言いました | Chipapa の備忘録

Chipapa の備忘録

忘却は、人間の味方であり敵であり。。忘れたくない珠玉の思い出達を書いていこう♪

単身赴任開始から4ヶ月目。この生活にも慣れたなぁと思っていたけれど。

どうやら、慣れるというよりは、受忍していたのかな。

産業医の先生に健康診断結果について聞く機会があり、貧血と言われたが、病院に行く時間がない。自分の身体のことをきちんとしなければならないのは分かっているけれど、わずかに過ごせる子供達と一緒の週末を自分の病院に行く時間にまで使えない。そんなことを話していたら、置かれた環境に対するやり場のない気持ちが溢れてきて、気付いたら、3人の子供がいて子育てと仕事の両立のために大学病院勤務を辞めたという女性産業医の先生の前で、ボロボロ泣いていた。

「子育て期にある社員の広域異動は配慮する」という規定があるのに飛ばされて、配慮したのか聞いたら、「適材適所で決めました」と言われたこと。この組織の適材適所って何なのよ、と不満はあるけれど、辞令が出たら従わなければならないのが、サラリーマンの哀しい性。だから、うまく希望を言えなくて、最近は、誰に何を言われても気遣いすらも棘のように刺さるように感じてしまい、異常な状況とは分かっているものの、自嘲して割り切って、この環境を受忍して、孤独は自分を裏切らない、いつかはまた子供達と一緒にいられるんだから、今は辛抱と、多分、気持ちをいっぱいいっぱいに突っ張ってきたけれど、先生曰くに、「Chipapaさん、入ってきた瞬間に分かりましたよ、この人は何かを抱えているって」と。

あららぁ。
そんなネガティブオーラを発して生きていたのね、この頃の私。

って思ったら、やっぱり、希望を言おうって思った。

先生から「子供が小さいうちに敢えて単身赴任させるのは普通の感覚ではない、酷い」「子育て期にある社員の広域異動は考慮するという規定があるのなら、そうあるべき」と言われたことにも背中を押され、その日のうちに、意を決して上司に言った。

「この3ヶ月、会社の命令だからと従って単身赴任を続けてきたけれど、やはり、きつい。機会があれば、自宅から通えるところに異動させて欲しい。ともすると、こういう希望はわがままにも取れるから、うまく言えなくて、自分の気持ちの中に押し込んできたけれど、やっぱり、きついです」

幸い、上司も「わがままとは思いませんよ。子持ちの女性を敢えて飛ばすのは酷いと思っていました。自宅から通える職場だってあるのに。お子さん達だって、寂しいでしょう。希望がすぐ叶うかは分からないけれど、本部の方に伝えておけば、Chipapaさんの自宅から通えるところに欠員が出たりした場合などにまわしてもらうチャンスもあるかしれないし」

なんか、ほっとした。
言ってみたら、スッキリした音譜

気持ちを伝えるのって、難しいけれど、大丈夫そうなフリをして、感情の振り子が振れないように、0の位置にピッタリと押さえたまんま生きて行く様な強い生き方は、私にはちょっと無理みたいだな。0の位置からいきなり振り切って壊れちゃう前に言ってよかった。

どうなるかは分からないけれど、まずは希望を言ってみた。
だから、なんとかなる気がする。

背中を押してくれた女医さんと、親身に話を聞いてくれた上司に大感謝ニコニコ