22年4月1日(木)から4月23日(金)※当日の消印有効


<連絡先>
農政部畜産課家畜衛生係
〒371-8570 前橋市大手町1-1-1
電話 027-226-3111
FAX 027-223-3095
chikusanka@pref.gunma.jp

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詳細は、 群馬県庁ウェブサイト 
子供達の新学期が始まりました。

娘は小学3年生。息子は幼稚園年長です。

夕方、二人とも順調かな、と家に電話をしました。

息子は、元気いっぱいでした。
「幼稚園、楽しかったよ。みんな、元気に来たよ」

娘は、ちょっと落ち込んだ声でした。
「2年生の時の担任のG先生がいなかった。他の学校に行っちゃったの」

そう。G先生は、とても楽しく優しくあったかく大きな先生で、娘は2年生を毎日絶好調で過ごせたのでした。

掛け算九九を教えるのにチョコクッキーで計算しながら81個全部食べて気持ち悪くなっちゃったり、校外学習時の訪問場所に奥さんと2歳の息子さんを呼んでおいてクラスの子供達に会わせたり、出張のお土産にクラス全員に小さなお菓子を買ってきて「他のクラスにはナイショだよ」と、みんなで学校で食べちゃったり。1年間、クラスがリレー大会や運動会などの校内行事でもらった賞状を、ジャンケン争奪戦で子供達に配ったり。娘がインフルエンザで休んだとき、寝違えて首が動かなくなっちゃったとき、1学期最後の日にバッグを学校に忘れちゃったとき、ハハが単身赴任を始めたとき、様々なピンチの時、娘も私達家族も皆、G先生の細やかでおおらかな配慮に助けられてきました。そんなG先生が担任をしてくれたクラスは、笑いの絶えない元気な明るいクラスで、大らかな楽しい友だちにも恵まれ、娘は毎日、この上ないほど楽しく幸せな学校生活を満喫していました。

娘が、小学校低学年という大事な時期を、こんなにも明るく元気に充実して過ごせたのは、まさにG先生のおかげです。

3学期最後の授業参観の保護者懇談会で、先生は泣きそうになっていました。

「この場で私がこういうことを言うのは、教師という立場として相応しくないかもしれませんが、この1年、このクラスを受け持って『楽しかった』の一言です」とおっしゃって、あとは、「スミマセン、もう、いっぱいいっぱいです・・」と言葉が続きませんでした。

先生は、この学校に10年いたから、もうすぐ転勤だろうと予測していたんでしょう。
このクラスの子供達が、この学校で担任として受け持つ、最後の子供達だろうと思っていたんでしょう。

1年前、初めての保護者懇談会で「この学校に来て、結婚して、自分自身の子供ができ、親御さんたちがどんなにご自分のお子さんを大切に思っているのかということが分かりました。至らないところもありますが、精一杯、子供達の成長を見守っていきたいと思います」とおっしゃった先生の挨拶を聞いて、この先生、大当たり!と思いました。その通りでした。

あれから1年後、転勤になっちゃうとは、その頃予想もしなかったし、何しろ、こんなにまでも娘が2年生を楽しく過ごせるなんて、そこまで期待していなかったから、G先生転勤のニュースは、ちょっぴり私も寂しいです。

けれども、がっかりした気持ちを抱えて家に帰ってきた娘は、学校からもらってきた3年生の新しい教科書に名前を書いたり、弟の幼稚園の道具にまで名前を書いてあげたり、自転車に乗ったり弟と遊んだりして、元気に過ごしたようです。

G先生と過ごした1年は、もう一度繰り返すことはできないけれど、娘の成長において本当に大事な1年だったし、G先生と過ごしたクラスの思い出は、娘の心の中で宝物になっていくことでしょう。いつ開けてもキラキラ光っている宝石箱みたいな。

さて、本当に、春ですチューリップ紫チューリップピンクチューリップオレンジ

これからの1年も、その先の何年も、子供達は、色々な経験をしていくことでしょう。
色々な1年があると思います。
キラキラした1年が多い方が良いけれど、落ち込むこともある1年もあるかしれません。

どんな1年でも、四季は巡り、毎年の春には、1つずつ学年を進めて行くんです、学校に行っているうちは。

子Chipapaちゃん、おーくん。
この1年も、元気に過ごしましょうねニコニコ

進級、おめでとうクラッカー
日本人宇宙飛行士の山崎直子さんと野口聡一さんが、国際宇宙ステーションで対面。複数の日本人宇宙飛行士が同時に宇宙に滞在するのは初めてのこと。で、今後同時滞在の可能性は低いようで、本当に稀なことだそうで。

山崎さんの乗ったスペースシャトル「ディスカバリー」が、野口さんが滞在している宇宙ステーションとドッキングして、ディスカバリーの乗組員が宇宙ステーションに乗り込むのを、テレビ中継で見た。

文句なく、感動的だった。思わず家に電話して、子供達にテレビを見せるよう母に話した。

だって、すごいことだ。
史上初でしょ、二人の日本人宇宙飛行士が宇宙で対面するなんて。
しかも、一人はママでもある。
山崎さんは「お母さん宇宙飛行士と呼ばないで」と言っているそうなので、これ以上言わないけど。けど、やっぱ、すごいスーパーワーキングマザーだ。

宇宙は天。
天には神がいると人は太古から信じてきたわけで、その天に行っちゃったんだから、人は、宇宙でこれからどうしようとしているのか。
いや、宇宙はあまりに広くて大きくて、どんな可能性があるかも人にはまだまだ分かっていないけど、その中で、私は、特に何も分かっていないけど、「初めて」に挑戦する限り、明日はあるなぁと思いたい。

翻って、話題の新党の名前は「たちあがれ日本」と決まったそうで。

なんて明快に、思いがこもった名前なんだろう。
けど、本当に立ち上がるのかしらん??
戦後初の政権交代をとげた民主党は、グルグルグルグル・・

そんな中、今回の宇宙で初めてというニュースに、「初めて」に挑戦する限り、まだまだ日本はがんばれる、って思うことにした。

それから、飛躍するけど、教科書がまた厚くなるのは、良いことだと思う。
日本には資源がないんだから、人を強くしなくちゃぁ。
バンクーバー五輪で銅メダル、世界フィギュアで金メダルという快挙を成し遂げた高橋大輔選手が、地元岡山で凱旋パレードをしたそうで。


「五輪からすぐに帰って来れなくて申し訳なかったけれど、追加で、この金メダルを・・」って言った途端に、大歓声クラッカー

すごいなぁ。
カッコいいなぁ、ダイスケラブラブ!

バンクーバーのフリーで4回転に失敗した後も、全然勢いを止めることなくすぐに次に向かって進んでいったところ、なんか、彼の真骨頂を見た気がした。

一緒にするなって言われそうだけど、それがあんまりに感動的だったから、ヤマハの発表会でソロパートがあった娘に、「本番では、もしつかえてしまっても止まらず進めアップ子Chipapaちゃんが止まったら、音楽全体が止まっちゃうから。自信を持って続けるのよ。バンクーバーの高橋選手みたいに、転んでも、すぐに立ち上がるんだ!!」と言い聞かせた、アホなハハ音譜

ソチも目指すんだろうか。

小塚選手に、「4年は長いよ」と言っていたそうだ。

そう、トリノからの4年だって、すごくすごく長かったはず。
途中の大怪我にも負けず、勝ち取った快挙。
血のにじむ努力に頭が下がる。
私達に感動を与えてくれた高橋選手の頑張りに、ありがとう。

高橋選手、本当におめでとうございます!

さて、私も頑張ろう音譜
って、何を??
フフン・・色々・・にひひ
4年に比べりゃぁ、短いもんよ。
このところ、息子@5歳の目覚しい成長ぶりばっかり書いているんだけど、もう一つとても嬉しかったことニコニコ

春休みももう終盤に差し掛かった今になって初めて、新年度の準備をするために息子の幼稚園の持ち物を整理したら、毎月先生がメッセージを書いてくれる出席シールノートが出てきた。それを読んだらなんと、年長さんのお別れ会で、息子が司会に立候補し、並居るライバルの中から見事ジャンケンで役を勝ち取り、本番では気合を入れて立派にやり遂げたとのことで。

なんとまぁ、成長したことなんでしょう・・・

人前で話すことなんて、全然出来なかったのに。
クラスでも、年中組の秋過ぎに、ようやく仲良しのお友達が出来て居場所が出来てきたようでよかったな、って思っていたばかりだったのに。

年長さんで頑張りたいことは、「何でも自分でやること」と答えたそうで。

大きくなったなぁ。
着実に、成長しているなぁ。
心も、身体も。
泣きたくなっちゃうくらい、嬉しいんだなぁ、子供の成長って。

おーくん、本当にありがとう。
これからも、のびのびと育っていこう。

子Chipapaちゃんもね、どうもどうもありがとう。

ふと立ち止まって子供達の側に気持ちを飛ばしてみると、子供達にとって、ハハの単身赴任は、大変な事件だし、お母さんがいればいいのにな、一緒に過ごしたいのにな、って、普通の子供だったら当たり前のことなのにってどんなにか思うだろうな、小さな胸を一杯にして、お母さんと一緒に暮らせる日を楽しみに待っているんだろうな、って思う。

よく、がんばっているね、キミたち。
息子は離れている私に出したいからとおてがみも書けるようになったし、娘は、毎朝忙しいばあばにこれ以上の手間をかけないようにと自分で髪を結べるようになった。

今度の新年度は、小学校3年生になる娘は初めてのクラス替えがあるし、息子はいよいよ幼稚園最終年次。私も幼稚園ママ最終年。また、新しい年度が始まるね、子供達。元気に過ごせる毎日に感謝して、日々出会う小さなことも大きなことも、ちゃんと受け止め抱きしめて、一歩一歩大切に歩いて行こう音譜 子Chipapaちゃん、おーくん、じいじとばあばと、ハハと、みんな一緒にねニコニコ


Chipapa の備忘録-おーくんからのおてがみ1

Chipapa の備忘録-おーくんからのおてがみ2

Chipapa の備忘録-子Chipapaちゃんからのお手紙